激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【覚醒編】

戸影絵麻

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第2部 背徳のパトス

#12 杏里と由羅

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 それはただのキスではなかった。
 由羅のしなやかな舌が唇を割って入ってきたかと思うと、怯える杏里の舌を探り当て、蛇のように巻きついた。
 引き出された杏里の舌を、由羅の唇が銜え、吸った。
 根元まで銜え込まれ、杏里は思わず体をよじった。
 シーツが落ち、自分が再び全裸になったことにも気づかない。
 由羅は淫靡な音を立てて杏里の舌を丸ごと銜え込むと、フェラチオよろしく前後に顔を動かした。
 舌が性感帯と化していた。
 動けなかった。
 舌を中心に、全身に愉悦のしびれがさざ波のごとく広がっていく。
 無意識のうちに喘いでいた。
 乳首が痛いほど勃起しているのがわかる。
 充血して、大きくなり、ツンツンに尖ったふたつの乳首。
 ただでさえ豊満な杏里の乳房の突端で、そのピンク色の肉の芽は否応なしに目立っているはずだった。
 少女がそれに気づけば、次はそこを責めてくるだろう。
 またしても、指でつねられ、口で吸われてしまうのだ。
 乳首を責められ、快感に悶える己の裸体を想像するだけで、性器の内側が濡れてきた。
 もう、がまんできなかった。
 杏里は本能的に、敏感になった乳首を、張った乳房ごと相手の胸に押しつけようとした。
 体中が更なる快楽を欲して燃えてきている。
 もう、止められない。
 と、由羅が杏里の舌を吸うのをやめ、さっと身を離した。
「おまえさあ、何エッチな声出してんだよ。冗談に決まってるだろ」
 ベッドに転がる杏里。
 無情にも、突き放されたのだ。

 杏里はベッドの上に横倒しになったまま、茫然と由羅の顔を見上げていた。
 一瞬、頭の中が真っ白になり、快感が潮が引くように冷めていくと、今度はそれに代わってすさまじい羞恥の念がこみ上げてきた。
 自慰に気づかれたときよりも、恥ずかしかった。
 そ、そんな・・・。
 信じられない思いだった。
 冗談って、何?
 自分から誘っておいて、冗談だなんて・・・。
 ひどい、
 ひどすぎる。
 屈辱と恥辱で肩が小刻みに震えた。
 自分がひどく恨めしげな顔で相手を睨んでいるのがわかった。
「何怒ってるんだよ」
 腰に手を当てて胸を反らし、しどけない姿勢の杏里を見下ろしながら、呆れたように由羅がいった。
「おまえ、そんなにうちに抱かれたいのかよ。初対面だっていうのにさ」
「そ、そんなんじゃ、ない・・・」
 杏里はゆるゆると頸を横に振った。
 悔し涙があふれてきた。
「じゃ、なんで乳首おっ立てて、おまんこ濡らしてんだよ」
 容赦なく由羅がいう。
 やはり気づいていたのだ。
 杏里が欲情していることに。
 杏里は耳を塞ぎたかった。
 右腕で両の乳房を、左手で股間を隠した。
 哀しいことに、どちらも指摘された通りの状態に陥ってしまっていた。
 私、どうしちゃったんだろう?
 うつむいて、下唇を強く噛みしめる。
 こんな、それこそ初対面の、ハロウィンの仮装みたいな格好をした。どこの誰ともわからない女の子相手に・・・。
 いったい何をやってるんだろう?

 杏里は石のようにおし黙っていた。
 もうこれ以上傷つけられるのは、こりごりだった。
 由羅と名乗った少女は、また椅子に坐ると、退屈そうにあくびをした。
「まあ、今夜はもうこねえだろうなあ」
 誰にともなくつぶやいた。
「あいつら、一回出しちゃったら、しばらく溜まるまでは人を襲わないっていうから」
 杏里は顔を背けた。
 この下品な言葉遣い、なんとかならないかと思う。
 いくらパトスとはいえ、いったいどんな素性の娘なのだろう。
 そんなことを考えていると、ふいに由羅が杏里の髪をつかんできた。
 杏里は、ひっと息を呑んだ。
 顔を仰向かせると、恐い目で睨みつけてくる。
「いいか、勘違いすんなよ。きょうは冬美にいわれたから特別に来てやっただけだ。うちが関わるのは"やつら"が現れたときだけ。それ以外は、おまえがどんなにニンゲンどもに酷い目にあわされようと、知ったこっちゃないからな」
「そんなこと、いわれなくてもわかってる」
 杏里は由羅の小悪魔のようなハート型の顔を睨み返した。
「もう帰ってよ。別に誰かに頼ろうだなんて、これっぽっちも思ってないんだから」
「はん」
 由羅が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「威勢のいいこった。さっきまでめそめそ泣いてたのはどこのどいつだよ」
「いいから、帰って!」
 怒り心頭に達し、杏里は枕を投げつけた。
 難なくかわす由羅。
「おっと、大事なこと忘れてた」
 由羅が部屋の中を見回していった。
「おまえ、スマホとか持ってるか? 連絡取れるようにうちの番号入れとくから、ちょい貸しな」
「連絡・・・?」
「今度やつらが現れたとき、うちを呼べるように、だよ。おまえひとりじゃ、なぶり殺しにされるのがオチだろ?」
「余計なお世話よ。私はそんなに簡単に殺されたりしない」
「だからそうはいかないんだって」
 由羅が声を荒げた。
「おまえが死のうが生きようが、そんなことはどうでもいいんだよ。大事なのは、外来種を駆除することだ。聞いただろ? でないと日本がやつらにのっとられちまうんだから」
「あんたなんかと組むのは、絶対にいや」
 杏里は頑なにかぶりを振った。
 こんな恥をかかされて、誰がこんなやつの顔など見たいものか。
「うちだってさ、ホントはおまえみたいなオンナ臭いやつは苦手なんだよ!」
 由羅が地団駄を踏んで、怒鳴った。
 意外に気が短いらしかった。
「でもしょうがないだろ? タナトスとパトスはコインの裏表なんだから。もうひとり、回復役のなんとかってのを入れて、三人で一組のユニットなんだよ」
「なんとかじゃなくって、ヒュプノス」
 ここぞとばかりに杏里はいい返した。
「そうそれ。でさ、なんでうちとおまえかっていうと、これはもう、冬美が決めたことだから、逆らえないんだよ。うちにとって、冬美の命令は絶対なんだから」

「冬美先生に頼んで、ほかのパトスに替えてもらうわ」
 杏里はいい張った。
 由羅がなぜそんなに水谷冬美にこだわるのか、わからない。
 が、彼女なら頼みを聞いてくれそうな気がした。
 杏里の言葉に、由羅のただでさえ吊りあがった目尻が、更に鋭角に吊りあがる。
「うざいやつだな。いいか? 外来種の侵略事例が少ない日本には、パトスはまだ数人しかいないんだよ。おまえらタナトスみたいに、いじめっこ対策のためにつくられたわけじゃないからな。だからうちはすっごく貴重な存在なの! 少しはありがたく思えよ、この淫乱オンナ」
「もういや! あんたの顔なんか二度と見たくない!」
 杏里が両手で頭を抱えて泣き出したとき、
「やべ。看護師だ」
 由羅がつぶやき、いきなり窓を全開にすると、ひらりと窓枠に飛び乗った。
「じゃ、また、学校でな」
 手を上げ、ヒラヒラと振る。
「ケータイの番号は、そんときでいいよ。たぶん明日かあさってには、また会うことになるだろうし」
 学校?
 明日?
 あさって?
 まさか、この子も・・・。
 泣きやんで、顔を上げるとすでに由羅の姿はなかった。
「あら、笹原さん、勝手に窓開けちゃだめですよ」
 そのとき、うしろから看護師の声がした。


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