サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第5章 百合はまだ世界を知らない

#11 杏里と死体安置室②

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「でも、教祖が死んじゃったら、もうその教団、おしまいなんじゃないですか?」

 キーを打つ手を止めて、杏里は韮崎を見た。

「いや、そうでもない。この記事によると、後はどうやら娘婿が継ぐことになったらしい。陣内秀英ってのがその二代目だよ。でな、秀英に代わってから、教団のイメージの刷新が行われたんだってよ。ほら、ガイシャの旦那が言ってただろ? 智慧の蛇教団は、ただのヨガサロンみたいなもんだって」

「宗教色を薄めて、ライトな会員を増やそうと…?」

「おう、まさにそれだな。ホームページもそんなイメージで、明るく洒落た感じに仕上がってる。こりゃ、どう見ても、猟奇殺人には結びつきそうにないな。どうせ、怨恨だよ。不倫とか、その類いのな」

「不倫の恨みで、内臓持ち去りますかね?」

「知るかそんなの、捕まえてから犯人に訊け」

 パタンとノートパソコンを閉じると、韮崎は机の上に短い脚を乗せた。

「じゃ、みんなが帰ってくるまで、俺は寝る。明日の会議資料、よろしくな」

 すぐに気持ちよさそうないびきが聞こえてきた。

 よろしくな、じゃないよ。んとに、もう。こっちだって、いい加減、眠いのに。

 杏里は頬を膨らませ、また、キーボードに向かった。

 韮崎がメモ用紙に書きなぐったメモは、ものすごい金釘流で読みにくいことこの上ない。

 まるで楔形文字を解読する考古学者にでもなった気分だ。

 それでもワードに移していくと、いかに捜査が進展していないかがわかってきた。

 倉田慎吾の自宅は、昭和区の西のはずれの舞鶴町の一角にある。

 舞鶴町は、花見で全国的にも有名な舞鶴公園を擁しており、慎吾の家はその公園の東側に面していた。

 殺害推定時刻は、昨夜午後9時前後。

 杏里たちが到着したのが11時過ぎ。
 
 今は深夜1時だから、まだ殺されて間もないことになる。

 三上たちの聞き込みによると、不審者の目撃証言もなく、近隣住民で悲鳴などを聞いた者もいないという。

 公園の周囲は一戸建ての住宅が多く、家と家の間が離れているので、隣家の物音など届かないらしいのだ。

 ヤチカからの報告も来ていて、それによると、血痕は隣接する舞鶴公園の中で途切れており、それ以上は警察犬でも臭跡を追えなかったということだった。

 とすると、やっぱりあれは…。

 杏里はまた手を休めて、ボールペンの尻でほっぺをつっついた。

 子犬を入れる籠に見えたけど、あの箱に内臓がぎっしり詰め込まれていたのだろうか。

 それにしては、箱が小さすぎた気がする。

 釣り用の大型のクーラーボックスやランドセルならまだしも、小脇に抱えられる程度のあの大きさの箱に、心臓や胃腸、肝臓などの大きな臓器を一度に収められるだろうか…?




 どれほど時間が経ったのか。

「ふああああ。ねむ」

 A42枚に報告をまとめ終わったその時、階段を駆け上がる複数の靴音がして、班員たちが入ってきた。

「いやあ、寒いのなんのって。あんまり寒いから、コンビニで肉まん買ってきましたよ。もち、山さんの奢りで」

 コンビニの袋を提げているのは、研修生の野崎である。

「うっそー、野崎君、気が利くじゃない!」

 杏里が手を打ってはしゃいだ声を上げると、韮崎がギョロ目を開けて、半身を起こした。

「馬鹿野郎、何が肉まんだ! このくそ忙しい時に! だが、まあいい。それ食ったら、高山と野崎は会議室の掃除。三上は笹原を手伝って、資料を完成させろ。山田巡査長は、悪いが習字を頼む。タイトルは、そうだな。『美人主婦内臓全摘事件』ってのはどうだ?」

「”美人”って、要りますか? ちょっと女性蔑視って気がしますけど」

 杏里の抗議に、韮崎が顔をしかめた。

「ブスも美人もダメなのか? ちぇっ、やりにくい世の中になったもんだな」









 
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