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第5章 百合はまだ世界を知らない
#4 杏里と曼荼羅
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隣りの部屋は、全体的に女性っぽい雰囲気に飾り立てられていた。
おそらく死んだ女性、倉田静香の私室なのだろう。
カーテンやカーペットの色、本棚の上のアクセサリ類からして、やわらかな雰囲気なのだ。
ただひとつ異質なのは、奥の壁際に置かれた衣装ケースに乗っているものだった。
山田刑事は”祭壇”と形容したが、まさにその通りである。
両側の2本の蝋燭立ての間、一段高い所に、背丈20センチほどのスリムな仏像が立っている。
よく見ると、腕の数が微妙に多い。
「ニラさん、これ、阿修羅像じゃないですか?」
顔を近づけて、三上が言った。
「ああ。どうもそうらしいな。しかし、阿修羅像だけをご神体にする宗教って、珍しくないか?」
阿修羅像なら、杏里も写真などで何度も見たことがある。
興福寺などにある、三面六臂の奇妙な姿の軍神だ。
が、杏里の注意を引きつけたのは、その仏像ではなかった。
「ニラさん、阿修羅像の後ろの壁、見てください」
「なんだあ? 壁がどうした?」
「曼荼羅図です。でも、よく見ると」
杏里が指さしたのは、壁に貼られたB3サイズほどの大きな布である。
その表面に細かく刺繍されているのは、おびただしい円の中に仏が描かれた曼荼羅だ。
が、問題はその曼荼羅全体を囲む周囲の楕円だった。
蛇なのだ。
尻尾をくわえた巨大な蛇が、ぐるりと曼荼羅を取り巻いている。
「やばいなあ」
韮崎より先に、三上がつぶやいた。
「またウロボロスですか。ひょっとすると、この事件、1ヶ月前のあれの再現なんですかね?」
「なんだって? また地下鉄網を警備せよってか? はっ、そいつはあり得んだろう。あんな怪物、この世に2匹もいるはずないからな」
何の根拠もなく、邪険に韮崎が切り捨てた。
韮崎は、オカルトめいたものやスピリチュアルが大嫌いなのだ。
でも、と杏里は思う。
このウロボロス、ただの偶然とは思えない。
今回の事件も、きっと外道に深い関係があるはずだ。
「智慧の蛇教団か。聞いたことないな」
三上が祭壇の横から1冊のハードカバーを取り上げた。
本の表紙にあるのは、やはり阿修羅像と曼荼羅、そしてウロボロス。
「とりあえず、発見者の旦那に当たってみるか」
祭壇にはもう興味を失ったらしく、あっさりと韮崎が言った。
「旦那は今どこにいる?」
「隣の書斎で待たせてあると、さっき巡査から聞きました。かなりショックを受けているようです」
三上の言葉に、韮崎がうっすらと口角を吊り上げた。
「まあ、それが演技でないことを祈るよ。妻が死体で発見された場合、ざっとその9割が夫の犯行と相場は決まってるようなもんだからな」
おそらく死んだ女性、倉田静香の私室なのだろう。
カーテンやカーペットの色、本棚の上のアクセサリ類からして、やわらかな雰囲気なのだ。
ただひとつ異質なのは、奥の壁際に置かれた衣装ケースに乗っているものだった。
山田刑事は”祭壇”と形容したが、まさにその通りである。
両側の2本の蝋燭立ての間、一段高い所に、背丈20センチほどのスリムな仏像が立っている。
よく見ると、腕の数が微妙に多い。
「ニラさん、これ、阿修羅像じゃないですか?」
顔を近づけて、三上が言った。
「ああ。どうもそうらしいな。しかし、阿修羅像だけをご神体にする宗教って、珍しくないか?」
阿修羅像なら、杏里も写真などで何度も見たことがある。
興福寺などにある、三面六臂の奇妙な姿の軍神だ。
が、杏里の注意を引きつけたのは、その仏像ではなかった。
「ニラさん、阿修羅像の後ろの壁、見てください」
「なんだあ? 壁がどうした?」
「曼荼羅図です。でも、よく見ると」
杏里が指さしたのは、壁に貼られたB3サイズほどの大きな布である。
その表面に細かく刺繍されているのは、おびただしい円の中に仏が描かれた曼荼羅だ。
が、問題はその曼荼羅全体を囲む周囲の楕円だった。
蛇なのだ。
尻尾をくわえた巨大な蛇が、ぐるりと曼荼羅を取り巻いている。
「やばいなあ」
韮崎より先に、三上がつぶやいた。
「またウロボロスですか。ひょっとすると、この事件、1ヶ月前のあれの再現なんですかね?」
「なんだって? また地下鉄網を警備せよってか? はっ、そいつはあり得んだろう。あんな怪物、この世に2匹もいるはずないからな」
何の根拠もなく、邪険に韮崎が切り捨てた。
韮崎は、オカルトめいたものやスピリチュアルが大嫌いなのだ。
でも、と杏里は思う。
このウロボロス、ただの偶然とは思えない。
今回の事件も、きっと外道に深い関係があるはずだ。
「智慧の蛇教団か。聞いたことないな」
三上が祭壇の横から1冊のハードカバーを取り上げた。
本の表紙にあるのは、やはり阿修羅像と曼荼羅、そしてウロボロス。
「とりあえず、発見者の旦那に当たってみるか」
祭壇にはもう興味を失ったらしく、あっさりと韮崎が言った。
「旦那は今どこにいる?」
「隣の書斎で待たせてあると、さっき巡査から聞きました。かなりショックを受けているようです」
三上の言葉に、韮崎がうっすらと口角を吊り上げた。
「まあ、それが演技でないことを祈るよ。妻が死体で発見された場合、ざっとその9割が夫の犯行と相場は決まってるようなもんだからな」
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