サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第5章 百合はまだ世界を知らない

#21 杏里と教団④

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 相手に機先を制せられて、韮崎が露骨に不機嫌そうな顔になる。
 きょろきょろあたりを見回し始めたのは、灰皿がないか探しているからだろう。
「別にあなたを疑っているわけじゃない。ただ、被害者がこの教団の信者だったので、それで…」
「わかってます。倉田静香さんですね。まったく、惜しい方をなくしましたよ」
 そう言う割には、秀英の口元には相変わらず薄笑いみたいな表情が浮かんでいる。
 それが地顔なのかもしれないが、杏里には少し不愉快だった。
「被害者の部屋には、この教団のシンボルを祀った祭壇と、あなたの書かれた本がありました。なんでも、この教団の教えでは、この世界は悪魔のつくった偽りの世界で、イブに智恵の実を与えた蛇こそが本物の神なのだとか」
 韮崎が、杏里の受け売りをうまくまとめて口にした。
「私には途方もない説に思えるのですが、当然、あなたはそれを信じていらっしゃるのですよね?」
 韮崎がなぜそんな質問をしたのかは、杏里にはわからない。
 あるいは、何か予感のようなものがあったからかもしれない。
 ともあれ、次に起こった秀英の反応は、杏里の度肝を抜くのに十分な衝撃を備えていた。
 いきなり爆笑するなり、ひいひい笑いながら、この二代目教祖は言ってのけたのである。
「まさか! 誰がそんな世迷い事を真に受けるものですか!」
「は?」
 目を見開いて、韮崎が絶句する。
 杏里も同じ思いだった。
 教祖が自分の教団の教義を否定する。
 そんなことがあって、いいものだろうか。
「すみません、私、、うそは言えないタチだもので」
 まだ眼元に笑いじわを残したまま、秀英が言った。
「私、大学も、経営学部出身なので、神話やファンタジーというものには、どうも若い頃から馴染めませんで」
「で、でも…、二代目とはいえ、あなたはここの教祖様なんですよね?」
 仰天のあまり凍りついてしまったらしい韮崎に代わり、杏里はたずねた。
「もちろん、そうです。しかし、教祖だからと言って、教義を信じなければいけないという法はありません。私の役割は、この組織をいかに効率的に運営し、利益を生み出すかということですから」
 あっけらかんとした口調で答える秀英。
 なるほど、そのつもりで見てみると、その表情は宗教家というより企業の経営者といったほうがふさわしい。 
「確かに、この腐った世の中が悪の手によって造られたものだ、という教義は魅力的です。でも、実はそれだって先例がある。教団オリジナルのものではないのです。知っていますか? 中世ヨーロッパのグノーシス主義。キリスト教の異端に脈々と受け継がれていった不思議な思想です」
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