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第2章 謝肉祭
#31 嵐の前
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時間がたつにつれてボルテージが上がっていくクラスメートたち。
空気が帯電したかのような異様な雰囲気に嫌気が差し、昼休み、私は杏里を外に誘った。
とはいえ、天気は最悪で、予想通り、屋上でのお弁当は見送るしかなさそうだった。
3限目の半ばから大粒の雨が落ち始め、昼にはバケツをひっくり返したみたいな土砂降りになってしまっていたのである。
雨粒の跳ねる渡り廊下を悲鳴を上げながら駆け抜けると、私たちは体育館に飛び込んでハンカチで濡れた髪をぬぐった。
昼休みの体育館は、当然のことながら、誰もいなかった。
舞台の端に腰かけ、杏里に弁当を渡すと、窓の外が一瞬真っ白に光り、びっくりするほど近くで雷が鳴った。
「理沙のやつ、何企んでるんだろう」
ふたつの口で、白米とおかずを同時に食べながら、私はぼやいた。
「謝肉祭だって。なんか嫌な感じ」
「あの時、結局中途半端に終わっちゃったから」
箸の尻で顎を支え、宙を見つめて杏里が言った。
「だから彼女、まだ浄化できていないのよ。ていうか、途中で終わった分、余計に鬱憤がたまってるのかも」
「あの時って?」
「ほら。よどみが仕掛けたスマホに、映ってたでしょ。私たち」
杏里の何気ないひと言に、私は危うくむせそうになった。
仕掛けたって…。
この子、知っていたんだ。
屈辱で耳が熱くなる。
「あの時ね、見回りの先生がやってきて、早く帰れって、私たち、教室を追い出されちゃったの」
そういえば、動画のふたりは、長いキスの後、席を立ってそのまま画面から消え、二度と戻ってこなかったのだった。
スマホには結局、キスの場面しか映っていなかったのである。
「杏里、きのう、自分は他人のストレス緩衝装置だって言ってたよね。あれって、具体的にはどうすることなの? 本当は、理沙と何をするつもりだったわけ?」
きわどい質問だと分かっていながらも、私はそう問いかけずにはいられなかった。
バスの中で起きたことを考えると、邪魔が入らなければその後どうなったかは、わざわざ訊くまでもない。
「うーん」
案の定、杏里は言いにくそうに口ごもった。
そして、濡れた前髪を指でかき分けると、ため息混じりにぽつんと言った。
「実際のところ、私からは何もしない。ただ、相手に合わせるだけ」
「相手に合わせる?」
「うん」
「何をされても、ってこと?」
「そう」
「それが、他人のストレスを緩和させる方法なの?」
「まあね」
杏里はそれ以上この話題には触れられたくないようで、私の顔を正面からじっと見つめると、やがて話を締めくくるように、きっぱりした口調で言い切った。
「いずれよどみにもわかる時が来るよ。それに比べれば、きょうの謝肉祭は、その前哨戦みたいなもの。だから心配しないで。私、こういうの、慣れてるから。今までの学校でも、必ず一度は起きたことだから。よどみは進路面談なんでしょ? 大事な時期なんだから、私のことなんて気にしないで、先生としっかり話してきて。よどみの頭なら、どこの高校だって行けるじゃない。私、応援してるよ。こう見えても、よどみのこと、ずっと応援してるんだから」
杏里の話を聞きながら、私は妙にひっかかるものを感じないではいられなかった。
謝肉祭が前哨戦?
じゃあ、何が本番だというのだろう?
杏里、あんた、知ってるの?
ふいに、そう訊きたくてたまらなくなった。
私があなたをどうしようとしているのか、あなたは知っているというわけなの?
空気が帯電したかのような異様な雰囲気に嫌気が差し、昼休み、私は杏里を外に誘った。
とはいえ、天気は最悪で、予想通り、屋上でのお弁当は見送るしかなさそうだった。
3限目の半ばから大粒の雨が落ち始め、昼にはバケツをひっくり返したみたいな土砂降りになってしまっていたのである。
雨粒の跳ねる渡り廊下を悲鳴を上げながら駆け抜けると、私たちは体育館に飛び込んでハンカチで濡れた髪をぬぐった。
昼休みの体育館は、当然のことながら、誰もいなかった。
舞台の端に腰かけ、杏里に弁当を渡すと、窓の外が一瞬真っ白に光り、びっくりするほど近くで雷が鳴った。
「理沙のやつ、何企んでるんだろう」
ふたつの口で、白米とおかずを同時に食べながら、私はぼやいた。
「謝肉祭だって。なんか嫌な感じ」
「あの時、結局中途半端に終わっちゃったから」
箸の尻で顎を支え、宙を見つめて杏里が言った。
「だから彼女、まだ浄化できていないのよ。ていうか、途中で終わった分、余計に鬱憤がたまってるのかも」
「あの時って?」
「ほら。よどみが仕掛けたスマホに、映ってたでしょ。私たち」
杏里の何気ないひと言に、私は危うくむせそうになった。
仕掛けたって…。
この子、知っていたんだ。
屈辱で耳が熱くなる。
「あの時ね、見回りの先生がやってきて、早く帰れって、私たち、教室を追い出されちゃったの」
そういえば、動画のふたりは、長いキスの後、席を立ってそのまま画面から消え、二度と戻ってこなかったのだった。
スマホには結局、キスの場面しか映っていなかったのである。
「杏里、きのう、自分は他人のストレス緩衝装置だって言ってたよね。あれって、具体的にはどうすることなの? 本当は、理沙と何をするつもりだったわけ?」
きわどい質問だと分かっていながらも、私はそう問いかけずにはいられなかった。
バスの中で起きたことを考えると、邪魔が入らなければその後どうなったかは、わざわざ訊くまでもない。
「うーん」
案の定、杏里は言いにくそうに口ごもった。
そして、濡れた前髪を指でかき分けると、ため息混じりにぽつんと言った。
「実際のところ、私からは何もしない。ただ、相手に合わせるだけ」
「相手に合わせる?」
「うん」
「何をされても、ってこと?」
「そう」
「それが、他人のストレスを緩和させる方法なの?」
「まあね」
杏里はそれ以上この話題には触れられたくないようで、私の顔を正面からじっと見つめると、やがて話を締めくくるように、きっぱりした口調で言い切った。
「いずれよどみにもわかる時が来るよ。それに比べれば、きょうの謝肉祭は、その前哨戦みたいなもの。だから心配しないで。私、こういうの、慣れてるから。今までの学校でも、必ず一度は起きたことだから。よどみは進路面談なんでしょ? 大事な時期なんだから、私のことなんて気にしないで、先生としっかり話してきて。よどみの頭なら、どこの高校だって行けるじゃない。私、応援してるよ。こう見えても、よどみのこと、ずっと応援してるんだから」
杏里の話を聞きながら、私は妙にひっかかるものを感じないではいられなかった。
謝肉祭が前哨戦?
じゃあ、何が本番だというのだろう?
杏里、あんた、知ってるの?
ふいに、そう訊きたくてたまらなくなった。
私があなたをどうしようとしているのか、あなたは知っているというわけなの?
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