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第3部 凶愛のエロス
#14 監禁
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その病院は、海を見下ろす丘の上に建っていた。
道は少し坂になり、堤防が病院のほうへとうねりながら続いている。
天気は下り坂だった。
空はいつのまにか灰色の雲に覆われ、そのせいで海までもが鉛色に暗く沈んで見えた。
黒野零は病院へと続く坂をゆっくりと歩いていた。
真っ黒な冬服のセーラー服に腰まである漆黒の長い髪。
ほっそりとした足には黒のハイソックスを履いている。
全身黒ずくめなだけに、雪のように白い肌と真っ赤なスカーフが映えている。
病院の門を入ったところで、立ち止まった。
建物の右奥に、自転車置き場が見える。
背の高い少年が、自転車から降りようとしていた。
零は足音ひとつ立てずに、少年に歩み寄った。
少年が零に気づき、顔を上げた。
繊細な顔立ちをした、なかなかの美少年である。
「来たのね」
零は声をかけた。
「ああ」
少年がいった。
「もう、我慢できなくてね」
「パトスが来るわよ。いいの?」
「かまわないさ」
どこか自虐的な口調だった。
「そう」
零は尖った顎に手を当て、少年を見つめた。
「少しの間、時間をあげてもいいけど」
「どういうこと?」
「私がパトスと遊んでてあげる」
「いいのか?」
「まかせて」
少年に背を向けて、歩き出す。
哀れな外来種。
雌に比べて下等なだけに、雌が繁殖期を迎えない限りは、性交ひとつさせてもらえない。
だから普段は、より下等な人間の雌と交わるしかないのだ。
外来種の雌と交わることのできる幸運な雄は、滅多にいないのである。
入口に立って、耳を澄ます。
風に乗ってかすかな声が聞こえる。
「あら」
零はちょっと目を見開いた。
「あの子、もう来てるわ」
先回りしたつもりだったのに。
海を眺めながら、のんびり歩いていたのがいけなかったようだ。
「慎重にね」
肩を並べてきた少年に、零はささやいた。
少年が、つきつめた表情でうなずく。
眼がすわっている。
欲情の虜になりかけているのだ。
「女?」
由羅がいった。
セーラー服姿の由羅は、なんだか新鮮な感じがした。
スカートは超短いが、洋画に出てくるティーンエイジャーの女の子みたいで、すごくかっこいい。
一時、あれほど由羅を憎んだ杏里だったが、ひさしぶりに再会してみると、切なさがそれを上回った。
杏里は自分の瞳がうるうるしてくるのを感じていた。
由羅にされた愛撫を思い出すと、たちまちのうちに憎しみが溶けていくのがわかった。
看護師が出て行き、ふたりきりになっていた。
「うん」
杏里はうなずいた。
「絶対ヘン。私がトラックに押しつぶされるのを見ながら、その子、何してたと思う?」
「何だよ」
由羅の問いかけに、杏里は口ごもった。
「あれよ、あれ」
「あれじゃ、わかんねーよ」
「この前、ホテルであなたたちを見ながら、私がしてたやつ・・・」
「ああ」
由羅がなんでもないことのようにいった。
「オナニーか」
「そ、そう、それ」
口にしただけで、体の中心が疼いた。
頬がかっと熱くなる。
由羅の前だから、なおさらだ。
「そういうやつ、たまにいるからなあ。血を見ると興奮したり、人を殺さないと気持ちよくなれない、って変態」
「でも、変態っていうより、なんだか人間じゃないみたいだった。凄い美人なんだけど、気持ち悪いって言うか、怖いっていうか・・・」
きょうの由羅は、珍しく友好的だった。
第一声こそ、相変らず乱暴だったが、そのあとは普通に会話を続けることができた。
それが杏里にはうれしかった。
だから、息せき切って話していた。
プールでクラスの男子ふたりにいたずらされ、おぼれそうになったこと。
そのあと保健室に行き、早退することになったこと。
家まで送るといってくれた山口翔太と歩いていると、黒ずくめの少女に呼び止められたこと。
その直後に無人のトラックが暴走してきて、車体の下敷きになったこと・・・。
「で、おまえはそいつも外来種じゃないかって、いいたいわけだな?」
「そう」
あれが人間であるはずがない、と思う。
確かにそういった性向の者もいるには居るに違いない。
しかし、彼女の場合、ほんの少し前まではクールな雰囲気を漂わせたミステリアスな少女だったのだ。
それがいきなりあんなところで、オナニーだなんて。
「ウワサによると、外来種は雄しかいないらしい。だから人間の女を襲って孕ませるんだって。女の外来種なんて、聞いたことないけどな」
腕組みして、由羅がいった。
「そっちのほうがおかしいよ。雄しかいない生き物なんて、ありえないじゃない。人間にまだ知られてないだけかもしれないでしょ、雌の外来種の存在が」
「まあね」
由羅はわりにあっさり折れた。
「実はうちにも、気になることがあってさ。あれ、女じゃないかと思うんだ」
由羅はついさっき、歓楽街でチンピラと遊んでいたとき、ふいに避雷針を投げつけられたのだ、と語った。
「一瞬、ビルの屋上で、長い髪の毛が見えた気がして・・・。あれ、ひょっとしたら、おまえのいうその女と同一人物かもな。普通、あんなふうに避雷針をもぎとって投げてくるやつはいないし」
「確か、翔太君が、『黒野」って呼んでた。うちの学校の生徒みたい」
「ってことは」
由羅の目が光る。
「ここへ来る可能性大だな。あるいはうちを追って来たか・・・」
「ねえ」
こらえきれなくなって、杏里は訊いた。
「どうしてきょうは優しいの? 私のこと、少しは気になるの?」
「ばーか」
由羅が顔をしかめた。
「小田切の命令だよ。そろそろ外来種がリターンしてくる頃だから、配置についとけって」
「なーんだ」
ちょっとがっかりだった。
どんなにないがしろにされても、なぜか憎めない。
実質的に友だちのいない杏里とって、由羅の存在は大きい。
「何期待してんだか」
由羅はそっけなくいうと、
「じゃ、うち、ちょっと病院の中見回ってくるわ。また来るから、大人しく待ってな。あ、それから、何かあったらケータイで連絡するの、忘れるな。うちの番号もアドレスも入れといたから」
ひらりと短いスカートを翻して、病室を出て行った。
杏里はため息をついた。
そして、私は何を期待してたのだろう、と思った。
奇抜な髪型の少女が通廊に姿を現した瞬間だった。
零は正確に狙いを定めて手刀を振り下ろした。
由羅がよけた。
さすがパトスだけのことはある。
すばらしい反射神経だった。
が、ある意味それは想定内だった。
零はとっさに左足で由羅の脚を払った。
由羅がたまらずたたらを踏む。
その隙を逃さず、右手で喉をつかんだ。
細い喉をわしづかみにして、つま先が床を離れるまで吊り下げる。
由羅が膝で蹴ろうとした。
それより早く、零の左の拳が由羅の鳩尾にめり込んだ。
「捕まえた」
にっと笑って、ささやいた。
隣の手術室の鍵は壊しておいた。
そこへ吊り下げたまま、由羅を連れ込んだ。
ベッドに思いっきり放り投げる。
由羅が壁に背を打ちつけ、両脚を開いたままぐったりとなる。
丸見えになったパンティが痛々しい。
「さあ、遊ぼうか。子猫ちゃん」
零はいった。
はしたないほど濡れてくるのがわかった。
道は少し坂になり、堤防が病院のほうへとうねりながら続いている。
天気は下り坂だった。
空はいつのまにか灰色の雲に覆われ、そのせいで海までもが鉛色に暗く沈んで見えた。
黒野零は病院へと続く坂をゆっくりと歩いていた。
真っ黒な冬服のセーラー服に腰まである漆黒の長い髪。
ほっそりとした足には黒のハイソックスを履いている。
全身黒ずくめなだけに、雪のように白い肌と真っ赤なスカーフが映えている。
病院の門を入ったところで、立ち止まった。
建物の右奥に、自転車置き場が見える。
背の高い少年が、自転車から降りようとしていた。
零は足音ひとつ立てずに、少年に歩み寄った。
少年が零に気づき、顔を上げた。
繊細な顔立ちをした、なかなかの美少年である。
「来たのね」
零は声をかけた。
「ああ」
少年がいった。
「もう、我慢できなくてね」
「パトスが来るわよ。いいの?」
「かまわないさ」
どこか自虐的な口調だった。
「そう」
零は尖った顎に手を当て、少年を見つめた。
「少しの間、時間をあげてもいいけど」
「どういうこと?」
「私がパトスと遊んでてあげる」
「いいのか?」
「まかせて」
少年に背を向けて、歩き出す。
哀れな外来種。
雌に比べて下等なだけに、雌が繁殖期を迎えない限りは、性交ひとつさせてもらえない。
だから普段は、より下等な人間の雌と交わるしかないのだ。
外来種の雌と交わることのできる幸運な雄は、滅多にいないのである。
入口に立って、耳を澄ます。
風に乗ってかすかな声が聞こえる。
「あら」
零はちょっと目を見開いた。
「あの子、もう来てるわ」
先回りしたつもりだったのに。
海を眺めながら、のんびり歩いていたのがいけなかったようだ。
「慎重にね」
肩を並べてきた少年に、零はささやいた。
少年が、つきつめた表情でうなずく。
眼がすわっている。
欲情の虜になりかけているのだ。
「女?」
由羅がいった。
セーラー服姿の由羅は、なんだか新鮮な感じがした。
スカートは超短いが、洋画に出てくるティーンエイジャーの女の子みたいで、すごくかっこいい。
一時、あれほど由羅を憎んだ杏里だったが、ひさしぶりに再会してみると、切なさがそれを上回った。
杏里は自分の瞳がうるうるしてくるのを感じていた。
由羅にされた愛撫を思い出すと、たちまちのうちに憎しみが溶けていくのがわかった。
看護師が出て行き、ふたりきりになっていた。
「うん」
杏里はうなずいた。
「絶対ヘン。私がトラックに押しつぶされるのを見ながら、その子、何してたと思う?」
「何だよ」
由羅の問いかけに、杏里は口ごもった。
「あれよ、あれ」
「あれじゃ、わかんねーよ」
「この前、ホテルであなたたちを見ながら、私がしてたやつ・・・」
「ああ」
由羅がなんでもないことのようにいった。
「オナニーか」
「そ、そう、それ」
口にしただけで、体の中心が疼いた。
頬がかっと熱くなる。
由羅の前だから、なおさらだ。
「そういうやつ、たまにいるからなあ。血を見ると興奮したり、人を殺さないと気持ちよくなれない、って変態」
「でも、変態っていうより、なんだか人間じゃないみたいだった。凄い美人なんだけど、気持ち悪いって言うか、怖いっていうか・・・」
きょうの由羅は、珍しく友好的だった。
第一声こそ、相変らず乱暴だったが、そのあとは普通に会話を続けることができた。
それが杏里にはうれしかった。
だから、息せき切って話していた。
プールでクラスの男子ふたりにいたずらされ、おぼれそうになったこと。
そのあと保健室に行き、早退することになったこと。
家まで送るといってくれた山口翔太と歩いていると、黒ずくめの少女に呼び止められたこと。
その直後に無人のトラックが暴走してきて、車体の下敷きになったこと・・・。
「で、おまえはそいつも外来種じゃないかって、いいたいわけだな?」
「そう」
あれが人間であるはずがない、と思う。
確かにそういった性向の者もいるには居るに違いない。
しかし、彼女の場合、ほんの少し前まではクールな雰囲気を漂わせたミステリアスな少女だったのだ。
それがいきなりあんなところで、オナニーだなんて。
「ウワサによると、外来種は雄しかいないらしい。だから人間の女を襲って孕ませるんだって。女の外来種なんて、聞いたことないけどな」
腕組みして、由羅がいった。
「そっちのほうがおかしいよ。雄しかいない生き物なんて、ありえないじゃない。人間にまだ知られてないだけかもしれないでしょ、雌の外来種の存在が」
「まあね」
由羅はわりにあっさり折れた。
「実はうちにも、気になることがあってさ。あれ、女じゃないかと思うんだ」
由羅はついさっき、歓楽街でチンピラと遊んでいたとき、ふいに避雷針を投げつけられたのだ、と語った。
「一瞬、ビルの屋上で、長い髪の毛が見えた気がして・・・。あれ、ひょっとしたら、おまえのいうその女と同一人物かもな。普通、あんなふうに避雷針をもぎとって投げてくるやつはいないし」
「確か、翔太君が、『黒野」って呼んでた。うちの学校の生徒みたい」
「ってことは」
由羅の目が光る。
「ここへ来る可能性大だな。あるいはうちを追って来たか・・・」
「ねえ」
こらえきれなくなって、杏里は訊いた。
「どうしてきょうは優しいの? 私のこと、少しは気になるの?」
「ばーか」
由羅が顔をしかめた。
「小田切の命令だよ。そろそろ外来種がリターンしてくる頃だから、配置についとけって」
「なーんだ」
ちょっとがっかりだった。
どんなにないがしろにされても、なぜか憎めない。
実質的に友だちのいない杏里とって、由羅の存在は大きい。
「何期待してんだか」
由羅はそっけなくいうと、
「じゃ、うち、ちょっと病院の中見回ってくるわ。また来るから、大人しく待ってな。あ、それから、何かあったらケータイで連絡するの、忘れるな。うちの番号もアドレスも入れといたから」
ひらりと短いスカートを翻して、病室を出て行った。
杏里はため息をついた。
そして、私は何を期待してたのだろう、と思った。
奇抜な髪型の少女が通廊に姿を現した瞬間だった。
零は正確に狙いを定めて手刀を振り下ろした。
由羅がよけた。
さすがパトスだけのことはある。
すばらしい反射神経だった。
が、ある意味それは想定内だった。
零はとっさに左足で由羅の脚を払った。
由羅がたまらずたたらを踏む。
その隙を逃さず、右手で喉をつかんだ。
細い喉をわしづかみにして、つま先が床を離れるまで吊り下げる。
由羅が膝で蹴ろうとした。
それより早く、零の左の拳が由羅の鳩尾にめり込んだ。
「捕まえた」
にっと笑って、ささやいた。
隣の手術室の鍵は壊しておいた。
そこへ吊り下げたまま、由羅を連れ込んだ。
ベッドに思いっきり放り投げる。
由羅が壁に背を打ちつけ、両脚を開いたままぐったりとなる。
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