サイコパスハンター零

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
91 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない

#4 杏里と曼荼羅

しおりを挟む
 隣りの部屋は、全体的に女性っぽい雰囲気に飾り立てられていた。

 おそらく死んだ女性、倉田静香の私室なのだろう。

 カーテンやカーペットの色、本棚の上のアクセサリ類からして、やわらかな雰囲気なのだ。

 ただひとつ異質なのは、奥の壁際に置かれた衣装ケースに乗っているものだった。

 山田刑事は”祭壇”と形容したが、まさにその通りである。

 両側の2本の蝋燭立ての間、一段高い所に、背丈20センチほどのスリムな仏像が立っている。

 よく見ると、腕の数が微妙に多い。

「ニラさん、これ、阿修羅像じゃないですか?」

 顔を近づけて、三上が言った。

「ああ。どうもそうらしいな。しかし、阿修羅像だけをご神体にする宗教って、珍しくないか?」

 阿修羅像なら、杏里も写真などで何度も見たことがある。

 興福寺などにある、三面六臂の奇妙な姿の軍神だ。

 が、杏里の注意を引きつけたのは、その仏像ではなかった。

「ニラさん、阿修羅像の後ろの壁、見てください」

「なんだあ? 壁がどうした?」

「曼荼羅図です。でも、よく見ると」

 杏里が指さしたのは、壁に貼られたB3サイズほどの大きな布である。

 その表面に細かく刺繍されているのは、おびただしい円の中に仏が描かれた曼荼羅だ。

 が、問題はその曼荼羅全体を囲む周囲の楕円だった。

 蛇なのだ。

 尻尾をくわえた巨大な蛇が、ぐるりと曼荼羅を取り巻いている。

「やばいなあ」

 韮崎より先に、三上がつぶやいた。

「またウロボロスですか。ひょっとすると、この事件、1ヶ月前のあれの再現なんですかね?」

「なんだって? また地下鉄網を警備せよってか? はっ、そいつはあり得んだろう。あんな怪物、この世に2匹もいるはずないからな」

 何の根拠もなく、邪険に韮崎が切り捨てた。

 韮崎は、オカルトめいたものやスピリチュアルが大嫌いなのだ。

 でも、と杏里は思う。

 このウロボロス、ただの偶然とは思えない。

 今回の事件も、きっと外道に深い関係があるはずだ。

「智慧の蛇教団か。聞いたことないな」

 三上が祭壇の横から1冊のハードカバーを取り上げた。

 本の表紙にあるのは、やはり阿修羅像と曼荼羅、そしてウロボロス。

「とりあえず、発見者の旦那に当たってみるか」

 祭壇にはもう興味を失ったらしく、あっさりと韮崎が言った。

「旦那は今どこにいる?」

「隣の書斎で待たせてあると、さっき巡査から聞きました。かなりショックを受けているようです」

 三上の言葉に、韮崎がうっすらと口角を吊り上げた。

「まあ、それが演技でないことを祈るよ。妻が死体で発見された場合、ざっとその9割が夫の犯行と相場は決まってるようなもんだからな」


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

無能な陰陽師

もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。 スマホ名前登録『鬼』の上司とともに 次々と起こる事件を解決していく物語 ※とてもグロテスク表現入れております お食事中や苦手な方はご遠慮ください こちらの作品は、 実在する名前と人物とは 一切関係ありません すべてフィクションとなっております。 ※R指定※ 表紙イラスト:名無死 様

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

処理中です...