聖獣大戦

戸影絵麻

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 小山田氏参入の一番のメリットは、車だ。単に移動が楽になっただけではない。まず、四神の器を安全に運ぶことができる。そして何よりも、この格好をむやみに人目にさらさずに済む。
 僕の戦闘服は、ラバーのような素材でできた、SWATの隊員が身に着けていそうな仰々しい形状をしていた。僕の体のサイズにあつらえたようにぴったり、というか、着脱が困難なほどぴっちりとフィットしている。幸いなことに、ハイレグではなかった。小山田氏のものは、なんと彼の突き出た腹部をも想定して作られているらしく、その体のフォルムを完璧なまでに再現していた。色は僕が群青で小山田氏が黒である。
スーツは亀の湯の裏の貸衣装屋に保管されており、僕らはその一室で着替えると、上着だけを上から羽織り、小山田氏の愛車に乗って出発したのだった。四番目のメンバー、『白虎』のものも届いているとのことだったが、どこにあるのかわからず、結局見ることができなかった。
 名古屋駅の裏手についた頃にはすでに夜の十一時を回っていた。コインパーキングに車を止め、徒歩で例の場所に向かうことにした。
 しかし、と思う。なんという微妙なチームであることか。こともあろうに構成人員が、離婚経験者二人と大学生一人なのだ。どう見ても強そうではない。ヤクザにでもからまれたら一巻の終わり、という感じである。そんな僕らがなぜ『適応者』なのか、まったくもって理解不能だった。
 ガード下には、まだ例の『欝坊主』が暴れた痕跡が生々しく残っていた。さすがにマンホールの蓋は元に戻されているが、ガードレールが捻じ曲がって半分ほどなくなっており、路面にも無数のひび割れが走っている。あの惨事がテレビで報道されないのは、何か裏で規制が働いたのかもしれなかった。たぶんツィッターなどでは一時情報が飛び交ったのだろうが、一日二日たつにつれ、秒刻みで流れてくる他の大量のゴミ情報の中に埋没し、いつかあぶくのように消えてしまったに違いなかった。
「ははあ、これですか。その刻印というのは」
 ガード下の側壁を見上げるなり、小山田さんが言った。
「装飾古墳の玄室によく見られる、渦状紋に似てますね。でも何で描いたのかな。ただの塗料ではなさそうだ」
「見えるのですね」
 自分の肩までしか背丈のない小山田氏を見下ろすように見つめて、秋津さんが念を押した。
「もちろんです。こんな大きなサイン、見落とすほうが難しいんじゃありませんか」
「適応者にしか見えないんだそうです」
 横から僕は言った。
「何か、体に変化はありますか。鱗が生えてきたとか、パワーがみなぎってきたとか」
 小山田氏は、玄武の盾に十字の紐をかけて背中に背負っていた。戦闘服のせいもあり、さながら小太りの河童である。
「いえ・・・何も」
 目の前で両手を開いたり閉じたりしながら、小山田氏が言った。
「いつもどおりです。相変わらずの非力な中年男ですが・・・」
「おかしいわね」
 秋津さんが眉根を寄せた。
「刻印が見えるなら、適応者のはずなのに」
「まだ欠けているフラグがあるのかも」
「仕方ないわね。とりあえず『狩り』を始めましょうか」
「は・・・すみません。お役に立てなくて」
 恐縮して首を縮める小山田氏に、
「あやまることなんてありませんよ。個人差があるのかもしれないし。ちょっと危険ですが、一応ついてきてくださいますか」
 と秋津さんはあくまでも優しく、礼儀正しい。
 ケースから青竜刀を出して、おそるおそる右手で柄を握る。すぐさま刀が振動し始め、熱が全身に行き渡るのがわかった。皮膚の表面がむず痒くなってくる。角質化が始まったのだ。
 秋津さんは、と見ると、顔に例の赤い隈取りが現れ、長い髪が静電気でも帯びたように宙に広がっている。カーディガンを脱ぎ捨てる。真紅のボディスーツに包まれた豊満すぎる肉体が露わになり、傍らで小山田氏がはっと息を飲む気配が伝わってきた。
 一度車に戻り、ケースと上着を置いてくると、僕らはその足で再度駅裏に向かった。背中に巨大な赤い鎌を背負ったボンテージ風衣装の大柄な女が、特殊部隊風の出で立ちをした凸凹コンビの子分を二人引き連れて歩く図である。途中でまだ営業中の飲み屋から出てきた酔客たちが口々に卑猥な言葉を浴びせかけてきたが、秋津さんは雑魚には見向きもせず、大股に歩道を歩いていく。やがて人通りも絶え、僕らは暗い路地の入り口に立った。手当たりしだいに置かれたポリバケツから、噴き出すように生ゴミが散乱している。空気自体が腐っているような、嫌な臭いが路地一帯に漂っていた。
「聞こえる?」
 ふいに、秋津さんがささやいた。
「え?」
 僕は耳を済ませた。
 聞こえた。
 ぴちゃぴちゃと舌を鳴らすような湿った音が、前方の暗闇からかすかに響いてきていた。
 目を凝らす。
 見えた。
 僕は危うく声を上げそうになった。
 何かいる。
 それも、一匹ではない。十数匹が群がって、何かを食べている。
 大きさは人間の幼児ほどだ。
 つるりとした丸い頭、とがった耳。骨ばった手足と膨れ上がった腹。
 そいつらは、地獄絵巻に出てくる餓鬼に似ていた。違いは、その背中に生えているこうもりのような一対の翼だ。ガーゴイルというのか、西洋の悪鬼というのか、とにかくこの世のものでないことだけは確かである。そのなかの一匹が、僕らの気配に気づいたのか、ふと顔を上げ、目蓋のない皿のようなまん丸な目でこちらを見た。大きく裂けた口に、人間のものらしき腕をくわえている。そう、彼らが食っているのは人間だった。解体された人体のなかに座り込んで、血まみれの饗宴を繰り広げている最中なのだ。
「行きます」
 秋津さんが言って、走り出した。走りながら鎌を両手に構え、悪鬼の群れに突っ込んでいく。
「ちょ、ちょっと待った」
 あわてて僕も後を追った。羽ばたきの音とともに悪鬼たちが舞い上がり、一斉にこっちへ向かってくる。そのただなかを駆け抜けながら、秋津さんが鎌を右へ左へと振るう。たちまちのうちに五、六匹の悪鬼が寸断されて地面に転がった。僕は右手のビルの非常階段めがけて跳躍した。青竜の力は予想以上だった。二階部分の踊り場の手すりに軽々と飛び移ることができた。秋津さんの鎌を避けて下から三匹の悪鬼が飛んできた。翼が小さいため、体を宙に浮かべるのが精一杯といった感じのぶざまな飛び方だ。そこを狙い済まして、青竜刀を思いっきり振り下ろした。ざくっとスイカを割るような手ごたえがあった。そのまま左に払う。更に二匹の首がはね跳んだ。刀を両手に持ち、頭上に振りかぶって手すりからジャンプする。落下の加速度を利用して、真下にいる一匹の頭頂部を叩き割った。路上に立ってあたりを見回してみる。開始五分もしないうちに、敵は全滅していた。路地には悪鬼たちの胴や頭が散乱し、どろどろの体液で地面が見えなくなっている。やつらが食べていた犠牲者の残骸はそのなかにまぎれ、もはや化け物の肉塊と区別がつかなくなってしまっていた。
「すごいなあ」
 間近で声がしたので振り向くと、呆けたような表情の小山田氏が後ろに立っていた。
「これが四神のパワーというやつですか。いやはや、わたしはやっぱりミスキャストのようだ。とてもそんな大太刀回りはできそうにない」
 僕は青竜刀を一振りして、ねっとりとからみついていた黒い体液を振り落とした。全身が熱くて仕方なかった。血が騒ぐ、とはまさにこのことだ。体が戦いを求めているのがわかった。
「それにしても、本当にいるんですね、こんな怪物たちが」
 のんきな小山田氏のつぶやきを、
「来て」
 ふいに秋津さんのよく響く声がさえぎった。
 路地を抜けたあたりに彼女は立っていた。目の前は工事現場だった。路地と交差する少し広めの通りの向こう側一車線の一部が黄色と黒の看板で囲まれている。
「気をつけて。まだいるわ、もっと大きいのが」
 秋津さんがそういい終わるか終わらないかのうちだった。突然足元の地面が振動し始めた。嫌な予感がした。この地響き、最近どこかで感じなかったか?
 工事現場の看板が紙細工のようにあっけなく吹っ飛んだ。一抱えほどもある太い触手が二本、勢いよく飛び出してきた。やっぱりだった。欝坊主だ。僕をやっかいごとに巻き込んだ元凶のひとつである。裂帛の気合とともに秋津さんの朱雀鎌が一閃した。触手は真っ二つに切断され、君の悪い汁を撒き散らしながら路上をすごい勢いで転がっていった。更に二本地中から出現したが、今度は僕が青竜刀で力任せにぶった切ってやった。
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