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第5章 百合はまだ世界を知らない
#3 杏里と失われたもの
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「むちゃ言わないでくださいよ。そんなの、わかるわけないじゃありませんか」
杏里が顔の前で手を振った、その時である。
寝室の入口に、すらりとした影が差した。
振り返ると、ヤチカが立っていた。
「どう? 感想は」
壁に身をあずけるようにして、死体のほうを顎で示してみせた。
「どうもこうもねえよ。仏さんの内臓はどこ行ったんだよ。今度は子宮や赤ん坊どころじゃなさそうだぞ。全部ないってのは、どういうことなんだ?」
子宮、赤ん坊というのは、以前起こった事件を念頭に置いての台詞だろう。
「そうだよね。ヘラで削り取ってったみたいに、きれいになくなってるんだよね」
ヤチカが肩をすぼめた。
「優秀な外科医でも、こう綺麗にはいかないだろうってくらいに」
「感心してる場合かよ」
むっとする韮崎。
こらえきらなくなって、杏里は口を開いた。
「やっぱりあの、今回も、外道でしょうか? 犯人は?」
杏里がそうたずねたのも無理はない。
昨年の春以降、立て続けに起きた猟奇事件は、ほとんどあの人外たちの仕業だったのだ。
「仮にそうだとしても、捜査はちゃんとしてもらわなくちゃね。でないと、同様の事件がまた続くよ」
腕組みをして、ヤチカが答えた。
「なこと、わかってるさ。ま、杏里ンとこのあの姉ちゃんにも、また手伝ってもらうことになるかもしれねえが」
「いいの? 民間人の助けなんか当てにして」
鼻で笑うヤチカを、韮崎がどんぐりまなこで睨みつける。
「しょうがねえだろ? 警察にはバケモンに詳しいやつ、誰ひとりとしていやしねえんだから」
「零には私から話しておきます」
杏里はうなずいた。
韮崎が零を頼ってくれるのは、意外でもあり、うれしくもある。
たとえ非公式であろうとも、韮崎のお墨付きをもらえば、彼女もずいぶんと行動しやすくなるだろうからだ。
「それより、ひとつ気になることがあるんですけど…」
ふと思い出して、杏里は先ほどの公園での一件を、韮崎に話して聞かせた。
「馬鹿野郎、なんでそれを先に言わねえんだよ」
案の定、真っ先に雷が落ちてきた。
「そいつが犯人だったら、どうするんだ? 箱を持ってたなら、そん中に内臓が入ってた可能性もある。この前のランドセルみたいにな」
「いえ、そこまでは大きくありませんでした。プードルみたいな小型犬を運ぶ時に使う、藤製の小箱だったと思います」
「まあいい。とにかく手配だ。おい、山田、野崎、こっちに来い」
隣室を調べていたふたり組を、韮崎が大声で呼び戻す。
「あのう、班長、こっちに変なものがあるんですけど」
呼ばれて入ってきた野崎が、長い前髪をかき上げながら、言った。
「なんだ? 変なものって?」
「それが…仏像っていうか、キリスト像っていうか、とにかく、そんなようなもんでして」
「祭壇ですね」
野崎の後ろから顔をのぞかせた山田刑事が、落ちついた口調で後を引き継いだ。
「隣の部屋の様子からして、ガイシャは、何か新興宗教にでもはまってたのではないかと思われます」
杏里が顔の前で手を振った、その時である。
寝室の入口に、すらりとした影が差した。
振り返ると、ヤチカが立っていた。
「どう? 感想は」
壁に身をあずけるようにして、死体のほうを顎で示してみせた。
「どうもこうもねえよ。仏さんの内臓はどこ行ったんだよ。今度は子宮や赤ん坊どころじゃなさそうだぞ。全部ないってのは、どういうことなんだ?」
子宮、赤ん坊というのは、以前起こった事件を念頭に置いての台詞だろう。
「そうだよね。ヘラで削り取ってったみたいに、きれいになくなってるんだよね」
ヤチカが肩をすぼめた。
「優秀な外科医でも、こう綺麗にはいかないだろうってくらいに」
「感心してる場合かよ」
むっとする韮崎。
こらえきらなくなって、杏里は口を開いた。
「やっぱりあの、今回も、外道でしょうか? 犯人は?」
杏里がそうたずねたのも無理はない。
昨年の春以降、立て続けに起きた猟奇事件は、ほとんどあの人外たちの仕業だったのだ。
「仮にそうだとしても、捜査はちゃんとしてもらわなくちゃね。でないと、同様の事件がまた続くよ」
腕組みをして、ヤチカが答えた。
「なこと、わかってるさ。ま、杏里ンとこのあの姉ちゃんにも、また手伝ってもらうことになるかもしれねえが」
「いいの? 民間人の助けなんか当てにして」
鼻で笑うヤチカを、韮崎がどんぐりまなこで睨みつける。
「しょうがねえだろ? 警察にはバケモンに詳しいやつ、誰ひとりとしていやしねえんだから」
「零には私から話しておきます」
杏里はうなずいた。
韮崎が零を頼ってくれるのは、意外でもあり、うれしくもある。
たとえ非公式であろうとも、韮崎のお墨付きをもらえば、彼女もずいぶんと行動しやすくなるだろうからだ。
「それより、ひとつ気になることがあるんですけど…」
ふと思い出して、杏里は先ほどの公園での一件を、韮崎に話して聞かせた。
「馬鹿野郎、なんでそれを先に言わねえんだよ」
案の定、真っ先に雷が落ちてきた。
「そいつが犯人だったら、どうするんだ? 箱を持ってたなら、そん中に内臓が入ってた可能性もある。この前のランドセルみたいにな」
「いえ、そこまでは大きくありませんでした。プードルみたいな小型犬を運ぶ時に使う、藤製の小箱だったと思います」
「まあいい。とにかく手配だ。おい、山田、野崎、こっちに来い」
隣室を調べていたふたり組を、韮崎が大声で呼び戻す。
「あのう、班長、こっちに変なものがあるんですけど」
呼ばれて入ってきた野崎が、長い前髪をかき上げながら、言った。
「なんだ? 変なものって?」
「それが…仏像っていうか、キリスト像っていうか、とにかく、そんなようなもんでして」
「祭壇ですね」
野崎の後ろから顔をのぞかせた山田刑事が、落ちついた口調で後を引き継いだ。
「隣の部屋の様子からして、ガイシャは、何か新興宗教にでもはまってたのではないかと思われます」
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