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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#26 杏里、潜入する
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杏里愛用の拳銃は、ベレッタ・ナノである。
携帯性を重視した女性用の拳銃で、照和署には一丁しか支給されていない。
弾は6発しか装填できないが、ハンドバッグに入れて持ち運べるのが、他の何よりも嬉しい。
S&Wなどの大型の拳銃は、かさばりすぎて、杏里には不向きなのだ。
構えた時、Gカップの胸にグリップがつかえてしまうのである。
発達し過ぎた胸に関する悩みは他にもあるが、今はそれどころではない。
すぐ抜けるようにベレッタをヒップホルスターに収め、その上からコートを羽織る。
黒いタートルネックのセーターに膝の部分が開いたダメージジーンズという、私服姿である。
勤務中はポニーテールにしている髪を肩に流しているため、いつもとかなりイメージが違って見えるはずだった。
これなら、張り込み中の刑事や警官たちにも気づかれずに済むだろう。
照和署に最も近い川奈駅から地下鉄に乗り、八事駅で環状線に乗り換える。
零にはついさっきスマホで連絡を入れ、車庫への引き込み線のある矢田駅で待ち合わせをすることにしてあった。
満員に近い電車の中、吊革につかまって揺られながら、考える。
地龍って、どんな生きものなのだろう。
龍というからには、相当大きいに違いない。
被害者たちの死体の状況から見て、肉食でかなり獰猛な性質であることは疑いの余地がない。
果たして私と零のふたりだけで退治できるだろうか。
これが満月の時で、零の体調がMAXであればそんな心配も要らないのだが、如何せん今日明日は新月なのだ。
零ときたら、杏里特製のミルクでなんとか意識を保っているような有様なのである。
状況によっては、韮崎の言うように余計な手出しはせず、素直に応援を呼ぶほうが得策なのかもしれなかった。
矢田駅でいったん地下鉄を降りると、配置が完了したのだろう、人ごみの中に私服刑事らしい男たちの姿が目についた。
顔を見られないようにうつむいて、小走りに駅員詰所に急ぐ。
ガラス窓をノックして用件を告げると、
「あ、ご苦労様です。先ほどお電話いただいた照和署の刑事さんですね。いや、しかし、本当に刑事さんですかあ? 全然そんなふうには見えないなあ」
眼鏡の奥で丸い眼をパチクリさせて、若い駅員が言った。
そう言われるのは慣れているから、
「これでいいですか?」
警察手帳を顔の横に並べて見せた。
「あ、い、いや、失礼いたしました。あ、あと5分で車庫行きの列車が参りますので、今しばらくベンチにでもかけてお待ちください。あ、車庫のほうには私のほうから連絡を入れておきますのでどうぞご心配なく」
泡を食ってうろたえる童顔の駅員にお礼を言って、忍び足でホームに戻る。
柱の陰から周囲を観察してみたが、零の姿はない。
キョロキョロしているうちに、列車がホームに滑り込んできた。
-この列車はこの矢田駅が終点になります。大曽根方面へおいでの方は、そのままホームで次の列車をお待ちください。
高山や野崎が言っていた通りのアナウンスだ。
降りてくる人々に紛れて、杏里は急いで列車の中に滑り込んだ。
回送列車に乗るところを張り込み中の刑事たちに観られでもしたら、説明が面倒だ。
ホームから死角になる位置に座り、こっそり周りを見回してみる。
当然ながら、車両の中には誰もいない。
困ったな。
杏里は唇を噛んだ。
零、どうしちゃったんだろう?
また体調が悪くなったのだろうか?
そういえば、さっきの電話の声もなんだか辛そうだった。
あれからベッドにもぐりこんで、二度寝してしまったのではなかろうか?
思いを巡らせているうちに、ホーンが鳴って、ガタンと列車が動き出した。
んもう、しょうがないなあ。
杏里はシートにもたれ、天井を仰いだ。
こうなったら、私ひとりで乗り込むとするか…。
列車がトンネルに入り、ホームが見えなくなる。
心細さが募ってきた。
と、車両と車両の間の扉が開いて、零が姿を現した。
しなやかな長い髪。
透き通るような白い肌。
真紅の丈の短い着物から、すらりと伸びた長い手足。
その全体像は、まるで人形が生を吹きこまれたかのように、美しい。
真ん中だけ赤い瞳が、杏里を見た。
「待ったか?」
うっすらと微笑んで、零が言った。
ごとんと音がして、列車が振動する。
分岐点のポイントが切り替わった音だった。
携帯性を重視した女性用の拳銃で、照和署には一丁しか支給されていない。
弾は6発しか装填できないが、ハンドバッグに入れて持ち運べるのが、他の何よりも嬉しい。
S&Wなどの大型の拳銃は、かさばりすぎて、杏里には不向きなのだ。
構えた時、Gカップの胸にグリップがつかえてしまうのである。
発達し過ぎた胸に関する悩みは他にもあるが、今はそれどころではない。
すぐ抜けるようにベレッタをヒップホルスターに収め、その上からコートを羽織る。
黒いタートルネックのセーターに膝の部分が開いたダメージジーンズという、私服姿である。
勤務中はポニーテールにしている髪を肩に流しているため、いつもとかなりイメージが違って見えるはずだった。
これなら、張り込み中の刑事や警官たちにも気づかれずに済むだろう。
照和署に最も近い川奈駅から地下鉄に乗り、八事駅で環状線に乗り換える。
零にはついさっきスマホで連絡を入れ、車庫への引き込み線のある矢田駅で待ち合わせをすることにしてあった。
満員に近い電車の中、吊革につかまって揺られながら、考える。
地龍って、どんな生きものなのだろう。
龍というからには、相当大きいに違いない。
被害者たちの死体の状況から見て、肉食でかなり獰猛な性質であることは疑いの余地がない。
果たして私と零のふたりだけで退治できるだろうか。
これが満月の時で、零の体調がMAXであればそんな心配も要らないのだが、如何せん今日明日は新月なのだ。
零ときたら、杏里特製のミルクでなんとか意識を保っているような有様なのである。
状況によっては、韮崎の言うように余計な手出しはせず、素直に応援を呼ぶほうが得策なのかもしれなかった。
矢田駅でいったん地下鉄を降りると、配置が完了したのだろう、人ごみの中に私服刑事らしい男たちの姿が目についた。
顔を見られないようにうつむいて、小走りに駅員詰所に急ぐ。
ガラス窓をノックして用件を告げると、
「あ、ご苦労様です。先ほどお電話いただいた照和署の刑事さんですね。いや、しかし、本当に刑事さんですかあ? 全然そんなふうには見えないなあ」
眼鏡の奥で丸い眼をパチクリさせて、若い駅員が言った。
そう言われるのは慣れているから、
「これでいいですか?」
警察手帳を顔の横に並べて見せた。
「あ、い、いや、失礼いたしました。あ、あと5分で車庫行きの列車が参りますので、今しばらくベンチにでもかけてお待ちください。あ、車庫のほうには私のほうから連絡を入れておきますのでどうぞご心配なく」
泡を食ってうろたえる童顔の駅員にお礼を言って、忍び足でホームに戻る。
柱の陰から周囲を観察してみたが、零の姿はない。
キョロキョロしているうちに、列車がホームに滑り込んできた。
-この列車はこの矢田駅が終点になります。大曽根方面へおいでの方は、そのままホームで次の列車をお待ちください。
高山や野崎が言っていた通りのアナウンスだ。
降りてくる人々に紛れて、杏里は急いで列車の中に滑り込んだ。
回送列車に乗るところを張り込み中の刑事たちに観られでもしたら、説明が面倒だ。
ホームから死角になる位置に座り、こっそり周りを見回してみる。
当然ながら、車両の中には誰もいない。
困ったな。
杏里は唇を噛んだ。
零、どうしちゃったんだろう?
また体調が悪くなったのだろうか?
そういえば、さっきの電話の声もなんだか辛そうだった。
あれからベッドにもぐりこんで、二度寝してしまったのではなかろうか?
思いを巡らせているうちに、ホーンが鳴って、ガタンと列車が動き出した。
んもう、しょうがないなあ。
杏里はシートにもたれ、天井を仰いだ。
こうなったら、私ひとりで乗り込むとするか…。
列車がトンネルに入り、ホームが見えなくなる。
心細さが募ってきた。
と、車両と車両の間の扉が開いて、零が姿を現した。
しなやかな長い髪。
透き通るような白い肌。
真紅の丈の短い着物から、すらりと伸びた長い手足。
その全体像は、まるで人形が生を吹きこまれたかのように、美しい。
真ん中だけ赤い瞳が、杏里を見た。
「待ったか?」
うっすらと微笑んで、零が言った。
ごとんと音がして、列車が振動する。
分岐点のポイントが切り替わった音だった。
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