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第1章 転校生

#8 狙われた肢体 

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 午後からの授業は、体育だった。
 教科の中で私が最も憎むのが、この体育の授業である。
 理不尽なことに、見学の私も体操着に着替えねばならないからだ。
 体操着姿になると、太り気味でいびつな私の身体は嫌でも目立つ。
 それに、見学の間は、死ぬほど退屈でたまらない。
 小学生の頃からずっと見学を通してきた私だが、別に身体的に悪いところがあるわけではない、
 母の粗悪な遺伝子の影響か、手足の骨が多少歪んでいるくらいである。
 だから運動しようと思えばできないことはないのだが、どの道運動神経はゼロに等しいし、これ以上無様な姿を晒すのは嫌だから、中学進学以来、とにかく見学を押し通すことにしている。
 顏がこうだから体もどこか悪いと思われているのか、見学そのものについて教師から何か言われたことはない。
 学科試験の点数がいいことと、母の圧力で通知票の評価はなんとか「3」を保っている。
 だが、その代わりに体操着に着替えて見学すること、というのが教師側の条件で、そうでないと他の生徒に示しがつかないから、というのがその理由のようだった。

 うちのような古い公立高校には、更衣室などという洒落たものはない。
 では、着替えの時どうするかというと、女子が教室を使い、男子は理科準備室に追い出されることになる。
 だからその日も、屋上から戻ると、私はいつものように自分の席で小さくなって着替えを始めたのだが…。
「なあに、あれ?」
 という不機嫌そうな甲高いひと声に、思わずびくりと身をすくませた。
 声を上げたのは、立花理沙。
 どのクラスにもひとりはいる、気の強い、見た目の派手な女子である。
 成績が特にいいわけでも、運動部で活躍しているわけでもないのに、そのアクの強い性格でクラスカーストの上位に立ついやなやつ。
 アニメやラノベでは、こうした役どころはたいてい外人とのハーフの美少女と相場は決まっているけれど、現実はそこまで甘くない。
 怪物の私から見ても、理沙の顔面偏差値はせいぜい52くらい。
 なのに自分では美人だと思っているらしいからお笑いである。
 その理沙が睨んでいるのは、私ではなく、杏里のほうだ。
 どうしたんだろう? 
 不思議に思って振り向いた私は、そこであっと息を呑んだ。
  体育の授業では、女子はふつう、膝まであるハーフパンツを着用するものである。
 ところが、着替え終わった杏里が穿いているのは、下半身にぴったりフィットした小さな紺のブルマなのだ。
 厚手のパンティみたいなデザインのブルマから、むっちりした生白い太腿がむき出しになっているさまは、とても高校生とは思えない。
 そして、もうひとつ。
 体操着のほうも、大いに問題ありだった。
 制服の上からもなんとなく想像がついていたのだが、体操着に着替えると、杏里の豊かな胸は否が応でも目立つのだ。
 しかも、白い生地の下から浮き上がって見えるのは、大人の女性がつけるような、セクシーなピンクのブラジャーなのである。
 他の女子が愛用しているスポーツブラなどという可愛いものではなかった。
 ポニーテールの髪をたてがみのように振り立てて、理沙が歩いてきた。
 その後ろには取り巻きが3人。
「ちょっとあんた、転校早々、何目立ちたがってるのよ!」
 4人で杏里を取り囲むと、机をドンと叩いていきなり理沙が吼えた。
 杏里はちょうどブルマを履き終え、はみ出たパンティを指でその中に押しこんでいるところだった。
「あの…、どういうことですか?」
 顔を上げると、きょとんとした表情で理沙を見返した。
「あんた馬鹿? なんでブルマなの? あんたがそれ穿いたらいくら何でもエロすぎでしょ!」
 ははあ、と思った。
 理沙が気に入らないのは、転校早々杏里がクラス中の男子の注目を集めてしまったことなのだ。
 これまで自分に向けられていた視線がすべて杏里に行ってしまい、それが我慢ならないというわけだ。
「そんなこと言われても、私これしか持ってないし…。今までもずっとブルマだったから」
 あらぬ言いがかりをつけられ、杏里はすっかり困惑しているようだ。
「だいたいあんたって何者なの? まさか学校にエンコーしにきたんじゃないでしょうね。スカートもむちゃ短いし、だいたい何なの? そのブラの色?」
 言っている本人のスカート丈もかなり短いのだが、それは棚に上げてというわけなのだろうか。
「いけませんか?」
「いいわけないでしょ、このビッチ!」
 杏里が困ったような顔を私に向けた。
 私は黙って理沙を見た。
 瞬間、理沙の顔に怯えの色が浮かぶのがわかった。
「あんたには何も言ってないでしょ」
 私はただ顔に目をやっただけなのに、あらぬ方へ視線を泳がせて言い訳みたいにそんなことを言った。
「とにかくさ、ひとつ忠告しとくけど、そんなふうにフェロモン撒き散らしてたら、何があっても知らないよ! ここは聖人君子ばかりの学校じゃないんだからね!」
 最後に杏里に向かってそう捨て台詞を吐くと、取り巻き立ちを引き連れて、足音も荒く廊下に出て行った。
「気にすることないよ」
 私は杏里にそう慰めの言葉をかけた。
 が、心の中はその逆だった。
 理沙のひと言が、私の中の邪悪な部分を呼び覚ましたのだ。
 体操着とブルマをはぎとられ、男たちに犯される杏里。
 そのイメージが、ふいに天啓のごとく脳裏に浮かんだのである。
 私は机の中からそっとスマホを取り出し、ハーフパンツのポケットに忍ばせた。
「ね、やっぱりでしょ」
 杏里が肩をすくめてみせた。
「私、どこの学校でもこうなるの」


 


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