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#11 小夜子の家
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下校時。
教室を出て、正門にさしかかると、門柱にもたれて佳世が待っていた。
「ついてきて」
短く言うと、先に立ってさっさと歩き出す。
この時間帯の団地は、人気がない。
大人たちはまだ仕事へ行っているか、買い物に出ているからだ。
E棟の2階に、佳世の家はあった。
2階の通路まで階段を上がると、佳世がカギを開けて、僕を待っていた。
「入っていいよ。母さん、パートに出てて、いないから」
玄関で靴を脱ぎ、おっかなびっくり中に上がる。
当然のことだけど、間取りは僕の家とまったく同じ。
短い廊下。
台所にトイレと風呂場。
部屋は6畳と8畳の和室が二間だけ。
でも、匂いが違った。
ここには、あの花のようなママの香りがない。
家にはそれぞれ独特の匂いがある。
佳世の家は、なんとなく味噌汁臭く、全体的にくすんだ印象だ。
それに比べると、うちはもっと、ずっと華やかだった。
貧しいながら、ママが家の隅々にまで、気を配っているせいである。
「こっち」
佳世がベランダへと続くサッシ窓を開け、僕をさし招く。
僕の家とまったく同じなら、ベランダには隣の家との境に仕切りがあるはずだ。
高さ1.5メートルほどの、薄い木製の板である。
ベランダに出ると、そこは子供がふたり、やっと並んで立てるほどの狭苦しさだった。
「これに乗って、のぞくの」
佳世が指さしたのは、風呂場にあるようなプラスチックの腰かけである。
「小夜子とはね、親の目を盗んで、よくこうやってお話ししてたんだ」
しんみりした口調で、つぶやいた。
「のぞきなんて、あんまり気が進まない」
しり込みしていると、
「いいわ。先にあたしがのぞいてみる」
佳世が言い、腰掛けに乗って仕切りの向こうに顔を出す。
「あ」
小さく叫ぶのが、聞こえてきた。
「どうした?」
「…いる」
佳世の声は、震えているみたいだった。
「きっと、届いたばかりなんだ…」
「届いたって、何がさ」
「自分の目で、確かめなよ」
下りてきた佳世は、真っ青な顔をしている。
なんだろう?
こいつ、何を見たっていうんだろう?
怖かった。
怖くてならなかった。
それこそ、小便をちびりそうなくらい。
でも、好奇心には、勝てなかった。
僕は思いきって、そのプラスチックの腰掛けの上に乗った。
そろそろと首を伸ばすと、こっち側とそっくりな隣家のベランダが視界に入ってきた。
サッシ窓は閉まっていた。
そのガラスを通して、中で何かが光を反射するのがわかった。
僕は目を凝らした。
窓に面した8畳間に、大きなパンケースみたいな容れ物が置いてある。
学校の給食室でよく見かける、あの薄黄色のプラスチックのケースである。
その中で、何かがうごめいていた。
猫ほどの大きさの、裸でぬらぬらした何か…。
いつか動物園で見た、オオサンショウウオ。
大きな頭。
短い手足。
身体が半透明なことを除けば、あれに似た形をしている。
「なんだよ? あれ」
僕の顔も青ざめていたに違いない。
「知ってるくせに」
佳世が僕を睨んで、怒ったように言った。
「小夜子の代わりに決まってるじゃん」
教室を出て、正門にさしかかると、門柱にもたれて佳世が待っていた。
「ついてきて」
短く言うと、先に立ってさっさと歩き出す。
この時間帯の団地は、人気がない。
大人たちはまだ仕事へ行っているか、買い物に出ているからだ。
E棟の2階に、佳世の家はあった。
2階の通路まで階段を上がると、佳世がカギを開けて、僕を待っていた。
「入っていいよ。母さん、パートに出てて、いないから」
玄関で靴を脱ぎ、おっかなびっくり中に上がる。
当然のことだけど、間取りは僕の家とまったく同じ。
短い廊下。
台所にトイレと風呂場。
部屋は6畳と8畳の和室が二間だけ。
でも、匂いが違った。
ここには、あの花のようなママの香りがない。
家にはそれぞれ独特の匂いがある。
佳世の家は、なんとなく味噌汁臭く、全体的にくすんだ印象だ。
それに比べると、うちはもっと、ずっと華やかだった。
貧しいながら、ママが家の隅々にまで、気を配っているせいである。
「こっち」
佳世がベランダへと続くサッシ窓を開け、僕をさし招く。
僕の家とまったく同じなら、ベランダには隣の家との境に仕切りがあるはずだ。
高さ1.5メートルほどの、薄い木製の板である。
ベランダに出ると、そこは子供がふたり、やっと並んで立てるほどの狭苦しさだった。
「これに乗って、のぞくの」
佳世が指さしたのは、風呂場にあるようなプラスチックの腰かけである。
「小夜子とはね、親の目を盗んで、よくこうやってお話ししてたんだ」
しんみりした口調で、つぶやいた。
「のぞきなんて、あんまり気が進まない」
しり込みしていると、
「いいわ。先にあたしがのぞいてみる」
佳世が言い、腰掛けに乗って仕切りの向こうに顔を出す。
「あ」
小さく叫ぶのが、聞こえてきた。
「どうした?」
「…いる」
佳世の声は、震えているみたいだった。
「きっと、届いたばかりなんだ…」
「届いたって、何がさ」
「自分の目で、確かめなよ」
下りてきた佳世は、真っ青な顔をしている。
なんだろう?
こいつ、何を見たっていうんだろう?
怖かった。
怖くてならなかった。
それこそ、小便をちびりそうなくらい。
でも、好奇心には、勝てなかった。
僕は思いきって、そのプラスチックの腰掛けの上に乗った。
そろそろと首を伸ばすと、こっち側とそっくりな隣家のベランダが視界に入ってきた。
サッシ窓は閉まっていた。
そのガラスを通して、中で何かが光を反射するのがわかった。
僕は目を凝らした。
窓に面した8畳間に、大きなパンケースみたいな容れ物が置いてある。
学校の給食室でよく見かける、あの薄黄色のプラスチックのケースである。
その中で、何かがうごめいていた。
猫ほどの大きさの、裸でぬらぬらした何か…。
いつか動物園で見た、オオサンショウウオ。
大きな頭。
短い手足。
身体が半透明なことを除けば、あれに似た形をしている。
「なんだよ? あれ」
僕の顔も青ざめていたに違いない。
「知ってるくせに」
佳世が僕を睨んで、怒ったように言った。
「小夜子の代わりに決まってるじゃん」
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