激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#67 残虐行為淫乱症

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 杏里の舌から、零が爪を抜く。
 たちまち生暖かい血があふれ出し、杏里の口の中は潮の味でいっぱいになった。
 が、その時にはすでに、タナトスとしての防御機能が働き始めていた。
 まず、嘘のように痛みが消えた。
 タナトスの神経組織は、痛みが閾値を超え、脳にダメージを与えそうになると、自動的に痛覚を遮断する。
 それでも痛みが続くときには、その感覚を快感に変換してしまう。
 そしてもうひとつ。
 タナトスをタナトス足らしめているのは、その細胞中に点在する外来種由来のミトコンドリアなのだが、そのミトコンドリアは驚異的な細胞修復能力を内に秘めている。
 その証拠に、杏里の口の中に鉄臭い鮮血があふれ出たのは、時間してほんの数秒のことだった。
 零の爪が抜けると同時に、その傷口がふさがり始めたのである。
 が、それで安心するのはまだ早すぎたようだ。
 杏里の口腔内をのぞき込むと、薄く笑って零が言ったのだ。
「あら、さすがタナトスね。あたしと同じくらい回復が早いじゃない。でも、そうはいかないよ」
 そう言い終わるか終わらないうちかのうちだった。
 だしぬけに、零の口から舌が飛び出した。
 先がふたつに割れた、蛇のそれのように長い舌である。
 顔を背ける暇もなかった。
 その舌がふいに杏里の口に飛びこんできたかと思うと、いきなり杏里の血まみれの舌に巻きついたのだ。
「あうっ」
 杏里はうめいた。
 そのうめきを零の唇がふさぐ。
 零の唇は死人のもののように冷たかった。
 その唇が杏里の傷だらけの舌を捉えると、ねぶるようにちゅうちゅう吸い始めた。
 閉じかけた傷口がまた開き、新たな血があふれ出す。
 それを頬をすぼめた零が美味そうに吸い出したのだ。
 異様な感覚だった。
 痛覚が遮断されているから、もちろん痛くはない。
 むしろ、それどころか、吸血される感覚は快感に近かった。
 杏里は手足から力が抜けていくのを感じていた。
 零の唾液には媚薬成分でも含まれているのか、次第に脳内が恍惚感に包まれてくる。
「ああ、おいしい」
 零がいったん口を離して、甘い吐息をついた。
 零自身、何かを感じているらしく、うっとりとした目つきに変わっている。
 手の甲で唇についた鮮血をぬぐう。
「でも、こんなんじゃ、まだまだなんだよね。もっともっと、可愛がってあげないと」
 そう言いながら、血をぬぐった右手を杏里の顔の前にかざす。
 鋭利な剃刀を連想させる人さし指から小指までの4本の爪が、電灯の光をぎらりと凶悪に反射した。
「や、やめ、て」
 杏里が不自由な口で、そう抗議した瞬間だった。
「だぁめ」
 零のその右手が一閃した。
 ドスッ。
 鈍い衝撃が、鳩尾のすぐ上あたりに来た。
 見下ろすと、ちょうど臍の位置に、零の右手がめり込んでいた。
 杏里の柔らかい肌を4本の爪が貫いて、第2関節あたりまで指が肉の中に埋もれてしまっているのだ。
「帝王切開って、知ってる?」
 にいっと笑って、零が言った。
「いっぺん、やってみたかったんだよね。生きたままの女をさ」
 ズズッ。
 身の毛もよだつような嫌な音。
 零の手が、手のひらの中ほどまで杏里の身体の中に消えている。
 その周りから、じわじわとにじみ出る血。
 杏里の肌が白いだけに、その赤がめまいを呼び起こすほど鮮烈だ。
 零が手を動かすたびに、ぷちぷちと脂肪のはぜる音がした。
 杏里は腹の中で存在感を増してくる異物に激しい違和感を感じていた。
 零の手は肋骨の下から筋肉の間を通り、横隔膜に達しようとしていた。
「な、何をする、つもりなの?」
 こみあげる吐き気をこらえて、息を切らせながら、杏里は訊いた。
 以前一度、今と同じように体を切開されて、小腸や大腸、それから肝臓までをも摘出されたことがある。
 その時は途中でなんとか逃れることができたのだが、今回は相手が悪すぎた。
 零が相手では、逃げるのはまず無理だ。
 それどころか、零なら徹底的に杏里を切り刻むに違いない。
「触りたいの」
 歌うような口調で零が答えた。
「あなたの心臓を取り出して、この手で触ったり、頬ずりしたり…」
 長い髪の間から、血のように赤い目が杏里を見つめている。
「ね、いい考えだと思わない?」
「やめて…」
 杏里は恐怖のあまり、泣き出していた。
 痛みからではない。
 ただ怖かった。
 この狂女の手によってバラバラに解体される自分を見るのが、ただひたすら怖かったのだ。
 生肉を無理やり骨から引きはがすようなひと際鈍い音が響き、急に胸の中が窮屈になった。
 一瞬血流が止まりそうになり、杏里はひっと声を上げた。
 喉を圧迫され、おぼれかけたように喘ぐ杏里に、零が言った。
「届いたよ。わあ、かわいい。なんだかぴくぴく動いてる」
 ほしかったおもちゃを手に入れた幼女のような声音だった。
 杏里の身体の中で、零の手がぐいと握られる。
 激烈な衝撃に、杏里は痙攣した。
 頭の中が真っ白になり、瞼の裏に無数の星が飛んだ。
 膀胱が緩み、太腿の間を熱い尿がしたたり落ちる。
 やがて、くすくす笑いながら、零が言った。
「ちょっと、外に出しちゃおうっと。これが、杏里の心臓なのね」

 
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