激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#38 同族たち

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「いやです」
 スカートの裾を引っ張って下着を隠し、杏里はヤチカを睨みつけた。
「ヤチカさんったら、またそんなことを」
 悔し涙が滲んでくる。
「どれだけ私を玩具にすれば気が済むんですか? 私のこと、好きって、いってくれたじゃないですか。あれは、ウソだったんですか? 本当に好きなら、そんなひどいこと、いえないと思います」
「ごめんね」
 ヤチカが少し後ろめたそうな表情をする。
「でも、こんな絶妙のシチュエーション、2度とないって気がするのよ。杏里ちゃん、わたしはあなたを愛してる。それはウソじゃない。愛してるからこそ、あなたのすべてを画布に焼きつけておきたいの。今度描こうと思ってる絵のシリーズのお話、前にしたでしょう? その『快楽少女画集』の主役はあなた。杏里ちゃん、絶対にあなたしかいないのよ。お願い、写真、撮らせて。このイメージを基にすれば、きっと素敵な絵が描けると思うんだ。さっき、正二さんと話してるとき、天啓みたいに閃いたの。あのときはあなたの手前、怒ったフリしてけど、ああ、杏里ちゃんの本質って、これだったんだなって。さすが正一、よく見抜いたなって」
「私まだ、絵のモデルになるなんて、ひとこともいってません」
 杏里はぷいと横を向いた。
「それに、何ですか? その私の本質って」
「すごく言い表しにくいんだけど」
 ヤチカが悩ましげなまなざしで杏里を見つめる。
「きっとそれは、人形、特にラブドールが持ってる、”無償の愛”みたいなものじゃないかと思う」
「無償の、愛?」
 杏里は小首をかしげた。
「愛かどうかは、ほんというと、わかんないんだけどね」
 ヤチカが補足した。
「でも、それに近い、すごく懐の深い概念のようなものを感じるの。あなたや、そのラブドールたちには」
 ヤチカのいうことは、ときどき難しすぎてよくわからない。
 とにかく、と思う。
 自分をモデルに絵を描いてくれること自体に異存はない。
 いや、むしろ、ヤチカのようなプロの手で絵にしてもらえるというのは、ある意味光栄なことではある。
 しかし、なぜ普通の肖像画ではいけないのだろう?
 どうして裸にならなければならないのか。
 ヤチカはおそらく、私がタナトスだから、といいたいのだろう。
 そこが悲しかった。
 これでは裸とセックスを売り物にする、エッチな動画の女の人たちと同じではないか。
 そう思ったのだ。
「どうして、裸なんですか。このままでは、なぜいけないの?」
 声が自然と恨みがましい響きを帯びた。
「杏里ちゃん、あなたは自分の体の本当の美しさを、まだ知らないのよ。無償の愛を与え続ける、永遠に滅びないその美しい肉体の魅力を。それを、わたしはわたしの筆で、思う存分引き出してあげたいの」
 諭すような口調で、ヤチカがいった。
「それに、あなたが話してくれた”タナトス”の悲しみは、裸でなければ充分に表わせない。回りを見て。ここにいる、ラブドールたちを。彼女たちこそ、ある意味、タナトスと同じ宿命を背負った者。その中心に、本物のタナトスであるあなたが降臨することで、この部屋は一気に異次元空間に変貌する。背徳と退廃に満ち満ちた、とんでもなく耽美な異空間にね」
 ヤチカの言葉につられるように、杏里は隣に座る人形に視線を向けた。
 銀灰色の短い髪をした、ボーイッシュな少女の人形である。
 オレンジ色の照明の下、真っ白な肌の中で、唇だけが血を吸ったように赤い。
 おずおずと裸の二の腕に触れてみる。
 柔らかかった。
 しかも、ほんのりと温かい。
 生きてる?
 一瞬、そう思いかけた。
 だが、杏里が触れているにもかかわらず、少女は何の反応も示さない。
 ただ相変わらず真っ青な瞳で宙を見つめているだけだ。
 振り向かせたい。
 この子を。
 私のほうに。
 何の脈絡もなく、衝動的にそう思ったとき、
「キスしてあげて」
 そんな杏里の胸中を察したかのように、ふいにヤチカがいった。
「可愛い妹だと思って、ハグして、キスしてあげてほしいの」
「え?」
 杏里は戸惑った。
 心の中を言い当てられた気がした。
 鼓動が速くなるのがわかった。
 どぎまぎしながら、改めて傍らの人形に目をやった。
 その人形は、見れば見るほど蠱惑的だった。
 少年のように鋭い横顔。
 まっすぐ前を見つめる青い瞳に滲む、やるせない寂しさのような影。
 杏里を突き動かしたのは、好奇心だった。
 気がつくと、壊れそうに華奢な少女の裸の肩に両腕を回し、その赤い唇に自分の唇を近づけていた。
 人形の唇は、やはり温かく、そしてやわらかかった。
 思い切って舌を入れてみて、杏里は驚いた。
 人形の口の中には歯もあり、舌もある。
 どこまで精巧につくられているのだろう。
 これが単なる男の性欲処理のための玩具だなんて、とても信じられない。
「どう?」
 ヤチカが訊いてきた。
「すごい・・・」
 杏里は正直に答えた。
「まるで、人間そのものって感じ・・・」
「でしょ?」
 ヤチカが微笑んだ。
「さ、今度は身体を触ってあげて。その子、あなたにキスされて、きっと喜んでると思うの」
 人形が、喜んでいる?
 なんだか不思議な感じがした。
 でも、と思い当たる。
 ヤチカのいうように、ひょっとすると、タナトスもこの人形のようなものではないのか。
 ストレスの溜まった人間がタナトスにぶつけてくるのは、性衝動であることが多い。
 ならば、それを昇華することを任務とするタナトスは、まさにラブドールそのもの・・・。
 さっき、この人形たちを一目見たときに覚えた、同族意識みたいな感覚。
 その正体はこれだったのだ。
 杏里は夢中で人形の胸に指を這わせた。
 小さめの乳房は、十代前半の少女特有の弾力と固さを備えていた。
 腰から太腿へと愛撫の手をのばす。
 人形の股間に触れたとき、また衝撃が走った。
 太腿と太腿の間に開いた淡い亀裂。
 そこにはちゃんと襞があり、陰核もあった。
 自分自身のそれを触ったときと、ほぼ同じ感触だった。
 この子、ほんとに私と同じかも・・・。
 なのに、裸にされて、こんなところで見世物にされて・・・。
 そう思うと、なんだかいたたまれない気持ちになってきた。
 杏里は人形から身を離すと、ベストのボタンに手をかけた。
 ひとつひとつ、丁寧にはずしていく。
 全部はずし終わると、ぐいと両側に広げた。
 シースルーの面積の狭いブラジャーに押し上げられたたわわに実った乳房が、ぶるんと飛び出してきた。
 ブラの生地が透けているので、ピンク色の大きめな乳首がはっきりと見えている。
 立ち上がる。
 ベストを脱いでソファの肘掛けにかけ、スカートのホックをはずす。
 短いスカートが、すとんと足元に落ちる。
 それも拾ってベストの上に重ねてかけると、薄いブラジャーとパンティだけの格好で、ヤチカのほうに向き直った。
 真夏の午後だから、寒くはなかった。
 むしろ、なんともいえない開放感を感じていた。
 くびれた腰に両手を当て、つんと上を向いたふたつの乳房を誇示するように胸を張って、
「これでいいんですよね」
 怒ったような口調で、杏里はいった。
 ヤチカの顔に驚きの色が浮かんだ。
 目をしばたたかせて、杏里の裸身をじっと見つめてくる。
「ありがとう」
 やがて、深いため息とともに、ヤチカがうなずいた。 
「でも、どうして急に、気が変わったの?」
 心持ち、首をかしげるようにして、訊いてきた。
「わかったんです」
 うなだれて、杏里はつぶやいた。
「私も、この子たちと同じだってことが。だったら、私だけ服を着て、人間の振りをしてるなんてことは、許されないですよね。少なくとも、この部屋の中では・・・」
 そうなのだ。
 おそらく、正一というまだ見ぬ人形師は正しかったに違いない。
 私は本来、この子たちと一緒にこの薄暗い空間にいるべき存在なのだ・・・。
「杏里ちゃん・・・」
 ヤチカの瞳が揺れた。
「撮ってください。どんなはずかしいポーズでも、しますから」
 ブラをはずし、腰をかがめてパンティを脱ぐと、杏里はいった。
「誰かが見にきたらどうするの?」
 杏里の勢いに、今更のようにヤチカがひるむ。
「いいんです。私、ここではラブドールになり切りますから」
「本当に、ありがとうね」
 ヤチカが申し訳なさそうにいった。
 そして、しんみりした声音で、意外なことを口にした。
「杏里ちゃん、わたしね、昨日まではさ、あなたのいう黒野零って雌の外来種とセックスして、それで死んじゃうんなら本望だと思ってたの。わたしみたいな人殺しのできそこない、これ以上生きてても仕方ないから、いっそうのこと、玉砕して死ねばいいかって。でも、きょう、あなたと一緒に過ごして、ちょっと気持ちが変わってきたんだ」
「変わったって、どんなふうに?」
 今度は杏里がたずねる番だった。
「もっと生きていたい。心からそう思うようになった。生きて、杏里ちゃん、あなたの絵を描きたいって」
「ヤチカさん・・・」
 杏里は目尻が熱くなるのを感じた。
 今度は、悔し涙ではなかった。
 杏里はだらりと両腕を脇に垂らし、自分の身体をまじまじと見下ろした。
 脹らみきった胸。
 すぐに硬くなる乳首。
 すべすべした平らな下腹。
 むっちりした太腿。
 そして今は見えないが、股間に開いた淫らな肉の亀裂。
 タナトス仕様の私のこの身体・・・。
 これに、本当にそこまでの価値があるのだろうか。
 人形でもなく、ましてや人間では絶対ありえないこの身体に。
 ふと、そう思ったのだった。
「じゃ、遠慮なく、撮らせていただきます」
 ヤチカが、わざと明るい口調でいった。
「はい」
 豊かな胸を揺らし、艶やかな尻をヤチカに向けると、杏里は銀髪の人形の上にゆっくりと覆い被さっていった。
 

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