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第5章 百合はまだ世界を知らない
#18 杏里と教団①
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肝心の零が姿を消してしまったので、杏里と韮崎は、仕方なく署に戻った。
2階の刑事部捜査一課のフロアに顔を出すと、珍しく三上がパソコンの前に座り、マウスを操作していた。
奥のソファから高いびきが聞こえてくるのは、高山が寝ているからである。
「どうだ? 何かわかったか?」
三上の横に椅子を引き寄せて座ると、さっそく煙草をくわえて韮崎が訊いた。
「さっぱりですね。ガイシャの交友関係も当たってみましたが、倉田静香は、誰に聞いても評判のいい、気立ての優しい女性だったようです。学生時代は青年海外協力隊にも参加したことがあるって、大学の時の同級生は言ってましたし。まあ、怨恨や痴情の線は薄いかと」
韮崎の煙攻撃にも眉一筋動かさず、淡々と答える三上。
高山より10歳以上年上なのに、精神肉体両面ともにずっとタフである。
三上のこんなところが、杏里は好きだった。
「現場周辺の聞き込みはどうだ? 県警からもかなりの人数が出向いてるはずだろう?」
いらいらと貧乏ゆすりしながら韮崎が言う。
空振りに次ぐ空振り、挙句の果ては零とヤチカに奇説をふっかけられて、機嫌が悪いのだ。
「今のところは何も。まあ、夏場ならまだしも、この季節、深夜にあの公園に行くもの好きもそんなにはいないでしょうから。花見の季節には、まだ早すぎますし」
「くそ、打つ手なしか」
吸いかけの煙草を簡易灰皿に放り出し、韮崎がふんぞり返った。
短い脚をデスクに放り出し、頭の後ろで腕を組み、天井を見上げて目を閉じた。
「あの、私、ひとつ、引っかかることがあるんですけど」
バリスタで淹れたコーヒーをふたりの机に置きながら、おそるおそる、杏里は口をはさんだ。
「ん? なんだ? どうせろくなこっちゃないだろうが、この際何でもいい、言ってみろ」
目をつぶったまま、投げやりな口調で、韮崎が言った。
「えーっと、被害者が入信してた智恵の蛇教団のことなんですけど、教祖が死んで、今は二代目が後を継いでるって話でしたよね? 確か、教祖の娘と結婚したんだとか…。その、娘さんの名前って、わかりませんか?」
自分も熱いコーヒーを一口すすると、杏里は言った。
ただの偶然かもしれない。
でも、もし一致してたら、これはいったい、どういうことになるのだろう?
「ちょっと待って。今調べるから」
三上が流麗な指さばきでキーボードを操作する。
「あった。陣内摩耶。旧姓だと、栗栖摩耶ってことになるね」
「わかりました。ありがとうございます」
杏里は礼を言うと、今度はスマートフォンを手に取った。
ワンタッチでヤチカを呼ぶ。
「あ、ヤチカさん? 今いいですか? 先ほどはどうも。それで、ひとつお聞きしたいんですけど、さっき死体安置室であったあの女医さん、フルネームはなんていうんですか?」
ヤチカの答えを聞くと、杏里は礼を言って、スマホを上着のポケットにしまった。
「一致しました。先ほど、大学病院の死体安置室で遭遇したあの女医さん、名前を陣内摩耶というそうです」
2階の刑事部捜査一課のフロアに顔を出すと、珍しく三上がパソコンの前に座り、マウスを操作していた。
奥のソファから高いびきが聞こえてくるのは、高山が寝ているからである。
「どうだ? 何かわかったか?」
三上の横に椅子を引き寄せて座ると、さっそく煙草をくわえて韮崎が訊いた。
「さっぱりですね。ガイシャの交友関係も当たってみましたが、倉田静香は、誰に聞いても評判のいい、気立ての優しい女性だったようです。学生時代は青年海外協力隊にも参加したことがあるって、大学の時の同級生は言ってましたし。まあ、怨恨や痴情の線は薄いかと」
韮崎の煙攻撃にも眉一筋動かさず、淡々と答える三上。
高山より10歳以上年上なのに、精神肉体両面ともにずっとタフである。
三上のこんなところが、杏里は好きだった。
「現場周辺の聞き込みはどうだ? 県警からもかなりの人数が出向いてるはずだろう?」
いらいらと貧乏ゆすりしながら韮崎が言う。
空振りに次ぐ空振り、挙句の果ては零とヤチカに奇説をふっかけられて、機嫌が悪いのだ。
「今のところは何も。まあ、夏場ならまだしも、この季節、深夜にあの公園に行くもの好きもそんなにはいないでしょうから。花見の季節には、まだ早すぎますし」
「くそ、打つ手なしか」
吸いかけの煙草を簡易灰皿に放り出し、韮崎がふんぞり返った。
短い脚をデスクに放り出し、頭の後ろで腕を組み、天井を見上げて目を閉じた。
「あの、私、ひとつ、引っかかることがあるんですけど」
バリスタで淹れたコーヒーをふたりの机に置きながら、おそるおそる、杏里は口をはさんだ。
「ん? なんだ? どうせろくなこっちゃないだろうが、この際何でもいい、言ってみろ」
目をつぶったまま、投げやりな口調で、韮崎が言った。
「えーっと、被害者が入信してた智恵の蛇教団のことなんですけど、教祖が死んで、今は二代目が後を継いでるって話でしたよね? 確か、教祖の娘と結婚したんだとか…。その、娘さんの名前って、わかりませんか?」
自分も熱いコーヒーを一口すすると、杏里は言った。
ただの偶然かもしれない。
でも、もし一致してたら、これはいったい、どういうことになるのだろう?
「ちょっと待って。今調べるから」
三上が流麗な指さばきでキーボードを操作する。
「あった。陣内摩耶。旧姓だと、栗栖摩耶ってことになるね」
「わかりました。ありがとうございます」
杏里は礼を言うと、今度はスマートフォンを手に取った。
ワンタッチでヤチカを呼ぶ。
「あ、ヤチカさん? 今いいですか? 先ほどはどうも。それで、ひとつお聞きしたいんですけど、さっき死体安置室であったあの女医さん、フルネームはなんていうんですか?」
ヤチカの答えを聞くと、杏里は礼を言って、スマホを上着のポケットにしまった。
「一致しました。先ほど、大学病院の死体安置室で遭遇したあの女医さん、名前を陣内摩耶というそうです」
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