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第5章 百合はまだ世界を知らない
#6 杏里と被害者の夫②
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家の中には誰もいなかったし、帰ってきた時も、周りに怪しい人影などなかった。
そう、慎吾は証言した。
ふだん不愛想な分、韮崎は事情聴収となるとよくしゃべる。
次々に質問を浴びせかけては、ふたりのなれそめが、5年前の取引先同士の親睦会だったこと、この家は、お互いの両親に頭金を出してもらって昨年の春、建てたこと、子どもはほしいが、静香が1年ほど前に手術したばかりなので、もう少し様子をみてからつくるつもりでいたこと、など、雑多な情報をすらすらと聞き出していった。
また、慎吾によると、静香は誰にでも好かれる人当たりのいい明るい女性で、他人に恨まれるようなこともなく、ましてや浮気などしていたはずがない、とのことだった。
杏里が口をはさんだのは、質問することがなくなってきたのか、韮崎のペースが落ちてきた頃である。
「あの、奥様、宗教団体に入っていらっしゃいましたよね? 確か、智慧の蛇教団とかいう名前の」
「ああ、見られたんですね。あれを」
隣りの部屋との境の壁をちらりと見て、慎吾が苦笑した。
「以前、入院した時、病院で知り合った人に勧められたんだ、と言っていました。だから、入信して、もう1年になりますかね。ご神像は少しおっかないですが、ただのヨガサークルみたいなものです。会費もお布施などではなく、毎月1万円の月謝制ですから、別にあくどい商売でもなさそうですし、活動と言っても、月に一度セミナーとやらに出かけて、ヨガを習ってくるだけみたいですから、自由にさせてあったんですが…それが、何か?」
「いえ、ちょっと変わってるな、と思って。慎吾さんも入信されているんですか?」
「いえ、僕は仕事が忙しくて、とてもそんな暇は…。ヨガなんてしてる暇があったら、ぐっすり寝たい口ですからね」
「ですよね…。じゃあ、教団の教義については、何もご存知ないと?」
「うーん、以前、静香に説明されたことがありましたけど、覚えてないなあ。とにかく、あの阿修羅像みたいなご神体、あれは、3つの世界を同時に見てるんだ、とかなんとか…」
「3つの世界?」
どきりとした。
以前、零もそんなことを言っていなかっただろうか。
人道界、外道界、そして、邪道界…。
「ええ。それがなんだったか、今となっては思い出せないんですけど…ああ、よかったら、本がありますから、あれをお持ちください。少しでもお役に立てるのでしたら、何をお持ちいただいてもかまいません」
「ありがとうございます。では、そうさせていただきます」
杏里は頭を下げた。
鑑識課員が顔を出したのは、その時だった。
「そろそろ、ご遺体を大学病院まで運ぼうと思いますが、よろしいでしょうか?」
そう、慎吾は証言した。
ふだん不愛想な分、韮崎は事情聴収となるとよくしゃべる。
次々に質問を浴びせかけては、ふたりのなれそめが、5年前の取引先同士の親睦会だったこと、この家は、お互いの両親に頭金を出してもらって昨年の春、建てたこと、子どもはほしいが、静香が1年ほど前に手術したばかりなので、もう少し様子をみてからつくるつもりでいたこと、など、雑多な情報をすらすらと聞き出していった。
また、慎吾によると、静香は誰にでも好かれる人当たりのいい明るい女性で、他人に恨まれるようなこともなく、ましてや浮気などしていたはずがない、とのことだった。
杏里が口をはさんだのは、質問することがなくなってきたのか、韮崎のペースが落ちてきた頃である。
「あの、奥様、宗教団体に入っていらっしゃいましたよね? 確か、智慧の蛇教団とかいう名前の」
「ああ、見られたんですね。あれを」
隣りの部屋との境の壁をちらりと見て、慎吾が苦笑した。
「以前、入院した時、病院で知り合った人に勧められたんだ、と言っていました。だから、入信して、もう1年になりますかね。ご神像は少しおっかないですが、ただのヨガサークルみたいなものです。会費もお布施などではなく、毎月1万円の月謝制ですから、別にあくどい商売でもなさそうですし、活動と言っても、月に一度セミナーとやらに出かけて、ヨガを習ってくるだけみたいですから、自由にさせてあったんですが…それが、何か?」
「いえ、ちょっと変わってるな、と思って。慎吾さんも入信されているんですか?」
「いえ、僕は仕事が忙しくて、とてもそんな暇は…。ヨガなんてしてる暇があったら、ぐっすり寝たい口ですからね」
「ですよね…。じゃあ、教団の教義については、何もご存知ないと?」
「うーん、以前、静香に説明されたことがありましたけど、覚えてないなあ。とにかく、あの阿修羅像みたいなご神体、あれは、3つの世界を同時に見てるんだ、とかなんとか…」
「3つの世界?」
どきりとした。
以前、零もそんなことを言っていなかっただろうか。
人道界、外道界、そして、邪道界…。
「ええ。それがなんだったか、今となっては思い出せないんですけど…ああ、よかったら、本がありますから、あれをお持ちください。少しでもお役に立てるのでしたら、何をお持ちいただいてもかまいません」
「ありがとうございます。では、そうさせていただきます」
杏里は頭を下げた。
鑑識課員が顔を出したのは、その時だった。
「そろそろ、ご遺体を大学病院まで運ぼうと思いますが、よろしいでしょうか?」
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