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第5章 百合はまだ世界を知らない
#12 杏里と死体安置室③
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みんなが撮ってきた写真をパソコンに取り込んで、サイズを調整しながら資料の必要な個所に貼り、体裁を整え、人数分コピーする。それだけで意外に時間を取られてしまい、すべて終わったのは朝の5時近くだった。
「後はやっとくから、杏里ちゃん、少し寝なよ」
「ありがとうございます」
三上の優しい言葉につい甘んじて、仮眠室のベッドに身体を投げ出すと、すぐに泥のような眠りが杏里を暗闇に引きずり込んだ。
次に目覚めたのは、捜査会議の30分前だった。
「うひゃあ、寝過ぎちゃった。まずい!」
杏里は手探りで鳴り続けるスマホのアラームを止めると、旅行バッグから着替えを取り出した。
本当ならシャワーも浴びたいところだったが、さすがにその時間はなかった。
寒さに身を縮めながら手早く裸になり、下着もブラウスもスカートも、すべて新品を身につけ直す。
スマホケースの鏡片手に手早く化粧を直し、急いで廊下に出た。階段を駆け下り、通路を奥に急ぐ。
突き当りが会議室で、近づくにつれ、中のざわめきが大きくなった。
開いた扉からのぞくと、30人収容できる会議室は、むさくるしい男たちで、すでに3分の2ほど席が埋まっていた。それも半分以上が杏里の知らない顔である。ホワイトボードには、被害者と夫の写真が貼られ、三上の几帳面な字で説明が加えられていた。
「また寝坊かよ」
入り口近くの席の韮崎が苦々しげに言い、そして杏里をひと目見るなり、ぽかんと口を開けた。
「笹原、お、おまえ…」
なぜか目が点になってしまっている。
「早くせんか」
そこに、前のほうの席から、叱責の声が上がった。
やばっ。こ、この声?
思わず首をすくめる杏里。
見ると、案の定、あの郷田警部が、よせばいいのに一番前の席に陣取って、こちらをにらんでいた。
「は、はい。ただいま」
きょうは、杏里が説明係だ。高山刑事と山田巡査長は、人前で話すにはあまりにも口下手である。野崎は礼儀を知らない。だから、こういう状況では、必然的に三上と杏里が交替で前に出ることになる。
「照和署の、笹原です。えと、では、始めさせていただきます」
横から飛び出し、ぺこりと頭を下げ、再び顔を上げた時である。
異様なざわめきが、さざ波のように一気に室内に広がった。
どうしてか、高山がしきりに顔の前で手を振っている。
何かの合図のようだ。
「ちょっと、キミ。笹原君」
コホンと咳払いが聞こえ、小首をかしげて振り向いた杏里に、あの郷田警部が声をかけてきた。
「それは、何の冗談なのかね?」
「え?」
その時になって、杏里は恐ろしい過ちに気づき、耳たぶまで赤くなった。
やだ。
わたしったら…うそ。
どうりで、胸が苦しいと思ったら…。
そんな杏里をいやらしい目つきでねめ回しながら、獲物をいたぶるような口調で郷田が言った。
「それとも、キミはその、ブラジャーをブラウスの上からつける主義なのかな?」
「後はやっとくから、杏里ちゃん、少し寝なよ」
「ありがとうございます」
三上の優しい言葉につい甘んじて、仮眠室のベッドに身体を投げ出すと、すぐに泥のような眠りが杏里を暗闇に引きずり込んだ。
次に目覚めたのは、捜査会議の30分前だった。
「うひゃあ、寝過ぎちゃった。まずい!」
杏里は手探りで鳴り続けるスマホのアラームを止めると、旅行バッグから着替えを取り出した。
本当ならシャワーも浴びたいところだったが、さすがにその時間はなかった。
寒さに身を縮めながら手早く裸になり、下着もブラウスもスカートも、すべて新品を身につけ直す。
スマホケースの鏡片手に手早く化粧を直し、急いで廊下に出た。階段を駆け下り、通路を奥に急ぐ。
突き当りが会議室で、近づくにつれ、中のざわめきが大きくなった。
開いた扉からのぞくと、30人収容できる会議室は、むさくるしい男たちで、すでに3分の2ほど席が埋まっていた。それも半分以上が杏里の知らない顔である。ホワイトボードには、被害者と夫の写真が貼られ、三上の几帳面な字で説明が加えられていた。
「また寝坊かよ」
入り口近くの席の韮崎が苦々しげに言い、そして杏里をひと目見るなり、ぽかんと口を開けた。
「笹原、お、おまえ…」
なぜか目が点になってしまっている。
「早くせんか」
そこに、前のほうの席から、叱責の声が上がった。
やばっ。こ、この声?
思わず首をすくめる杏里。
見ると、案の定、あの郷田警部が、よせばいいのに一番前の席に陣取って、こちらをにらんでいた。
「は、はい。ただいま」
きょうは、杏里が説明係だ。高山刑事と山田巡査長は、人前で話すにはあまりにも口下手である。野崎は礼儀を知らない。だから、こういう状況では、必然的に三上と杏里が交替で前に出ることになる。
「照和署の、笹原です。えと、では、始めさせていただきます」
横から飛び出し、ぺこりと頭を下げ、再び顔を上げた時である。
異様なざわめきが、さざ波のように一気に室内に広がった。
どうしてか、高山がしきりに顔の前で手を振っている。
何かの合図のようだ。
「ちょっと、キミ。笹原君」
コホンと咳払いが聞こえ、小首をかしげて振り向いた杏里に、あの郷田警部が声をかけてきた。
「それは、何の冗談なのかね?」
「え?」
その時になって、杏里は恐ろしい過ちに気づき、耳たぶまで赤くなった。
やだ。
わたしったら…うそ。
どうりで、胸が苦しいと思ったら…。
そんな杏里をいやらしい目つきでねめ回しながら、獲物をいたぶるような口調で郷田が言った。
「それとも、キミはその、ブラジャーをブラウスの上からつける主義なのかな?」
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