26 / 288
第6部 淫蕩のナルシス
#24 ヤチカの正体
しおりを挟む
「気がついた?」
ヤチカがいった。
杏里から身を離すと、ワンピースの残りのボタンをはずし、するりと足元に脱ぎ捨てた。
その下半身に視線をやって、杏里はまじまじと目を見開いた。
信じがたいものがそこにあった。
ヤチカは細い紐状の下着を身につけていた。
その脇から、長く扁平な物体が、水平に近い状態で半ば鎌首を持ち上げている。
途中からふたつに分かれたそれは、細かい体節からできていた。
不気味な体節の一つ一つから小さな棘が生えたそのさまは、杏里の苦手なあの百足にそっくりだった。
体長50センチ近くもある、紫色の大百足である。
「ずるいよ。杏里ちゃん、君があんまりうまいものだから、つい勃ってきちゃったんだ」
ヤチカの口調に微妙な変化が起きていた。
顔からも女らしさが消え、どことなく少年っぽい雰囲気に変わってきているのだ。
ほんのわずかな間に、性別が変わってしまったかのようだった。
「両性具有・・・?」
杏里はつぶやいた。
そうした人々が存在することは、知識としては知っている。
しかし、実際に目の当たりにするのはもちろんこれが初めてだった。
「そう、わたしは男でもあるの」
ヤチカがいった。
「いえ、むしろ、本質は男のほうかな」
くすくす笑う。
「だから、『ぼく』って呼び方に変えてもいいかな。夜になると、『わたし』は『ぼく』になる。それが日課みたいなものだからね」
小さく盛りあがった胸。
くびれた折れそうに細い腰。
その下から屹立する異形の生殖器。
ヤチカの裸身は、中世の魔術書に描かれている悪魔そのものだった。
「どうだい? このぼくの体、気持ち悪いかい?」
ヤチカがたずねる。
瞳にいたずらっぽい光が宿っている。
やにわに頭に手をやると、しなやかな長い髪をむしりとった。
少し長めの中性的な髪形がその下から現れた。
鬘(かつら)だったのだ。
「和服にこの頭は合わなくってね」
小テーブルに鬘を置くと、ヤチカがいった。
杏里は思わず後退しようとした。
が、できなかった。
両手首がロープで引っ張られる。
「両性具有が、問題なんじゃない」
杏里は答えた。
「あなた、外来種だったのね」
そう。
あんな、ペニス、断じて人間のものではありえない。
それは以前杏里が遭遇した外来種、山口翔太と呉秀樹のものとも形状が微妙に異なっていたが、その異質な印象は、明らかにあのふたりのそれに共通したものだった。
よりによって、ヤチカさんが外来種だったなんて。
どうしよう?
由羅もいないのに・・・。
「外来種?」
ヤチカが眉をひそめて杏里を見つめ返した。
「それ、何のこと?」
「とぼけないで」
杏里は語気を強めた。
「やっぱり、あなたが、殺していたんですね」
ロープに自由を奪われたまま、杏里はいい募った。
「あの画集の女の子たち。あの絵は、本当にあったことを描いたものだったんだ」
「殺したなんて、人聞きの悪い」
ヤチカが目にかかった髪をうるさげにかきあげた。
「ぼくはただ、彼女たちにぼくの伴侶になって、子どもを産んでほしかっただけなんだ。だから、レイプしたわけでもない。みんな、合意の上での行為だったからね。ただ、悲しいかな、彼女らの体はあまりにもやわすぎた。行為の途中で誰もが子宮を損傷し、勝手に死んでしまったんだよ」
雄外来種の目的は、人間の女を孕ませて子孫を増やすこと。
レクチャーで教えられた通りだった。
だが、その性器の形状の特異さゆえ、大半の女性が耐え切れずに命を落としてしまう・・・。
杏里が知っているなかで、外来種と性行為して子を孕んだのは、かつてのクラスメート、高橋楓ただひとりだった。
その意味では、楓は外来種の性器に耐えるだけの強靭な子宮を持つ、数少ない人間の女のひとりだったのだろう。
「そもそも、その”外来種”ってのは、何なのかな? ぼくみたいな両性具有のことを、最近ではそう呼ぶのかい?」
ヤチカが首をかしげながらたずねる。
とぼけている風ではなく、心底不思議そうな表情をしていた。
「知らないの? あなた、自分の正体を」
杏里は逆に聞き返した。
そんなことがあるのだろうか。
自分が外来種であることを知らずに、生きているなんて。
でも、と思う。
考えてみれば、呉秀樹もそうだった。
自分が何者かも知らず、ただ醜く変異して、死んでいったのだ。
ひょっとして、外来種とはそういうものなのか。
仲間に会わないまま生活していると、自分の正体に気づかない。
自分を、少し変わった人間くらいにしか、考えていない。
山口翔太には、近くに黒野零がいた。
だから、彼は自分が何者であるかを、知っていたのかもしれない・・・。
「そりゃ、確かに普通とはちょっと違ってるという認識はある。でも、このペニスだって、よほど興奮しなければ、普段は膣の中に畳まれたままなんでね。女性として生きるのに、そんなに大きな支障にはならないんだよ」
いいながら、ヤチカが近づいてくる。
照明の加減で、その顔に翳ができ、ますます悪魔めいて見える。
「私を。どうする気?」
杏里は身をよじらせた。
「恐がらないで」
ヤチカがなだめるような口調でいった。
「君なら大丈夫だ。これまでの反応でよくわかったよ。今まで相手した女の子たちとは、ある意味”格”が違う。君は天性の娼婦だ。リリーも太鼓判を押してる」
「リリー?」
杏里は首をかしげた。
リリーって、人形の名前じゃ・・・。
この人、いったい何をいってるのだろう?
ちらっと壁際の人形に目をやった。
当然のことだが、家具の上に置かれた西洋人形は先ほどと同じ姿勢のままで、 特に動いた形跡もない。
ただ、相変わらずガラス玉のような青い眼で杏里とヤチカを無表情に眺めているだけだった。
でも、とにかく。
と、杏里は思った。
自分の正体を知らないということは・・・。
この人、私の正体も知らないんだ。
私が、タナトスであることを。
これは、チャンスかもしれない。
パトスの由羅はいないけど、もしかしたら、私ひとりでなんとかできるかも。
そのときになって、初めて杏里は気づいていた。
うかつとしかいいようがなかった。
快楽に眼がくらんで、見えていなかったのだ。
杏里の鎖骨と鎖骨の間に、うっすらとあの痣が浮かび始めている。
それは、タナトスが外来種と性行為を持つと現れる、あの刻印(スティグマ)なのだった。
ヤチカがいった。
杏里から身を離すと、ワンピースの残りのボタンをはずし、するりと足元に脱ぎ捨てた。
その下半身に視線をやって、杏里はまじまじと目を見開いた。
信じがたいものがそこにあった。
ヤチカは細い紐状の下着を身につけていた。
その脇から、長く扁平な物体が、水平に近い状態で半ば鎌首を持ち上げている。
途中からふたつに分かれたそれは、細かい体節からできていた。
不気味な体節の一つ一つから小さな棘が生えたそのさまは、杏里の苦手なあの百足にそっくりだった。
体長50センチ近くもある、紫色の大百足である。
「ずるいよ。杏里ちゃん、君があんまりうまいものだから、つい勃ってきちゃったんだ」
ヤチカの口調に微妙な変化が起きていた。
顔からも女らしさが消え、どことなく少年っぽい雰囲気に変わってきているのだ。
ほんのわずかな間に、性別が変わってしまったかのようだった。
「両性具有・・・?」
杏里はつぶやいた。
そうした人々が存在することは、知識としては知っている。
しかし、実際に目の当たりにするのはもちろんこれが初めてだった。
「そう、わたしは男でもあるの」
ヤチカがいった。
「いえ、むしろ、本質は男のほうかな」
くすくす笑う。
「だから、『ぼく』って呼び方に変えてもいいかな。夜になると、『わたし』は『ぼく』になる。それが日課みたいなものだからね」
小さく盛りあがった胸。
くびれた折れそうに細い腰。
その下から屹立する異形の生殖器。
ヤチカの裸身は、中世の魔術書に描かれている悪魔そのものだった。
「どうだい? このぼくの体、気持ち悪いかい?」
ヤチカがたずねる。
瞳にいたずらっぽい光が宿っている。
やにわに頭に手をやると、しなやかな長い髪をむしりとった。
少し長めの中性的な髪形がその下から現れた。
鬘(かつら)だったのだ。
「和服にこの頭は合わなくってね」
小テーブルに鬘を置くと、ヤチカがいった。
杏里は思わず後退しようとした。
が、できなかった。
両手首がロープで引っ張られる。
「両性具有が、問題なんじゃない」
杏里は答えた。
「あなた、外来種だったのね」
そう。
あんな、ペニス、断じて人間のものではありえない。
それは以前杏里が遭遇した外来種、山口翔太と呉秀樹のものとも形状が微妙に異なっていたが、その異質な印象は、明らかにあのふたりのそれに共通したものだった。
よりによって、ヤチカさんが外来種だったなんて。
どうしよう?
由羅もいないのに・・・。
「外来種?」
ヤチカが眉をひそめて杏里を見つめ返した。
「それ、何のこと?」
「とぼけないで」
杏里は語気を強めた。
「やっぱり、あなたが、殺していたんですね」
ロープに自由を奪われたまま、杏里はいい募った。
「あの画集の女の子たち。あの絵は、本当にあったことを描いたものだったんだ」
「殺したなんて、人聞きの悪い」
ヤチカが目にかかった髪をうるさげにかきあげた。
「ぼくはただ、彼女たちにぼくの伴侶になって、子どもを産んでほしかっただけなんだ。だから、レイプしたわけでもない。みんな、合意の上での行為だったからね。ただ、悲しいかな、彼女らの体はあまりにもやわすぎた。行為の途中で誰もが子宮を損傷し、勝手に死んでしまったんだよ」
雄外来種の目的は、人間の女を孕ませて子孫を増やすこと。
レクチャーで教えられた通りだった。
だが、その性器の形状の特異さゆえ、大半の女性が耐え切れずに命を落としてしまう・・・。
杏里が知っているなかで、外来種と性行為して子を孕んだのは、かつてのクラスメート、高橋楓ただひとりだった。
その意味では、楓は外来種の性器に耐えるだけの強靭な子宮を持つ、数少ない人間の女のひとりだったのだろう。
「そもそも、その”外来種”ってのは、何なのかな? ぼくみたいな両性具有のことを、最近ではそう呼ぶのかい?」
ヤチカが首をかしげながらたずねる。
とぼけている風ではなく、心底不思議そうな表情をしていた。
「知らないの? あなた、自分の正体を」
杏里は逆に聞き返した。
そんなことがあるのだろうか。
自分が外来種であることを知らずに、生きているなんて。
でも、と思う。
考えてみれば、呉秀樹もそうだった。
自分が何者かも知らず、ただ醜く変異して、死んでいったのだ。
ひょっとして、外来種とはそういうものなのか。
仲間に会わないまま生活していると、自分の正体に気づかない。
自分を、少し変わった人間くらいにしか、考えていない。
山口翔太には、近くに黒野零がいた。
だから、彼は自分が何者であるかを、知っていたのかもしれない・・・。
「そりゃ、確かに普通とはちょっと違ってるという認識はある。でも、このペニスだって、よほど興奮しなければ、普段は膣の中に畳まれたままなんでね。女性として生きるのに、そんなに大きな支障にはならないんだよ」
いいながら、ヤチカが近づいてくる。
照明の加減で、その顔に翳ができ、ますます悪魔めいて見える。
「私を。どうする気?」
杏里は身をよじらせた。
「恐がらないで」
ヤチカがなだめるような口調でいった。
「君なら大丈夫だ。これまでの反応でよくわかったよ。今まで相手した女の子たちとは、ある意味”格”が違う。君は天性の娼婦だ。リリーも太鼓判を押してる」
「リリー?」
杏里は首をかしげた。
リリーって、人形の名前じゃ・・・。
この人、いったい何をいってるのだろう?
ちらっと壁際の人形に目をやった。
当然のことだが、家具の上に置かれた西洋人形は先ほどと同じ姿勢のままで、 特に動いた形跡もない。
ただ、相変わらずガラス玉のような青い眼で杏里とヤチカを無表情に眺めているだけだった。
でも、とにかく。
と、杏里は思った。
自分の正体を知らないということは・・・。
この人、私の正体も知らないんだ。
私が、タナトスであることを。
これは、チャンスかもしれない。
パトスの由羅はいないけど、もしかしたら、私ひとりでなんとかできるかも。
そのときになって、初めて杏里は気づいていた。
うかつとしかいいようがなかった。
快楽に眼がくらんで、見えていなかったのだ。
杏里の鎖骨と鎖骨の間に、うっすらとあの痣が浮かび始めている。
それは、タナトスが外来種と性行為を持つと現れる、あの刻印(スティグマ)なのだった。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
いつもと違う日常
k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる