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慣れない戦闘によほど疲れていたのか、起きるともう昼近かった。僕に割り当てられたのは、亀の湯の二階の一部屋だった。ここは十年ほど前までは旅館も兼ねていたとかで、空き部屋がいくつもあった。老夫婦は、秋津さんの頼みを迷惑がるどころか、歓迎の面持ちで承諾してくれた。
「それは助かりますわ。ジジババ二人でこの広い建物の管理は手に余るってもんで、銭湯のほうだけでも手一杯のとこでしたから」
お鶴ばあさんはしわだらけの顔を柔和にほころばせて、そんなことを言ったものだ。
一階に降りたが、もう秋津さん親子も小山田さんも出払って姿が見えなかった。今日のうちに一度それぞれ家へ戻って、必要なものを取ってくる段取りにしたのである。念のために青竜刀を入れたケースを担いで亀の湯の玄関を出ると、亀吉さんが子犬ほどもある地蔵のようなものを抱えて裏手からよたよたと現れた。
「何してるんです?」
「結界を張っておこうと思ってな。お得意以外はここにたどりつけんように」
「そんなことができるんですか?」
「これを四つの辻に置けばそれで終わりよ」
じいさんが抱えているのは今時珍しい二宮金次郎の像だった。
「手伝いましょうか」
「いや、あとこれひとつだから大丈夫じゃ」
「あの、石川君から何か連絡は?」
「ないのう。瑞穂さんも『おかしい』と首をかしげとったよ」
「あいつ、どうしたんだろう」
「太陽黒点のせいかもしれん」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。それより飯を食べて行かんでもいいのか?」
「平気です。まだ起きたばかりで腹減ってないので」
きのうとは打って変わった上天気だった。この日差しの中ではさすがに地底人も活動できないだろうと思わせるほどの快晴である。欝坊主は真昼間から暴れたが、あれはゆうべ倒したのでまず大丈夫だろう。
何事もなく地下鉄でアパートに戻り、ノートパソコンと着替え類だけを大き目のバッグに詰め、となりの喫茶店で少し腹ごなしをしてから、亀の湯に帰ってきた。僕が亀の湯の関係者であるためか、結界の影響はまるでなく、ふつうにたどり着くことができた。二階に上がると、小山田さんの部屋の戸が開いていて、中から話し声が聞こえてきた。
「あ、おにいちゃんだ」
僕の足音を聞きつけたのか、春香ちゃんが戸口から顔を出して手招きした。
「おじゃまします」
招かれるまま、部屋に入る。
テーブルの上に置かれたデスクトップ型のPCを前に、秋津さんと小山田さんが座ってモニター画面を覗き込んでいるところだった。
「白虎に呼びかけてみようと思いまして」
振り向いて、小山田さんが言った。
「ゆうべ携帯で撮影したこの画像を、動画サイトに投稿してみました」
画面には、ガード下の例の渦巻き模様が映っている。
「これ、白虎以外の人にはただの壁にしか見えないはずです」
画面の下部には、『何か見える方、連絡ください』
というテロップと、メールアドレス。
案の定、もういくつか反応があり、「何も見えないじゃん」「壁映して何考えてるの?」
「いたずらにしてもサイテーだな」などと言いたい放題のコメントが書き込まれている。
「石川君と連絡が取れなくて。それで、わたしたちにも何かできることはないかと思って、小山田さんの提案に乗ってみることにしたの」
心なしかうしろめたそうな表情をして、秋津さんが言った。気持ちはわかる。僕らは今まで石川君の指示に半ば盲目的に従ってここまでやってきたのだ。彼の意向を無視して勝手に白虎とコンタクトを取っていいものかどうか、秋津さんも悩んだに違いない。
「ご迷惑がかからないように、一応メールアドレスはわたしの携帯のものにしてありますが」
小山田さんがいつものすまなさそうな口調で言う。
「ただ、あんな化け物どもが地上にわらわらと沸いてきているというのは、どうもただ事ではない気がして。いっそ、警察に通報した方が、とも思ったのですが、まともに取り合ってくれないだろうと秋津さんもおっしゃるものですから。それなら、いっそのこと、早く仲間をそろえようと」
「小山田さんにはすべて話しました。地底人のことも、四神獣のことも、原種・適応者のことも」
「はあ。次郎君に半分くらいは聞いていたんですが、地底人が相手というのはちょっとした驚きでした」
「信じられないでしょうね」
「いや、ゆうべのあれを実際に見たばかりですし、それに」
小山田さんはそこで照れたように笑うと、
「わたしたち四、五十代は、ウルトラマンなどの特撮番組で育った世代でしてね、そういうのにあまり抵抗がないんですよ。外見はおっさんですが、中身は今流行の中二病みたいなものです」
「なるほど」
僕はなんとなく納得した。そういえば、ポール・マッカートニーもミック・ジャガーももうかなりのおじさんだし、と全然関係ないことを連想する。
「あと、白虎の器のある古墳の位置ですが」
小山田さんはPCの画面をグーグルのマップに切り替えると、
「朱雀鎌が熱田区の段夫山古墳、青竜刀が昭和区の八幡山古墳、玄武盾が北区の志賀公園遺跡で発見されたわけです。段夫山古墳と志賀公園遺跡を結ぶ南北の直線に、東の八幡山古墳を起点とする東西の線を垂直に延ばしてみると、中村区あたりにつきあたる。東の八幡山古墳がかなり中央、つまり中区よりなので、いびつな菱形にならざるを得ないのですが、とりあえず中村区に存在する古墳といえば、七所社ではないかと」」
―第一部 完結―
「それは助かりますわ。ジジババ二人でこの広い建物の管理は手に余るってもんで、銭湯のほうだけでも手一杯のとこでしたから」
お鶴ばあさんはしわだらけの顔を柔和にほころばせて、そんなことを言ったものだ。
一階に降りたが、もう秋津さん親子も小山田さんも出払って姿が見えなかった。今日のうちに一度それぞれ家へ戻って、必要なものを取ってくる段取りにしたのである。念のために青竜刀を入れたケースを担いで亀の湯の玄関を出ると、亀吉さんが子犬ほどもある地蔵のようなものを抱えて裏手からよたよたと現れた。
「何してるんです?」
「結界を張っておこうと思ってな。お得意以外はここにたどりつけんように」
「そんなことができるんですか?」
「これを四つの辻に置けばそれで終わりよ」
じいさんが抱えているのは今時珍しい二宮金次郎の像だった。
「手伝いましょうか」
「いや、あとこれひとつだから大丈夫じゃ」
「あの、石川君から何か連絡は?」
「ないのう。瑞穂さんも『おかしい』と首をかしげとったよ」
「あいつ、どうしたんだろう」
「太陽黒点のせいかもしれん」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。それより飯を食べて行かんでもいいのか?」
「平気です。まだ起きたばかりで腹減ってないので」
きのうとは打って変わった上天気だった。この日差しの中ではさすがに地底人も活動できないだろうと思わせるほどの快晴である。欝坊主は真昼間から暴れたが、あれはゆうべ倒したのでまず大丈夫だろう。
何事もなく地下鉄でアパートに戻り、ノートパソコンと着替え類だけを大き目のバッグに詰め、となりの喫茶店で少し腹ごなしをしてから、亀の湯に帰ってきた。僕が亀の湯の関係者であるためか、結界の影響はまるでなく、ふつうにたどり着くことができた。二階に上がると、小山田さんの部屋の戸が開いていて、中から話し声が聞こえてきた。
「あ、おにいちゃんだ」
僕の足音を聞きつけたのか、春香ちゃんが戸口から顔を出して手招きした。
「おじゃまします」
招かれるまま、部屋に入る。
テーブルの上に置かれたデスクトップ型のPCを前に、秋津さんと小山田さんが座ってモニター画面を覗き込んでいるところだった。
「白虎に呼びかけてみようと思いまして」
振り向いて、小山田さんが言った。
「ゆうべ携帯で撮影したこの画像を、動画サイトに投稿してみました」
画面には、ガード下の例の渦巻き模様が映っている。
「これ、白虎以外の人にはただの壁にしか見えないはずです」
画面の下部には、『何か見える方、連絡ください』
というテロップと、メールアドレス。
案の定、もういくつか反応があり、「何も見えないじゃん」「壁映して何考えてるの?」
「いたずらにしてもサイテーだな」などと言いたい放題のコメントが書き込まれている。
「石川君と連絡が取れなくて。それで、わたしたちにも何かできることはないかと思って、小山田さんの提案に乗ってみることにしたの」
心なしかうしろめたそうな表情をして、秋津さんが言った。気持ちはわかる。僕らは今まで石川君の指示に半ば盲目的に従ってここまでやってきたのだ。彼の意向を無視して勝手に白虎とコンタクトを取っていいものかどうか、秋津さんも悩んだに違いない。
「ご迷惑がかからないように、一応メールアドレスはわたしの携帯のものにしてありますが」
小山田さんがいつものすまなさそうな口調で言う。
「ただ、あんな化け物どもが地上にわらわらと沸いてきているというのは、どうもただ事ではない気がして。いっそ、警察に通報した方が、とも思ったのですが、まともに取り合ってくれないだろうと秋津さんもおっしゃるものですから。それなら、いっそのこと、早く仲間をそろえようと」
「小山田さんにはすべて話しました。地底人のことも、四神獣のことも、原種・適応者のことも」
「はあ。次郎君に半分くらいは聞いていたんですが、地底人が相手というのはちょっとした驚きでした」
「信じられないでしょうね」
「いや、ゆうべのあれを実際に見たばかりですし、それに」
小山田さんはそこで照れたように笑うと、
「わたしたち四、五十代は、ウルトラマンなどの特撮番組で育った世代でしてね、そういうのにあまり抵抗がないんですよ。外見はおっさんですが、中身は今流行の中二病みたいなものです」
「なるほど」
僕はなんとなく納得した。そういえば、ポール・マッカートニーもミック・ジャガーももうかなりのおじさんだし、と全然関係ないことを連想する。
「あと、白虎の器のある古墳の位置ですが」
小山田さんはPCの画面をグーグルのマップに切り替えると、
「朱雀鎌が熱田区の段夫山古墳、青竜刀が昭和区の八幡山古墳、玄武盾が北区の志賀公園遺跡で発見されたわけです。段夫山古墳と志賀公園遺跡を結ぶ南北の直線に、東の八幡山古墳を起点とする東西の線を垂直に延ばしてみると、中村区あたりにつきあたる。東の八幡山古墳がかなり中央、つまり中区よりなので、いびつな菱形にならざるを得ないのですが、とりあえず中村区に存在する古墳といえば、七所社ではないかと」」
―第一部 完結―
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