サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第5章 百合はまだ世界を知らない

#8 杏里と魔犬②

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 タクシーを降りると、みぞれ混じりの冷たい風が頬を叩いた。

 杏里の家は、運河に近い。

 だからその分、冬は寒いのだ。

 かじかんだ手でバッグから鍵を取り出し、苦労して鍵穴に差し込んだ。

 手首をひねると、カチッとかすかな音がして、内側にドアが開く。

 案の定、中は真っ暗だった。

 零は暗闇が好きなのだ。
 
 特に冬になると、その傾向が強くなる。

 だが、零がまだ起きていることは、むっとするほどの室温が証明している。

 この暑さからすると、家中の暖房を『強』にしているに違いない。

 靴を脱ぎ、廊下に上がった時である。

 玄関と突き当りの居間の間あたりに、妙なものの気配を感じて、杏里はびくりと身をこわばらせた。

 何か、いる。

 もやもやした、不定形の、大きな煙のかたまりみたいなもの…。

 真っ黒なそれは、明らかに生きているようだった。

 漆黒のもやの中に、金貨のような円盤がふたつ光って、じっと杏里を見据えているようなのだ。

 ウウウ…。

 それが、うなった。

 反射的に、後ろに下がる杏里。

 すぐに、玄関のドアが背中に当たった。

 背筋を悪寒が上下した。

 外道の一味だろうか?

 外道たちに、ついに家をつきとめられた?

 でも、それなら、零は?

 まさか、零までやられてしまったなんて…。

 ほとんどパニックになりかけた時、奥の薄闇から、すらりとした人影が現れた。

 居間の窓から射し込む外からの明かりに、艶やかなストレートヘアの少女の姿が浮かび上がる。

 真白な肌、切れ長の目、人形のように整った顔。

 杏里の同居人、黒野零である。

 零は、あの短い浴衣みたいな戦闘服を身にまとっている。

 冬らしく、黒地に白でおびただしい数の木の葉をあしらったデザインだ。

「零…これ、何なの?」

 震える声で、杏里はたずねた。

「モウだ」

 短く、零が答えた。

「モウ?」

「心配ない。人間は襲わないから」

「な、なんで、うちに、こんなのが…?」

「”里”からあたしを探して出てきたらしい」

「…どういうこと?」

 零の故郷、隠れ里には、杏里も一度行ったことがある。

 異形のお館様の住む、不思議な世界だった。

 でも、そこにこんなもの、いただろうか?

「モウは、いわばあたしのペットみたいなものだ。ちょっと変わった犬だと思えばいい」

 しれっとした口調で、零が言う。

「これで…犬なの?」

 ありえない。

 こんな犬、見たことないし。

「正確には、犬ではない。モウの正体は、饕餮だ」

「とうてつ、って?」

「まあ、一種の妖怪かな」

「妖怪を、うちで、飼えってこと?」

「来てしまったものは、しょうがない」

 零が、外人のように、オーバーアクションでひょいと肩をすくめてみせた。

「さあ、モウ、挨拶は済んだから、さっさと消えろ。用があれば呼ぶから、あたしの部屋で大人しくしてるんだ」

 耳らしきものもないのに、零の命令が聞こえたのか、黒い煙がすうっと伸びて階段を上がっていった。

「あのさ、ペット飼うとか、そういうことは…」

 呆れて杏里が言いかけた時、ぴしゃりと零が言った。

「それより、事件なんだろ? 話してみろよ」 










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