激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【覚醒編】

戸影絵麻

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第1部 激甚のタナトス

#2 佐倉萌

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 にぎやかにおしゃべりしながら、生徒たちが正面玄関に入っていく。
 だが、杏里に声をかけてくる者はひとりもいなかった。
 杏里は肩をすぼめるようにして、人波を泳ぐようにして中に入った。
 孤独だった。
 何もかもがよそよそしかった。
 なんとなく、嫌な予感がした。
 何か、これからとんでもないことが起こりそうな…。
 きのう、おとといはとりあえず何もなかった。
 けれど、転校して三日経つというのに、この疎外感は何だろう…。

 その予感は、的中した。
 特に何も考えず、靴箱を開けたときだった。
 ひっと小さく叫び、杏里は思わず飛びすさった。
 ごん、と鈍い音がして、”それ”が足元に落ちた。
 子猫の頭だった。
 切断面から、まだ血が出ている。
 血とは別の、ほつれた白い糸のようなものは、血管だろうか。
 叫びだしそうになるのをぐっとこらえ、まわりを見回した。
 女生徒の一団が、階段の上り口から杏里のほうをうかがって、くすくす笑っている。
 上履きは猫の血で汚れてしまっていた。
 ハンカチでごしごしこすると、血が広がって白い上履きをピンクに染めた。
 床に転がった猫の頭部は、半ば牙をむき出し、無念そうに空を睨んでいる。
 かわいそう、という思いより、気味の悪さが先に立った。
 が、放置しておくわけにもいかなかった。
 恐る恐る猫の耳をつまみ、持ち上げた。
 思わず取り落としかけた。
 意外に重かったのだ。
 周囲で悲鳴が上がった。
 生徒たちが遠巻きに自分を取り巻いていた。
 彼らが、自分の一挙手一投足に注目しているのを痛いほど感じながら、杏里はいったん外に出た。
 裏手に確か焼却炉があったはずだ。
 せめて地面に穴を掘って埋めてやりたいところだったが、さすがにその時間はなかった。
 校舎の裏をぐるぐる歩き回ってようやく焼却炉を見つけ、重い鉄の蓋を開けて中に猫の頭を放り込んだ。
 戻ってみると、エントランスには誰もいなくなっていた。
 授業が始まってしまっている。
 杏里は血の染みの残る上履きに履き替えると、靴を片手に持って、階段を駆け上った。
 2年生の教室は2階である。
 廊下の左手が教室で、手前から順に、A、B、CとFまで並んでいる。
 3つめのC組の部屋の前で立ち止まる。
 緊張が胸を締め上げてきた。
 転校3日めにして遅刻とは。
 先生になんといいわけしていいのか、わからない。
 思い切って、後ろの引き戸を開ける。
 クラス全員が、申し合わせたように、一斉に振り返る。
 無機質なまなざしの奥に、一様に何か冷たいものが潜んでいる。
「どうした? 早く席に着け」
 メガネをかけた、神経質そうな中年教師がいった。
 C組の担任、川島である。
 とくにお咎めはなさそうだった。
 杏里は少しほっとして、自分の席に向かった。
 窓側の、後ろから2番めが、杏里の席だった。
 靴を机の下に置き、カバンを横のフックにかけて、坐った、
 とたんに、激痛が体を貫いた。
 杏里はばね仕掛けの人形のように飛び上がった。
 教室中が、どっと沸いた。
 歓声と拍手の渦が沸き起こる。
 気味の悪い冷や汗が、首筋を伝った。
 右手で尻のあたりを探ってみる。
 画鋲が刺さっていた。
 それも、ひとつではない。
 10個はある。
 スカート越しに、10個の画鋲が尻の肉に針の根元までしっかり刺さっている。
 指で抜いていると、
「どうした?」
 川島が声をかけてきた。
「なんでも、ありません」
 杏里はか細い声でいった。
 笑おうとしたが、痛みと羞恥で笑みが途中でひきつるのがわかった。
 
 痛みは意外に早く引き、10分もすると授業に集中できるようになった。
 1時限目は杏里の苦手な数学である。
 聞き逃すわけにはいかなかった。
 先生の板書をノートに写し、指示された問題を解こうと、教科書に目を落としたときだった。
 ふいに、今度は腰の辺りに痛みを感じた。
 また何か、突き刺さっている。
 こわごわ首を回してうかがってみると、シャープペンシルの先だった。
 制服のブラウスを突き抜けて、肌にめりこんでいる。
「痛い?」
 ささやきが聞こえた。
 後ろの席の女子だった。
 ポニーテールの髪。
 狐を連想させる鋭角な顔立ち。
 意地悪そうに瞳を光らせ、杏里の反応をじっと見守っている。
 確か、佐倉萌という名の女生徒だ。
 可愛い名前にそぐわぬ、陰湿な性格だった。
 さっき、階段の近くにたむろして、杏里を見ていた女子たちのひとりである。
 あの猫の頭も、ひょっとしたら、彼女の仕業かもしれない、と杏里は思った。
 転校初日、こんなことがあった。
 杏里が席に着くと、
「あんた、くさいね」
 と、萌はいきなり大声で言ったのである。
「なんだか、機械油の匂いがする」
 杏里は亀の子のように首を縮めた。
 父の仕事上、これは仕方のないことだった。
 だが、それ以来、更にクラスメートたちの視線が冷たくなった気がする。

 その萌が、シャープペンシルの先を、ぐいぐい突き刺してくる。
「感じないの? あんた、どMでしょ?」
 低く押し殺した声で、いった。
 杏里の白い豆腐のような皮膚が破れ、血がにじんできていた。
 杏里はゆるゆるとかぶりを降った。
 やめて、という勇気が出なかった。
 顔を黒板のほうに戻し、耐えることにする。
「シカトってわけ?」
 後ろの萌の声が険悪になった。
「おぼえてな」
 痛みが激しくなり、杏里はびくんとのけぞった。
 萌がシャープを更に強く突き刺してきたのだった。

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