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第2章 謝肉祭

#38 束の間の青空

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 窓の外が明るくなっている。
 雨音もしなくなっていた。
 だからなのか、と今更ながらに思う。
 凌辱される杏里の様子が細部まで見て取れたのは、目張りのカーテン越しに差し込む外の光のせいだったのだ。
「これが、タナトスの力、なの?」
 私は白々とした光に照らされた教室の中を見回した。
 クラスメートたちは、机の上に仰向けになった理沙をも含めて、みんな眠ってしまっているように見えた。
 誰もが穏やかな表情をその顔に浮かべ、まるで年相応の子供に返ったかのように。
「個人差はあるけれど、目を覚ましたら、きょうのこと、忘れてしまっている子もいると思う。みんな、いい夢見てるといいね」
 杏里は私の質問には直接答えず、そんな曖昧なことを言った。
「いい夢って…あんなひどいことされたのに?」
 私は呆れて杏里を見返した。
 男子生徒たちの体液でべたべたになりながらも、差し込む陽射しに照らし出された杏里の裸身は美しかった。
「終わったから、もういいの」
 杏里は本気でそう思っているのか、その瞳はあくまでも透明な水面のように澄み切っている。
「これでこのクラスは、明日から正常に戻る。よどみは何の心配もしなくてよくなるんだよ」
「もしかして…」
 私は衝動的に思いつきを口に出していた。
「これってひょっとして、全部、杏里が仕組んだ計画だったとか?」
 級友全員の関心を目一杯自分に引きつけ、クラスカーストの頂点にいる理沙を焚きつける。
 すべて、自分を襲うように仕向けるために。
 そして、クラスメートたちのたまりにたまったストレスを、タナトスの力で一気に解消する…。
 でも、いくら杏里が究極のボランティア精神の持ち主だとしても、そんな危険な賭けに出るだろうか。
 30人以上の生徒たちに凌辱され、一歩間違えば不具にされてしまいかねない惨状だったのだ。
「まさかね」
 私は肩をすくめてみせた。
「いくらなんでも、それはないか」
 それより幾分ほっとしている自分がいた。
 杏里は理沙たちに屈しなかったのだ。
 まったくダメージを受けた様子もなく、ケロッとした顔ですっかり回復しているのである。
 これは、私にとって重要なことだった。
 この手で杏里を完膚なきまでに打ちのめし、私の下僕にまで陥落させる。
 その目的がまだ潰えていないことが、明らかになったのだ。
「私、かなり臭うよね」
 杏里が腕の匂いを嗅いで、鼻の頭にしわを寄せた。
 杏里だけでなく、教室全体が臭かった。
 精液特有の青臭い匂い。
 そこに乾いた愛液のカツオ出汁みたいな臭気が混じっている。
「とりあえずこれで身体を拭いて、トイレの洗面所で顔や手を洗ったらいいよ」
 私はそのへんに散らばっているシャツを何枚か拾い上げ、杏里に手渡した。
「よどみ、私を助けようとしてくれたんだよね」
 身体を拭きながら、しんみりした口調で杏里が言った。
「全然役に立たなかったけど」
 私は下着とスカートを身につけているところだった。
 男子に蹴られた脇腹に青あざができている。
 まだ痛むけど、これはこれで母に見せるいい証拠になるはずだ。
「嬉しかったよ。今まで何度もこういうことあったけど、誰も助けてくれなかったもの」
 まだ裸のまま、杏里が近づいてきた。
 ふわりと首を抱かれ、私は服を着る途中の姿勢でフリーズした。
「私、いつ、よどみの家に行けばいい?」
 甘くささやくように、耳元で杏里が訊いてきた。
「その時、私、どんな格好していけばいいのかな?」
 一瞬、心臓が止まった。
 杏里は知っている。
 その確信が私を打ちのめしたのだ。
 背筋を上下する悪寒に震えながら、
 それにしても…。
 と、心の底からつくづく思った。
 笹原杏里…。
 この子、いったい、何者なのだろう?
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