サイコパスハンター零

第4章 百合と外道と疾走するウロボロス

#25 杏里、志願する

　照和署の管轄内だけでも地下鉄の駅は6つある。

　事件が起きたばかりの八事日赤駅を除く5つの駅に、照和署の5人と県警本部の刑事5人がペアになり、それぞれ警備にあたることに決まった。

　女だから危険という理由で、杏里は電話番に回された。

　いつもならその差別待遇に腹を立てるところだったが、今日はあえて異議を唱えなかった。

　自由になる時間が欲しかったからである。

　韮崎たち5人はいったん署に戻り、本部から派遣される刑事たちの到着を待っていた。

　本部では、刑事たちの割り振りに少しばかり時間がかかりそうだったからである。

「今度は何が閃いたんだ？　暇つぶしに聞いてやるから言ってみろ」

　自分の席に落ちつくと、韮崎がそう声をかけてきた。

「犯人の居場所です」

　杏里は、会議の席上でしゃべっている途中、ふと思いついた疑問点を話すことにした。

「犯人が地下鉄構内から外に出ていないことは、まず間違いないと思います。でも、私、思ったんです。この那古野市の地下鉄って、間隔が短いんですよね。特に通勤や退社の時間帯になると、3分から5分間隔で次々に列車がやってくるんです。それもまったく遅れることなく。てことは、トンネルの中は、常時ひっきりなしに列車が走っていることになりますよね。まるで交通量の多い幹線道路みたいに。そんなところをですよ、体長7メートルもある巨大生物が、列車にぶつかることなく、呑気にノコノコ歩いていられるでしょうか」

「なるほど」

　三上が手を打った。

「いいところに目をつけたね。さすが杏里ちゃんだ。ということは、地下鉄のトンネル内には、どこか怪物の隠れる場所があるんじゃないかと、そういうことなんだよね」

「ええ、その通りです」

　杏里はにっこり笑ってみせた。

「廃駅のホームでもあれば、そこに身を潜めていられるんじゃないか。ふと、そう思ったんです」

「うーん、だけどね。東京と違って、路線が単純で少ないせいか、この那古野市には廃駅になった地下鉄の駅はないんだよ。でも、そうだなあ、その代わりになりそうなものかあ…。あ、ちょっと待てよ」

　高山がパソコンに向かってキーボードを叩き出した。

「あった！　これだ」

　すぐに何かを見つけたらしく、ノートパソコンをくるりと回すと、その画面を杏里たちのほうに向けてきた。

「何ですか？　ここ？」

　画面を覗き込んで杏里はたずねた。

　画面に映っているのは、ずらりと並んだ列車の鼻面である。

　銀色のもあれば、赤いのも、黄色いのもある。

「車庫だよ。地下鉄の車庫。これは大幸車庫といって、市内で初めて建設された地下式の車庫なんだ。たまにさ、まだ先に駅があるのに、『この列車は終点です。ホームでそのままお待ちになって、次の列車にお乗り換えください』とか、変なアナウンスが流れることがあるでしょ？　あれは、メンテナンスのために、この列車はこの先、切り替えポイントから車庫に入りますよ、って合図なのさ」

「ああ、そういえば、そんなことありましたよ。確か大曽根駅か砂田橋駅らへんだったかな。まだ終点じゃないのに、おかしなこと言うなあ、と思った覚えが」

　乗ってきたのは、雑談だと元気になる野崎刑事である。

「ちょっとウィキの解説も見てみようか。なになに、2000年に、環状線大曽根駅 - 砂田橋駅間に新設された、市営地下鉄における最初の地下式車庫…？。ふむふむ、それから？
　車庫は地下2階建てになっており、中心部は直径570mで、敷地の一部がドーム球場の地下に位置している。地下式の車庫としては日本国内でも有数の大きさである。車庫への引き込み線は、ドーム前矢田駅の左回りホームの砂田橋駅側から分岐し、車庫の地下2階と接続する。地下1階へは車庫内の引き込み線でつながっている。
　車両186両（6両編成31本相当）の留置が可能で主に車両留置を担っているが、検査設備や洗車設備も備えており、環状線の車両の列車検査も担当する。

　へーえ、ドーム球場の地下が地下鉄の車庫になってるだなんて、知らなかったなあ」

「直径570メートルの円形車庫か。だとすれば、相当の広さだな」

　つぶやく三上。

「ここですよ。ここ」

　杏里は目を輝かせた。

　事件が最初に起きた一社駅。そこから反時計回りにさかのぼると、矢田駅に出る。高山の読み上げた解説では、そこにも車庫への分岐点があることになる。

　地龍はやはり、この地下式車庫に潜んでいたのだ。

「ニラさん、ここ、私に調べさせてください」

　画面から振り向くと、画面を指さして、杏里は言った。

「皆さんは持ち場が決まってるんで、自由に動けませんよね。署内でフリーなのは、私だけですから」

「言うと思った」

　韮崎が、苦虫を噛み潰したような顔で杏里を見た。

「どうせ初めから別行動を取るつもりだったんだろう？　あの娘とふたりでな。お願いとは、そのことだったのか」

「はい！」

「はい、じゃねえよ」

「ですから、銃の携帯許可を」

「そんなこと、俺が認めると思うか？」

「この犯人を捕まえられるのは、零だけです」

　杏里は言い張った。

「それはニラさんも、おわかりのはず」

「おわかりもなにも、あいつは民間人だぞ」

「でも、ハンターです。怪物退治は、ハンターの仕事ですよね？」

「目には目を、というやつか」

「はい。その通りです。零の百目の威力は、皆さんも経験済みでしょう？」

「零って、まさかあの時の…」

　山田巡査長が言いかけた時である。

「遅くなりました！」

　ドアが開いて、本部の刑事たちがなだれ込んできた。

「しょうがねえな」

　韮崎が杏里を手招きする。

「拳銃、出してやる。持ったら、とっとと行ってこい。ただし、深入りするんじゃねえぞ。ホシを見つけたら、まず俺に連絡しろ。俺たちが着くまで、余計な手出しをするんじゃねえ。それが条件だ。いいか、わかったな」

「了解です」

　杏里は敬礼した。

　なんだかんだとイチャモンをつけるものの、最後にはわかってくれる。

　杏里は、この口うるさい定年間際の上司のことを、ほんのちょっぴり好きになり始めていた。