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第6部 淫蕩のナルシス
#12 喜びと悲しみの間
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杏里は震えていた。
涙がとまらない。
両手で顔を覆う。
「なんで泣いてるのさ?」
重人が訊いた。
心底不思議そうな口調である。
「だって・・・」
しゃくりあげながら、杏里はいった。
「やっと・・・やっと、私の想いが、通じたんだよ」
そうなのだ。
あんなに意地悪だった由羅が、ようやく気づいてくれたのだ。
私の気持ちに。
私、由羅のこと、ずっと、ずっと・・・。
「うれし泣きかあ」
呆れたような重人の声。
「それはいいけど、もう冬美さんたちが来る頃だ。それに、今の話はここだけのことにしておこう。僕らが色々知っちゃったこと、彼等にばれるとまずいから」
「うちもそう思う」
由羅がいった。
「でも杏里、勘違いするな」
涙をぬぐって見つめると、由羅はなんだか面映いような、困ったような表情をしている。
「だからといって、うちはその、おまえと寝るつもりはないから。この前みたいに、緊急のとき以外はな」
「どうして?」
思わず口走ってしまい、杏里は耳元まで赤くなった。
「どうしてって・・・」
由羅がまっすぐ見つめ返してきた。
「おまえを傷つけたくないからさ」
ひどくやさしい口調で、ただそれだけを口にした。
杏里は言葉を失った。
どういうこと?
由羅の真意がつかめなかった。
好きなら、相手に触れたくなるのが、普通じゃないの・・・?
そう思ったが、さすがに口には出せなかった。
「とにかく、由羅も杏里を守ってあげるのはいいけど、彼女の”任務”に支障が出ない程度にね。人間の相手を君がひとり残らずとっちめてたら、”昇華”されないやつらで社会が溢れ返っちゃう」
「わかってる。線引きが難しいけど、うちなりにそこは考えて行動するつもりさ」
由羅がそういい終わるか終わらないかのうちだった。
「話し声が聞こえるってことは、終わったのね?」
襖の向こうから冬美の声がした。
「うん!」
元気よく答える重人。
もう一度涙を拭いて、杏里は蒲団の上で居住まいを正した。
自分が混乱しているのがわかる。
はっきりしたのは、私が由羅を恋焦がれていること。
由羅も私の気持ちに応えてくれたこと。
でも、それが一歩前進したことになるのか、そこのところがわからない。
由羅の最後の言葉が気にかかる。
襖が開き、冬美と小田切が入ってきた。
「終わったなら、杏里、行くぞ」
寝癖のついた長い髪をかきあげながら、相変らずの無愛想な口調で、小田切がいった。
帰りに小田切とふたり、国道沿いのレストランで少し早めの夕食を摂った。
訊きたいことはいっぱいある。
私はゾンビなの?
元は死体だったって、ほんと?
あの研究所みたいなところは、どこなの?
どうして私を選んだの?
だが、結局杏里は何もいえなかった。
小田切になら話してもいいような気もしたが、重人と由羅を裏切るわけにはいかない。
小田切のことは、ある程度、信頼している。
が、得体の知れない冷たさを感じることもある。
それは、小田切が杏里とは違う、”向こう側”の人間だからに違いなかった。
杏里の側に居るのは、あくまで由羅と重人の2人だけなのだ。
家に帰ると、まず猫に餌をやり、それから2時間ほど勉強した。
由羅の気持ちを知ったことで多少気分が落ち着いたのか、思いのほか勉強ははかどった。
数学の解けない問題を小田切に教えてもらい、その後テレビを見て風呂に入った。
杏里の心が揺れだしたのは、バスローブのまま部屋に戻り、いざパジャマに着替えようとしたときのことだった。
ひょっとして、由羅はこの体が気に入らないのだろうか?
バスロープを解き、裸になったとたんに、突如としてその思いが襲ってきたのだった。
いつのまにか、あの鏡台に向かって立っていた。
等身大の鏡に映る、色白の肉体。
こんもりと盛り上がった2つの肉の丘。
大きめの薄桃色の乳首。
腰は大きくくびれ、張りだした下半身に続いている。
少しむっちりした太腿に比べ、足首はきゅっとしまって細い。
無毛の股間は人形のそれのように今はつるりとしている。
上体をねじって背中を映す。
しみひとつない肌。
湯上りでピンク色に染まった丸い尻。
色々な角度から、自分の裸身を映してみる。
無意識のうちに、ため息をついていた。
どこがいけないのだろう?
設定された年齢に合わないから?
エロ過ぎるんだよ。
前に、そんなこといわれたっけ・・・?
でも、私はどうすればいいんだろう?
もう少し、大人しい服を着る?
でも、由羅が気に入るのって、どんな服?
諦めて、パジャマに着替え、机の前に坐る。
ブックスタンドから、例の画集を取り出した。
明日はいよいよ個展に行く日である。
由羅が一緒だと思うと、心強いし気分も高揚する。
この画集には何かある。
それは間違いない。
どうしてモデルの顔がみんな私なのか。
行方不明の少女が描かれているのはなぜなのか。
杏里がこれまでに出会った異常者たち。
この絵の作者もその一員なのか。
だとすれば、私はまたしても危険に自ら飛び込むことになる。
でも、と思う。
今度は由羅が守ってくれる。
だから、もう、何も恐くない。
その夜、杏里は久しぶりに熟睡した。
色々考えることがありすぎて、さすがに疲れ果ててしまったからだった。
涙がとまらない。
両手で顔を覆う。
「なんで泣いてるのさ?」
重人が訊いた。
心底不思議そうな口調である。
「だって・・・」
しゃくりあげながら、杏里はいった。
「やっと・・・やっと、私の想いが、通じたんだよ」
そうなのだ。
あんなに意地悪だった由羅が、ようやく気づいてくれたのだ。
私の気持ちに。
私、由羅のこと、ずっと、ずっと・・・。
「うれし泣きかあ」
呆れたような重人の声。
「それはいいけど、もう冬美さんたちが来る頃だ。それに、今の話はここだけのことにしておこう。僕らが色々知っちゃったこと、彼等にばれるとまずいから」
「うちもそう思う」
由羅がいった。
「でも杏里、勘違いするな」
涙をぬぐって見つめると、由羅はなんだか面映いような、困ったような表情をしている。
「だからといって、うちはその、おまえと寝るつもりはないから。この前みたいに、緊急のとき以外はな」
「どうして?」
思わず口走ってしまい、杏里は耳元まで赤くなった。
「どうしてって・・・」
由羅がまっすぐ見つめ返してきた。
「おまえを傷つけたくないからさ」
ひどくやさしい口調で、ただそれだけを口にした。
杏里は言葉を失った。
どういうこと?
由羅の真意がつかめなかった。
好きなら、相手に触れたくなるのが、普通じゃないの・・・?
そう思ったが、さすがに口には出せなかった。
「とにかく、由羅も杏里を守ってあげるのはいいけど、彼女の”任務”に支障が出ない程度にね。人間の相手を君がひとり残らずとっちめてたら、”昇華”されないやつらで社会が溢れ返っちゃう」
「わかってる。線引きが難しいけど、うちなりにそこは考えて行動するつもりさ」
由羅がそういい終わるか終わらないかのうちだった。
「話し声が聞こえるってことは、終わったのね?」
襖の向こうから冬美の声がした。
「うん!」
元気よく答える重人。
もう一度涙を拭いて、杏里は蒲団の上で居住まいを正した。
自分が混乱しているのがわかる。
はっきりしたのは、私が由羅を恋焦がれていること。
由羅も私の気持ちに応えてくれたこと。
でも、それが一歩前進したことになるのか、そこのところがわからない。
由羅の最後の言葉が気にかかる。
襖が開き、冬美と小田切が入ってきた。
「終わったなら、杏里、行くぞ」
寝癖のついた長い髪をかきあげながら、相変らずの無愛想な口調で、小田切がいった。
帰りに小田切とふたり、国道沿いのレストランで少し早めの夕食を摂った。
訊きたいことはいっぱいある。
私はゾンビなの?
元は死体だったって、ほんと?
あの研究所みたいなところは、どこなの?
どうして私を選んだの?
だが、結局杏里は何もいえなかった。
小田切になら話してもいいような気もしたが、重人と由羅を裏切るわけにはいかない。
小田切のことは、ある程度、信頼している。
が、得体の知れない冷たさを感じることもある。
それは、小田切が杏里とは違う、”向こう側”の人間だからに違いなかった。
杏里の側に居るのは、あくまで由羅と重人の2人だけなのだ。
家に帰ると、まず猫に餌をやり、それから2時間ほど勉強した。
由羅の気持ちを知ったことで多少気分が落ち着いたのか、思いのほか勉強ははかどった。
数学の解けない問題を小田切に教えてもらい、その後テレビを見て風呂に入った。
杏里の心が揺れだしたのは、バスローブのまま部屋に戻り、いざパジャマに着替えようとしたときのことだった。
ひょっとして、由羅はこの体が気に入らないのだろうか?
バスロープを解き、裸になったとたんに、突如としてその思いが襲ってきたのだった。
いつのまにか、あの鏡台に向かって立っていた。
等身大の鏡に映る、色白の肉体。
こんもりと盛り上がった2つの肉の丘。
大きめの薄桃色の乳首。
腰は大きくくびれ、張りだした下半身に続いている。
少しむっちりした太腿に比べ、足首はきゅっとしまって細い。
無毛の股間は人形のそれのように今はつるりとしている。
上体をねじって背中を映す。
しみひとつない肌。
湯上りでピンク色に染まった丸い尻。
色々な角度から、自分の裸身を映してみる。
無意識のうちに、ため息をついていた。
どこがいけないのだろう?
設定された年齢に合わないから?
エロ過ぎるんだよ。
前に、そんなこといわれたっけ・・・?
でも、私はどうすればいいんだろう?
もう少し、大人しい服を着る?
でも、由羅が気に入るのって、どんな服?
諦めて、パジャマに着替え、机の前に坐る。
ブックスタンドから、例の画集を取り出した。
明日はいよいよ個展に行く日である。
由羅が一緒だと思うと、心強いし気分も高揚する。
この画集には何かある。
それは間違いない。
どうしてモデルの顔がみんな私なのか。
行方不明の少女が描かれているのはなぜなのか。
杏里がこれまでに出会った異常者たち。
この絵の作者もその一員なのか。
だとすれば、私はまたしても危険に自ら飛び込むことになる。
でも、と思う。
今度は由羅が守ってくれる。
だから、もう、何も恐くない。
その夜、杏里は久しぶりに熟睡した。
色々考えることがありすぎて、さすがに疲れ果ててしまったからだった。
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