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第5章 百合はまだ世界を知らない
#13 杏里と死体安置室④
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「あ」
杏里は声を上げ、恐る恐る視線を胸元に下ろした。
ほんとだ。
我ながら、絶句してしまう。
白いブラウスの上に、フリルの縁取りのピンクのブラジャーが、しっかりとはまっている。
さっき、仮眠する時、寝苦しいからブラをはずしたのが間違いだった。
しかも、起きた時も寝ぼけまなこだったから、何も考えずに、つい…。
あまりといえば、あまりの事態である。
よりによって、衆人環視の場で、これだとは。
あわてて背中に両手を回し、ブラのホックを外しかけて、杏里は更に恐ろしいことに思い至った。
今これを外すわけにはいかない。
なぜなら、このブラを外したが最後、ノーブラの胸を刑事たちの眼にさらすことになるからだ、
ただでさえ、杏里の胸は大きくて張っている。
薄いブラウスを通して、乳輪とか乳首とか、やばいものがくっきり見えてしまうに決まっている。
仕方ない。
杏里は目を閉じ、呼吸を整えた。
今はこれで押し通すしかないだろう。
上司たちの眼にはふざけているように見えるかもしれないが、ノーブラで余計な挑発をして、被害を大きくするよりはましである。
「被害者は、倉田静香30歳。専業主婦です。死亡推定時刻は…」
何事もなかったように話し始める杏里を、ぽかんと口を開け、まぬけな顔で見つめる男たち。
滑り出しこそぎこちなかったものの、杏里の弁舌が滑らかになると、やがて男たちの眼にも真剣な光が宿った。
説明する内容は大してなかったが、途中、一度だけ質問が飛んできた。
質問したのは、郷田警部の隣に座っている、霧島署長。
署長は死にかけた鶴みたいな痩せた初老の男性で、よく病気で入院する。
だから署内でもめったに見かけることがなく、杏里も顔を合わせるのは久し振りだった。
「そうすると、どういうことになるんだね? 1階の監視カメラには、犯行時刻のかなり前から何日さかのぼっても、怪しい人物は誰も映っていなかったんだろう? しかも、犯行時刻の直後にも、被害者の夫以外、誰も出入りした者がいないときている。では、犯人の侵入経路と逃走経路は、どうなっているのだ? 壁をよじ登って窓から侵入し、また窓から出て行ったとでもいうのかね?」
真白な眉毛を八の字にした霧島署長は、意外にも鋭かった。
「そう、そこなんです」
杏里はわが意を得たりとばかりにうなずいた。
「窓からという線は、まずありえません。家中の窓には内側から鍵がかかっていましたし、当然、細工の跡などありませんでした。それに、寝室から続いている血痕は、犯人が玄関から出て行ったことを物語っています。鑑定の結果、血痕は被害者のものと判っています。ですから、犯人が被害者の内臓を所持したまま、玄関から出て徒歩で隣の公園まで行ったことは、まず間違いないんです」
杏里は声を上げ、恐る恐る視線を胸元に下ろした。
ほんとだ。
我ながら、絶句してしまう。
白いブラウスの上に、フリルの縁取りのピンクのブラジャーが、しっかりとはまっている。
さっき、仮眠する時、寝苦しいからブラをはずしたのが間違いだった。
しかも、起きた時も寝ぼけまなこだったから、何も考えずに、つい…。
あまりといえば、あまりの事態である。
よりによって、衆人環視の場で、これだとは。
あわてて背中に両手を回し、ブラのホックを外しかけて、杏里は更に恐ろしいことに思い至った。
今これを外すわけにはいかない。
なぜなら、このブラを外したが最後、ノーブラの胸を刑事たちの眼にさらすことになるからだ、
ただでさえ、杏里の胸は大きくて張っている。
薄いブラウスを通して、乳輪とか乳首とか、やばいものがくっきり見えてしまうに決まっている。
仕方ない。
杏里は目を閉じ、呼吸を整えた。
今はこれで押し通すしかないだろう。
上司たちの眼にはふざけているように見えるかもしれないが、ノーブラで余計な挑発をして、被害を大きくするよりはましである。
「被害者は、倉田静香30歳。専業主婦です。死亡推定時刻は…」
何事もなかったように話し始める杏里を、ぽかんと口を開け、まぬけな顔で見つめる男たち。
滑り出しこそぎこちなかったものの、杏里の弁舌が滑らかになると、やがて男たちの眼にも真剣な光が宿った。
説明する内容は大してなかったが、途中、一度だけ質問が飛んできた。
質問したのは、郷田警部の隣に座っている、霧島署長。
署長は死にかけた鶴みたいな痩せた初老の男性で、よく病気で入院する。
だから署内でもめったに見かけることがなく、杏里も顔を合わせるのは久し振りだった。
「そうすると、どういうことになるんだね? 1階の監視カメラには、犯行時刻のかなり前から何日さかのぼっても、怪しい人物は誰も映っていなかったんだろう? しかも、犯行時刻の直後にも、被害者の夫以外、誰も出入りした者がいないときている。では、犯人の侵入経路と逃走経路は、どうなっているのだ? 壁をよじ登って窓から侵入し、また窓から出て行ったとでもいうのかね?」
真白な眉毛を八の字にした霧島署長は、意外にも鋭かった。
「そう、そこなんです」
杏里はわが意を得たりとばかりにうなずいた。
「窓からという線は、まずありえません。家中の窓には内側から鍵がかかっていましたし、当然、細工の跡などありませんでした。それに、寝室から続いている血痕は、犯人が玄関から出て行ったことを物語っています。鑑定の結果、血痕は被害者のものと判っています。ですから、犯人が被害者の内臓を所持したまま、玄関から出て徒歩で隣の公園まで行ったことは、まず間違いないんです」
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