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第3部 凶愛のエロス
#9 地獄
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坂の上に、少女は立っていた。
もう6月も終わりだというのに、黒い冬服のセーラー服を着ている。
おまけに、黒のストッキングを穿いていた。
ストレートの長い髪も、漆黒だ。
ほとんど白いところのない瞳も、底知れぬ闇をたたえている。
全身黒ずくめの少女である。
真夏日だった。
全世界が白熱化したような灼熱の昼下がり。
その白茶けた街の風景の中で、少女はそこだけヒトガタに切り取られた黒い染みのように見えた。
空間それ自体に生じた真っ黒い染み。
それが彼女だった。
-最近、気持ちいいこと、していない。
少女は思った。
そろそろ限界だ。
見なくては。
流れ出る赤い血を。
爆ぜたピンクの肉塊を。
傍らに、配達のトラックが止まっていた。
運転手が坂の下の喫茶店に食事を摂りに入るのを、さきほど見届けたばかりだった。
少女の手の中で、車のキーが鳴った。
さっき、すれ違ったとき、運転手の若者のポケットから拝借したのだ。
少女は手先が器用だった。
動きも速い。
その気になれば、常人を出し抜くことなど朝飯前だ。
-標的確認。
少女の漆黒の瞳が光った。
坂の下を、少女と同じ制服を来たカップルが歩いてくる。
背の高い、スポーツマンタイプの少年と、小柄だが妙にむっちりした体型の少女である。
車のドアを開け、すばやく右手を伸ばし、サイドブレーキを解除する。
そっとドアを閉めるのと同時に、トラックがじりじりと坂を下り始めた。
それを確かめると、少女は跳んだ。
ブロック塀の上に着地し、走った。
坂を下りきったところでもう一度ジャンプし、カップルの真後ろに舞い降りる。
足音ひとつ立てない、身軽な動作だった。
「ひさしぶりね」
声をかけた。
まず、少年が振り向いた。
すっきりした目鼻立ちの、美少年である。
体育会系の男子特有の泥臭さは、微塵もない。
続いて、女生徒のほうも振り向いた。
見かけない顔だった。
栗色のやわらかそうな髪。
美人ではないが、妙に男好きのする顔立ちをしている。
中学生とは思えないくらい、胸が大きい。
-こいつ。
少女の目が糸のように細くなる。
-ひょっとして、アレか?
「黒野じゃないか」
少年が驚いたようにいった。
「おまえ、もう、よくなったのか? なんか、体調不良で自宅療養中って聞いてたけど」
「まあね」
少女は微笑んだ。
自宅療養中、というのはあながち嘘ではない。
体調不良、というのも間違ってはいない。
下手に外に出ると何をしでかすかわからない自分が疎ましかったのだ。
それで一週間、ずっと家で寝ていた。
ただそれだけのことだ。
だが、と少女は思う。
目は、少年ではなく、その傍らの女生徒のほうを凝視している。
ーこいつが来てたのなら、もっと早く登校すべきだった。
時間稼ぎはそのくらいで充分だった。
坂の上を見上げて、少女は、
「あ」
と声を上げた。
トラックが突っ込んでくるところだった。
「危ない!」
ふたりに駆け寄り、少年を突き飛ばすと同時に、女生徒の脚を引っ掛けた。
「杏里!」
少年が叫んだ。
トラックが倒れた女生徒めがけて突っ込んでいく。
「きゃあああ!」
閑静な住宅街に悲鳴がこだました。
ドスンという、鈍い音がした。
トラックの前半分が宙に浮く。
そのまま、ゆっくりと沈み込んでいく。
ぐしゃ。
何か、やわらかいものが潰れるような音が、聞こえてきた。
硬いものが折れる乾いた連続音が、その後に続く。
四つのタイヤを地面につけたトラックの下から、とろりと真っ赤な液体が流れ出してきた。
濃い絵の具のようなそれは、みるみるうちに路面を覆いつくし、黒野と呼ばれた少女の足元まで広がってきた。
少女ー黒野零は、血の海を味わうように踏みしめ、
大股にトラックへと歩み寄った。
「くそ、ケータイ、電池切れだ」
少年が真っ青な顔でうめいた。
「黒野、おまえ、スマホかケータイ、持ってないか? 早く救急車、呼ばなきゃ」
零はゆるゆると首を横に振った。
そんなもの、持っているはずがない。
話す相手がいないのだ。
そんなもので他者とつながりたがるのは、人間がひ弱な生物であることの、何よりの証拠だろう。
「そうか。じゃ、俺、近所の家で電話借りてくる。その間、ここで杏里を、見ていてくれないか」
少年が身を翻し、駆け出していく。
「うん」
うなずき、零はその場にしゃがみこんだ。
スカートの裾に血がつくのも気にならない。
見ていてくれないか、だって?
いわれなくても、そのつもりだ。
私はこれが見たかったのだ。
わくわくしながら、トラックの下を覗きこむ。
予想以上のものが、そこにあった。
折りたたまれた人体である。
頭の上に、折れ曲がってひしゃげた胴が乗っている。
手と足がありえない角度で四方に突き出ている。
被害者の少女は、こちらに顔を向けたまま。見事に潰れていた。
「あなた、杏里っていうの?」
膝を抱えて血だまりの中にしゃがみこんだまま、零は聞いた。
その声に、少女の目が開いた。
絶望の色が瞳に浮かんでいる。
「助けて・・・」
声にならぬ、かすれきった声で、懇願する。
「死んでないんだ」
零はにやりと笑った。
-やっぱり。
納得した。
こいつ、タナトスなんだ。
いいものを見つけた。
この町にも、玩具が配備されたんだ。
「痛い?」
うわずった声で、訊いた。
体の芯がぞくぞくする。
さっきから、自分が濡れてきているのに気づいていた。
零は長いスカートの下に、右手を入れた。
予想通り、股間は充分すぎるほど潤っていた。
いい・・・。
こんなの、ひさしぶり・・・。
零は普段から下着を穿いていない。
こんなときのために、ブラジャーもしていなかった。
目の前でじわじわと潰れていく少女の肉体を眺めながら、黒野零はゆっくりと自慰に耽り始めた。
もう6月も終わりだというのに、黒い冬服のセーラー服を着ている。
おまけに、黒のストッキングを穿いていた。
ストレートの長い髪も、漆黒だ。
ほとんど白いところのない瞳も、底知れぬ闇をたたえている。
全身黒ずくめの少女である。
真夏日だった。
全世界が白熱化したような灼熱の昼下がり。
その白茶けた街の風景の中で、少女はそこだけヒトガタに切り取られた黒い染みのように見えた。
空間それ自体に生じた真っ黒い染み。
それが彼女だった。
-最近、気持ちいいこと、していない。
少女は思った。
そろそろ限界だ。
見なくては。
流れ出る赤い血を。
爆ぜたピンクの肉塊を。
傍らに、配達のトラックが止まっていた。
運転手が坂の下の喫茶店に食事を摂りに入るのを、さきほど見届けたばかりだった。
少女の手の中で、車のキーが鳴った。
さっき、すれ違ったとき、運転手の若者のポケットから拝借したのだ。
少女は手先が器用だった。
動きも速い。
その気になれば、常人を出し抜くことなど朝飯前だ。
-標的確認。
少女の漆黒の瞳が光った。
坂の下を、少女と同じ制服を来たカップルが歩いてくる。
背の高い、スポーツマンタイプの少年と、小柄だが妙にむっちりした体型の少女である。
車のドアを開け、すばやく右手を伸ばし、サイドブレーキを解除する。
そっとドアを閉めるのと同時に、トラックがじりじりと坂を下り始めた。
それを確かめると、少女は跳んだ。
ブロック塀の上に着地し、走った。
坂を下りきったところでもう一度ジャンプし、カップルの真後ろに舞い降りる。
足音ひとつ立てない、身軽な動作だった。
「ひさしぶりね」
声をかけた。
まず、少年が振り向いた。
すっきりした目鼻立ちの、美少年である。
体育会系の男子特有の泥臭さは、微塵もない。
続いて、女生徒のほうも振り向いた。
見かけない顔だった。
栗色のやわらかそうな髪。
美人ではないが、妙に男好きのする顔立ちをしている。
中学生とは思えないくらい、胸が大きい。
-こいつ。
少女の目が糸のように細くなる。
-ひょっとして、アレか?
「黒野じゃないか」
少年が驚いたようにいった。
「おまえ、もう、よくなったのか? なんか、体調不良で自宅療養中って聞いてたけど」
「まあね」
少女は微笑んだ。
自宅療養中、というのはあながち嘘ではない。
体調不良、というのも間違ってはいない。
下手に外に出ると何をしでかすかわからない自分が疎ましかったのだ。
それで一週間、ずっと家で寝ていた。
ただそれだけのことだ。
だが、と少女は思う。
目は、少年ではなく、その傍らの女生徒のほうを凝視している。
ーこいつが来てたのなら、もっと早く登校すべきだった。
時間稼ぎはそのくらいで充分だった。
坂の上を見上げて、少女は、
「あ」
と声を上げた。
トラックが突っ込んでくるところだった。
「危ない!」
ふたりに駆け寄り、少年を突き飛ばすと同時に、女生徒の脚を引っ掛けた。
「杏里!」
少年が叫んだ。
トラックが倒れた女生徒めがけて突っ込んでいく。
「きゃあああ!」
閑静な住宅街に悲鳴がこだました。
ドスンという、鈍い音がした。
トラックの前半分が宙に浮く。
そのまま、ゆっくりと沈み込んでいく。
ぐしゃ。
何か、やわらかいものが潰れるような音が、聞こえてきた。
硬いものが折れる乾いた連続音が、その後に続く。
四つのタイヤを地面につけたトラックの下から、とろりと真っ赤な液体が流れ出してきた。
濃い絵の具のようなそれは、みるみるうちに路面を覆いつくし、黒野と呼ばれた少女の足元まで広がってきた。
少女ー黒野零は、血の海を味わうように踏みしめ、
大股にトラックへと歩み寄った。
「くそ、ケータイ、電池切れだ」
少年が真っ青な顔でうめいた。
「黒野、おまえ、スマホかケータイ、持ってないか? 早く救急車、呼ばなきゃ」
零はゆるゆると首を横に振った。
そんなもの、持っているはずがない。
話す相手がいないのだ。
そんなもので他者とつながりたがるのは、人間がひ弱な生物であることの、何よりの証拠だろう。
「そうか。じゃ、俺、近所の家で電話借りてくる。その間、ここで杏里を、見ていてくれないか」
少年が身を翻し、駆け出していく。
「うん」
うなずき、零はその場にしゃがみこんだ。
スカートの裾に血がつくのも気にならない。
見ていてくれないか、だって?
いわれなくても、そのつもりだ。
私はこれが見たかったのだ。
わくわくしながら、トラックの下を覗きこむ。
予想以上のものが、そこにあった。
折りたたまれた人体である。
頭の上に、折れ曲がってひしゃげた胴が乗っている。
手と足がありえない角度で四方に突き出ている。
被害者の少女は、こちらに顔を向けたまま。見事に潰れていた。
「あなた、杏里っていうの?」
膝を抱えて血だまりの中にしゃがみこんだまま、零は聞いた。
その声に、少女の目が開いた。
絶望の色が瞳に浮かんでいる。
「助けて・・・」
声にならぬ、かすれきった声で、懇願する。
「死んでないんだ」
零はにやりと笑った。
-やっぱり。
納得した。
こいつ、タナトスなんだ。
いいものを見つけた。
この町にも、玩具が配備されたんだ。
「痛い?」
うわずった声で、訊いた。
体の芯がぞくぞくする。
さっきから、自分が濡れてきているのに気づいていた。
零は長いスカートの下に、右手を入れた。
予想通り、股間は充分すぎるほど潤っていた。
いい・・・。
こんなの、ひさしぶり・・・。
零は普段から下着を穿いていない。
こんなときのために、ブラジャーもしていなかった。
目の前でじわじわと潰れていく少女の肉体を眺めながら、黒野零はゆっくりと自慰に耽り始めた。
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