28 / 77
第2章 謝肉祭
#9 闖入者
しおりを挟む
「んもう、勇次ったら」
杏里がむくれた。
目をぱっちり見開くと、突然の闖入者をきっとにらみつける。
「ヒトの部屋に勝手に入ってこないでって、いつも言ってるでしょ」
「なんだ、仕事中か」
男ー小田切勇次が私と、セミヌードの杏里を交互に見やった。
「そうじゃないけど」
杏里は不機嫌そうだ。
だが、男性の前だというのに、あらわな胸を隠そうともしない。
「どっちにしろ、犬はだめだ」
今度は太郎のほうを見て、男が顔をしかめた。
「ここはペット禁止なんだ。それに俺は、近くに犬がいると思うだけで、どうにも落ち着かない」「こんなに可愛いのに?」
杏里がしゃがみこみ、太郎の首を抱いた。
くうんと太郎がうれしそうな声を出す。
こいつ、犬の分際でよほど人間の女に弱いのか、もうデレデレ状態だ。
私はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
残念と言えば、これほど残念なことはない。
もう少しで、杏里のあの豊満な乳房を口に含み、固いつぼみのような乳首を甘がみすることができたのだ。
でも、逆に、楽しみが増えた、と言えないこともなかった。
私は杏里に快感を与えることができたのである。
それを楽しむのは、彼女を完全に我がものにしてからでも決して遅くはない。
「可愛いだと? そいつは成犬のドーベルマンなんだろ? しかもオズときてる。部屋の中で買うチワワやマルチーズとはわけが違うんだ。頼むから外に出してくれ」
「すみませんでした」
私は素直に頭を下げた。
なんだかすっきりした気分だった。
杏里に対する冷たい怒りは、めくるめく興奮の渦の中ですっかり溶けてしまったらしい。
「いこ、太郎」
太郎の引き綱を引いて部屋の外に出ようとすると、背後でふたりの話す声が聞こえてきた。
「あの子、外来種ではないんだな。口唇裂と顎裂の合併症か。それにしても、かなりの重症だ」
「失礼なこと言わないで。ほら、”刻印”出てないでしょ。よどみはれっきとした人間だよ」
「じゃ、治療中だったのか。その格好はそういうわけだな。しかし、かなり”豪”が深そうだ。いくらおまえが優れた”タナトス”でも、ちょっとやそっとでは”昇華”できないレベルだろう」
意味不明の内容だった。
外来種、刻印。
杏里がタナトスって、どういうことだろう?
それに、業って?
昇華って?
気になってドアの外に佇んでいると、元のようにTシャツを着た杏里が出てきて、私の袖を引いた。
「ごめんね、よどみ。勇次ったら、ほんと気が利かなくって。あ、それからね、もうこんな時間だから、よかったらお夕食食べていかない? といっても、私が今から作るんだけどさ」
後半は自信なさそうな口調になる。
「ううん。私こそごめん。急に押しかけて、ひどいこと言ったりして。あ、食事はいいよ。帰りにマックにでも寄って、テキトーに食べてくから」
マスクをかけ直すと、私はゆっくりとかぶりを振った。
「初めはびっくりしたけど」
背後の気配をうかがいながら、声を潜めて杏里が言った。
「でも、ちょっと嬉しかったかな。よどみの真剣な気持ちが、伝わってきて」
「私だって…」
Tシャツを押し上げる杏里の乳房。
生地を透かして見えている薔薇色の乳輪。
それを名残惜しげに見つめて、私はひとりごちた。
「じゃ、明日ね。10時10分のバスに乗ればいいんだよね」
明るい声で杏里が言った。
「う、うん」
私はうなずいた。
そうだった。
明日のショッピングの約束、あれはまだ生きているのだ。
「私、水着見たいな」
杏里が少し恥ずかしそうにつけ加える。
「もうすぐプール開きでしょ? 去年のスクール水着、もうちいちゃくて体が入らないの」
学校のプール開きは、毎年6月の2週目の体育の授業からである。
梅雨で遅れることが多いが、あと1ヶ月ほどだった。
「杏里はビキニのほうが似合うよ」
真顔で私は言った。
「なんなら一緒に選んであげる」
「さすがにビキニで体育の授業は無理だから、ふつうのスク水でいいんだけど」
杏里が笑った。
「でも、本当いうと、ビキニも着てみたい」
「写真撮らせて」
スマホを取り出して、すかさず私は言った。
「杏里のビキニ姿」
「また?」
杏里が目を真ん丸にする。
「今のその格好も」
抗議のひまも与えず、立て続けにシャッターボタンを押す。
「そんなに私の写真撮って、どうするの?」
不思議そうに杏里が訊いた。
「お部屋に貼るの。壁いっぱいに」
私はスマホをスカートのポケットにしまうと、杏里に背を向けた。
「そうして、杏里と私だけの空間を創るんだ」
杏里がむくれた。
目をぱっちり見開くと、突然の闖入者をきっとにらみつける。
「ヒトの部屋に勝手に入ってこないでって、いつも言ってるでしょ」
「なんだ、仕事中か」
男ー小田切勇次が私と、セミヌードの杏里を交互に見やった。
「そうじゃないけど」
杏里は不機嫌そうだ。
だが、男性の前だというのに、あらわな胸を隠そうともしない。
「どっちにしろ、犬はだめだ」
今度は太郎のほうを見て、男が顔をしかめた。
「ここはペット禁止なんだ。それに俺は、近くに犬がいると思うだけで、どうにも落ち着かない」「こんなに可愛いのに?」
杏里がしゃがみこみ、太郎の首を抱いた。
くうんと太郎がうれしそうな声を出す。
こいつ、犬の分際でよほど人間の女に弱いのか、もうデレデレ状態だ。
私はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
残念と言えば、これほど残念なことはない。
もう少しで、杏里のあの豊満な乳房を口に含み、固いつぼみのような乳首を甘がみすることができたのだ。
でも、逆に、楽しみが増えた、と言えないこともなかった。
私は杏里に快感を与えることができたのである。
それを楽しむのは、彼女を完全に我がものにしてからでも決して遅くはない。
「可愛いだと? そいつは成犬のドーベルマンなんだろ? しかもオズときてる。部屋の中で買うチワワやマルチーズとはわけが違うんだ。頼むから外に出してくれ」
「すみませんでした」
私は素直に頭を下げた。
なんだかすっきりした気分だった。
杏里に対する冷たい怒りは、めくるめく興奮の渦の中ですっかり溶けてしまったらしい。
「いこ、太郎」
太郎の引き綱を引いて部屋の外に出ようとすると、背後でふたりの話す声が聞こえてきた。
「あの子、外来種ではないんだな。口唇裂と顎裂の合併症か。それにしても、かなりの重症だ」
「失礼なこと言わないで。ほら、”刻印”出てないでしょ。よどみはれっきとした人間だよ」
「じゃ、治療中だったのか。その格好はそういうわけだな。しかし、かなり”豪”が深そうだ。いくらおまえが優れた”タナトス”でも、ちょっとやそっとでは”昇華”できないレベルだろう」
意味不明の内容だった。
外来種、刻印。
杏里がタナトスって、どういうことだろう?
それに、業って?
昇華って?
気になってドアの外に佇んでいると、元のようにTシャツを着た杏里が出てきて、私の袖を引いた。
「ごめんね、よどみ。勇次ったら、ほんと気が利かなくって。あ、それからね、もうこんな時間だから、よかったらお夕食食べていかない? といっても、私が今から作るんだけどさ」
後半は自信なさそうな口調になる。
「ううん。私こそごめん。急に押しかけて、ひどいこと言ったりして。あ、食事はいいよ。帰りにマックにでも寄って、テキトーに食べてくから」
マスクをかけ直すと、私はゆっくりとかぶりを振った。
「初めはびっくりしたけど」
背後の気配をうかがいながら、声を潜めて杏里が言った。
「でも、ちょっと嬉しかったかな。よどみの真剣な気持ちが、伝わってきて」
「私だって…」
Tシャツを押し上げる杏里の乳房。
生地を透かして見えている薔薇色の乳輪。
それを名残惜しげに見つめて、私はひとりごちた。
「じゃ、明日ね。10時10分のバスに乗ればいいんだよね」
明るい声で杏里が言った。
「う、うん」
私はうなずいた。
そうだった。
明日のショッピングの約束、あれはまだ生きているのだ。
「私、水着見たいな」
杏里が少し恥ずかしそうにつけ加える。
「もうすぐプール開きでしょ? 去年のスクール水着、もうちいちゃくて体が入らないの」
学校のプール開きは、毎年6月の2週目の体育の授業からである。
梅雨で遅れることが多いが、あと1ヶ月ほどだった。
「杏里はビキニのほうが似合うよ」
真顔で私は言った。
「なんなら一緒に選んであげる」
「さすがにビキニで体育の授業は無理だから、ふつうのスク水でいいんだけど」
杏里が笑った。
「でも、本当いうと、ビキニも着てみたい」
「写真撮らせて」
スマホを取り出して、すかさず私は言った。
「杏里のビキニ姿」
「また?」
杏里が目を真ん丸にする。
「今のその格好も」
抗議のひまも与えず、立て続けにシャッターボタンを押す。
「そんなに私の写真撮って、どうするの?」
不思議そうに杏里が訊いた。
「お部屋に貼るの。壁いっぱいに」
私はスマホをスカートのポケットにしまうと、杏里に背を向けた。
「そうして、杏里と私だけの空間を創るんだ」
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
いつもと違う日常
k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる