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第1章 転校生

#14 欲情教室

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 教室に一歩足を踏み入れると、ざわめきがぴたりとやんだ。
 戸口に立った私と杏里に、30人分の視線が一斉に向けられる。
 異様に張り詰めた気配が、教室中を支配していた。
 何かが起こるのをを期待するような、ぴりぴりした嫌なムードである。
 当然のことながら、視線はすべて私の背後に立つ杏里に向けられていた。
 その視線に、2種類あることに私は気づいた。
 ひとつは、立花理沙とその取り巻きたちが向けてくる、燃えるような敵意。
 もうひとつは、特に男子生徒たちがそうなのだが、今にも発火しそうな情欲むき出しのギラギラした獣のまなざし。
 私がいなかったら全員が杏里に襲いかかってきそうな、そんな危険な緊張感が教室中に漂っているのだ。
「行こ」
 私は小声で言い、杏里の手を握って歩き出した。
 私たちの席は教室の最後部にある。
 杏里が窓際で、私がその隣である。
 ふたりの机の間に立った時、杏里の椅子の上にそれが見えた。
 窓から差し込む朝日を浴びて金色に輝く宝石のようなもの。
 画鋲だった。
「待って。座らないで」
 私は杏里を制し、腰をかがめてその画鋲をひとつひとつ丁寧に拾った。
 全部で10個。
 どうせ、理沙のグループの仕業に違いない。
 教室の空気が、とたんに緩んだのがわかった。
 失望のため息が、あちこちから聞こえてくる。
 みんな、知っていたのだ。
 胸がムカムカした。
 こんな小学生並みのいたずらをして、何が嬉しいのだろうか。
 クズにもほどがある。
 私の計画に比べたら、なんて稚拙でお粗末なことか。
「ありがとう」
 小声で杏里が言った。
 見ると、なんだか困ったような表情をしている。
「でも、いいんだよ。これくらいのこと。私、慣れてるから」
「だめだよ、そんなの」
 私は真剣に腹を立てていた。
 そんなことを許したら、杏里のあの綺麗なお尻が傷ついてしまう。
 まだ私がこの目で直接見てもいないのに…。
 杏里の肌に傷が残るなんて、絶対に許せない。
 確かに、美しいものを穢すには、色々な方法があるだろう。
 シリアルキラーやサイコパスの中には、完璧な女体を刃物で切り刻み、血まみれの肉塊に変えて喜ぶ輩も多いと聞く。
 しかし、私は嫌だった。
 美しいものは、美しいままで壊さなければ意味がない。
 すこし考えてみればわかるだろう。
 杏里の顏を切り裂いて、私と同じ奇形にして楽しいだろうか。
 こんな化け物面は、世界中でひとつあれば、それでもう十分というものだ。
 杏里はあくまで天使の顏とビーナスの肉体を保ったまま、凌辱されるべきなのだ。
 壊すのは、精神。
 身体ではない。
 そんなこともわからないのか、この愚民どもは。
 私は教室中を睨み回した。
 衝動的にマスクを引っ剥がしたくなった。
 それは、単なる趣味の悪い露悪的な衝動などではなかった。
 私は決意したのだ。
 杏里を守る、と。
 そのための武器はひとつしかない。
 世界一醜悪な、この顔である。
 母の助けを借りないと決めた以上、私はこの顏を武器に世界と戦うしかないのだから。
 
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