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第5章 百合はまだ世界を知らない
#27 杏里と女医の謎⑤
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時刻はすでに深夜零時を回っていた。
陣内摩耶が指定してきたのは、病院の近くにあるファミリーレストランだった。
杏里はひさしぶりに自家用車で家を出た。
愛車のココアである。
11時に駐車場で韮崎と合流して、1時間ほどコーヒーだけで粘っていると、自動ドアが開いてコート姿の背の高い女性が入ってきた。
化粧気のない顔にひっつめ髪。
すらりとした中年の美女だった。
「あの人ですね」
腕時計に目をやり、杏里はつぶやいた。
大学病院で見かけたのはほんのわずかな時間だったが、今店に入ってきた女性に、雰囲気が似ていると思う。
ちらとそれ以外でもどこかで会ったような気がしたけれど、それがいつのことなのかまでは思い出せなかった。
「遅くなりました」
手を上げて合図すると、機敏な身ごなしでやってきて、女性が頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。手術の直後だというのに、お呼びたてしてしまって」
韮崎が中腰になって礼を返す。
普段は傍若無人のこの上司、なぜか熟女には弱いのだ。
「ちょっとお食事も注文させていただいてもよろしいでしょうか? なんせ夕方から何も食べていないもので」
コートを脱ぎ、隣の椅子の背もたれにかけながら、はにかむように微笑んで摩耶が言った。
知的なルックスとその礼儀正しい言動に、杏里はなんとはなしに感動した。
女医というと、もっと威張っていて、とっつきにくいかと想像していたのだ。
「どうぞどうぞ。我々にはお構いなく。お話は、お食事が済んでからでけっこうですので」
別人のように愛想を振りまいて韮崎が答えた。
ついさっきまで、
「なんでこの店、禁煙なんだよ! せめて分煙にしろって! 笹原、おまえちょっと行って、交渉してこい!」
そうわめいていた頑固ジジイとは人が変わったみたいで、杏里はただただ呆れるばかりだ。
運ばれてきた定食を、摩耶が上品な身ごなしで食べ終えるまでに30分ほどかかった。
「すみませんでした」
食器を載せたトレイが運ばれていくと、ナプキンで口元をぬぐい、摩耶が頭を下げた。
「それで、お話というのは? お昼にいらっしゃった若い刑事さんたちにも、色々訊かれましたけど」
居住まいを正し、理知的な黒目がちな瞳で、韮崎と杏里を交互に見る。
「ええ。時間も遅いですから、極力重複する質問は避けるようにします。今回お伺いしたいのは、摩耶さんの専門分野についてなのです」
韮崎に任せると話が長くなると思い、杏里はすかさず横から口を出した。
同じ質問を繰り返して、矛盾点を暴く。
それも確かに重要なことではあるけれど、仮説を補強するためにも、今は真っ先に新しい情報を仕入れたい。
零は、殺人はまだまだ続く、とそう言った。
有り得ないとは思う。
あんな殺害方法、そう何度もできるものではないという気がするからだ。
だが、もしまた起こるとすれば…。
そこにこの女医がどうかかわっているのか。
あるいはまったくかかわっていないのか。
それをまず、はっきりさせないと。
陣内摩耶が指定してきたのは、病院の近くにあるファミリーレストランだった。
杏里はひさしぶりに自家用車で家を出た。
愛車のココアである。
11時に駐車場で韮崎と合流して、1時間ほどコーヒーだけで粘っていると、自動ドアが開いてコート姿の背の高い女性が入ってきた。
化粧気のない顔にひっつめ髪。
すらりとした中年の美女だった。
「あの人ですね」
腕時計に目をやり、杏里はつぶやいた。
大学病院で見かけたのはほんのわずかな時間だったが、今店に入ってきた女性に、雰囲気が似ていると思う。
ちらとそれ以外でもどこかで会ったような気がしたけれど、それがいつのことなのかまでは思い出せなかった。
「遅くなりました」
手を上げて合図すると、機敏な身ごなしでやってきて、女性が頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。手術の直後だというのに、お呼びたてしてしまって」
韮崎が中腰になって礼を返す。
普段は傍若無人のこの上司、なぜか熟女には弱いのだ。
「ちょっとお食事も注文させていただいてもよろしいでしょうか? なんせ夕方から何も食べていないもので」
コートを脱ぎ、隣の椅子の背もたれにかけながら、はにかむように微笑んで摩耶が言った。
知的なルックスとその礼儀正しい言動に、杏里はなんとはなしに感動した。
女医というと、もっと威張っていて、とっつきにくいかと想像していたのだ。
「どうぞどうぞ。我々にはお構いなく。お話は、お食事が済んでからでけっこうですので」
別人のように愛想を振りまいて韮崎が答えた。
ついさっきまで、
「なんでこの店、禁煙なんだよ! せめて分煙にしろって! 笹原、おまえちょっと行って、交渉してこい!」
そうわめいていた頑固ジジイとは人が変わったみたいで、杏里はただただ呆れるばかりだ。
運ばれてきた定食を、摩耶が上品な身ごなしで食べ終えるまでに30分ほどかかった。
「すみませんでした」
食器を載せたトレイが運ばれていくと、ナプキンで口元をぬぐい、摩耶が頭を下げた。
「それで、お話というのは? お昼にいらっしゃった若い刑事さんたちにも、色々訊かれましたけど」
居住まいを正し、理知的な黒目がちな瞳で、韮崎と杏里を交互に見る。
「ええ。時間も遅いですから、極力重複する質問は避けるようにします。今回お伺いしたいのは、摩耶さんの専門分野についてなのです」
韮崎に任せると話が長くなると思い、杏里はすかさず横から口を出した。
同じ質問を繰り返して、矛盾点を暴く。
それも確かに重要なことではあるけれど、仮説を補強するためにも、今は真っ先に新しい情報を仕入れたい。
零は、殺人はまだまだ続く、とそう言った。
有り得ないとは思う。
あんな殺害方法、そう何度もできるものではないという気がするからだ。
だが、もしまた起こるとすれば…。
そこにこの女医がどうかかわっているのか。
あるいはまったくかかわっていないのか。
それをまず、はっきりさせないと。
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