80 / 157
第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#24 杏里、憤慨する
しおりを挟む
12月30日の合同捜査会議は、しょっぱなから難航した。
検視の結果、被害者は3人とも、大型動物に食い殺された可能性が高い、とヤチカが発表したからである。
「歯形が見つかったんです。おそらく、体長7メートルのイリエワニ級の爬虫類。無駄な聞き込みより、動物園やペットショップを洗ったほうがよさそうですね」
そこに杏里が挙手をして、例の提案をぶつけたのだった。
「その生き物は今も地下鉄のトンネル内に潜んでいるに違いありません。ですから、今すぐ地下鉄を全線運休にして、機動隊や自衛隊にトンネルの捜索をしてもらうべきだと思います。そうでもしないことには、いずれ次の被害者が出てしまいます」
「馬鹿な」
一笑に付したのは、警視総監である。
「仮に今から準備したとしても、実行は明日になるだろう。明日が何の日か、君は知ってるのか? 大晦日だぞ。大晦日と言えば、熱田神宮の初詣じゃないか。初網客用に、1年に1度、地下鉄全線が24時間稼働する大切な一日なんだ。運休なんてとんでもない。市民からの苦情で警察と交通局の電話回線がパンクしてしまう」
「まったくです。しかも、この那古野市の地下鉄網は、自慢じゃないが東京に次いで長いのです。たとえ自衛隊を投入したところで、おいそれとその生き物とやらが見つかるとは思えません」
隣の本部長が、いかにも太鼓持ち候といった調子で相槌を打つ。
「人手の多い大晦日だからこそ、危険を避けるべきなんじゃありませんか? たとえすぐに発見できなくとも、地下鉄を使えなくしてしまえば、被害者は出ないはずだと思うんですけど」
「相手が動物とわかっているのなら、すべての駅のホームに武装した警官を配備すればそれで済むんじゃないかね? なにも自衛隊の手など借りなくとも、武装警官がふたりペアでホームを警護すれば十分だと思うんだが」
「さすが警視総監。名案です。ヒグマでも、銃弾を十数発撃ち込めば倒せると新聞で読みました。ワニもおそらくそんなものでしょう」
「だろうな、よし、その手で行くか。じゃ、後の手配は、本部長から各署に指令を頼む。あ、お嬢さん、君はもう下がっていいから」
下がってって言われても…。
百近い刑事の視線の中、杏里は立ち尽くした。
山田巡査長の言う通りになってしまった。
それにしても、なんというご都合主義。
武装警官を、ペアで各駅に配置する?
たったそれだけ?
相手は、ワニなんかじゃないかもしれないのに。
いえ、はっきり、地龍だとわかってるのに!
「よくやった」
席に戻ると、韮崎が小声で言った。
「俺もおまえが正しいと思う。今のやり取り見てて、つくづくそう感じたよ」
「ニラさん」
机の上に視線を落したまま、杏里はつぶやいた。
「私、またひとつ閃いちゃいました」
「ん? 今度は何だ?」
「署に戻ったら、お話しします。それから、ひとつお願いがあります。とっても大事なお願いが」
はらわたが煮えくり返る思いだった。
組織なんて信用できない。
大きくなればなるほど、そうだ。
どうしてこんな結論になるのか。
いったいそれで誰が得をするというのか。
まったくもう。
ほんと、誰得ってやつだよね?
怒りに燃える杏里の視線の先に、笑みを浮かべて談笑する幹部連中の姿があった。
検視の結果、被害者は3人とも、大型動物に食い殺された可能性が高い、とヤチカが発表したからである。
「歯形が見つかったんです。おそらく、体長7メートルのイリエワニ級の爬虫類。無駄な聞き込みより、動物園やペットショップを洗ったほうがよさそうですね」
そこに杏里が挙手をして、例の提案をぶつけたのだった。
「その生き物は今も地下鉄のトンネル内に潜んでいるに違いありません。ですから、今すぐ地下鉄を全線運休にして、機動隊や自衛隊にトンネルの捜索をしてもらうべきだと思います。そうでもしないことには、いずれ次の被害者が出てしまいます」
「馬鹿な」
一笑に付したのは、警視総監である。
「仮に今から準備したとしても、実行は明日になるだろう。明日が何の日か、君は知ってるのか? 大晦日だぞ。大晦日と言えば、熱田神宮の初詣じゃないか。初網客用に、1年に1度、地下鉄全線が24時間稼働する大切な一日なんだ。運休なんてとんでもない。市民からの苦情で警察と交通局の電話回線がパンクしてしまう」
「まったくです。しかも、この那古野市の地下鉄網は、自慢じゃないが東京に次いで長いのです。たとえ自衛隊を投入したところで、おいそれとその生き物とやらが見つかるとは思えません」
隣の本部長が、いかにも太鼓持ち候といった調子で相槌を打つ。
「人手の多い大晦日だからこそ、危険を避けるべきなんじゃありませんか? たとえすぐに発見できなくとも、地下鉄を使えなくしてしまえば、被害者は出ないはずだと思うんですけど」
「相手が動物とわかっているのなら、すべての駅のホームに武装した警官を配備すればそれで済むんじゃないかね? なにも自衛隊の手など借りなくとも、武装警官がふたりペアでホームを警護すれば十分だと思うんだが」
「さすが警視総監。名案です。ヒグマでも、銃弾を十数発撃ち込めば倒せると新聞で読みました。ワニもおそらくそんなものでしょう」
「だろうな、よし、その手で行くか。じゃ、後の手配は、本部長から各署に指令を頼む。あ、お嬢さん、君はもう下がっていいから」
下がってって言われても…。
百近い刑事の視線の中、杏里は立ち尽くした。
山田巡査長の言う通りになってしまった。
それにしても、なんというご都合主義。
武装警官を、ペアで各駅に配置する?
たったそれだけ?
相手は、ワニなんかじゃないかもしれないのに。
いえ、はっきり、地龍だとわかってるのに!
「よくやった」
席に戻ると、韮崎が小声で言った。
「俺もおまえが正しいと思う。今のやり取り見てて、つくづくそう感じたよ」
「ニラさん」
机の上に視線を落したまま、杏里はつぶやいた。
「私、またひとつ閃いちゃいました」
「ん? 今度は何だ?」
「署に戻ったら、お話しします。それから、ひとつお願いがあります。とっても大事なお願いが」
はらわたが煮えくり返る思いだった。
組織なんて信用できない。
大きくなればなるほど、そうだ。
どうしてこんな結論になるのか。
いったいそれで誰が得をするというのか。
まったくもう。
ほんと、誰得ってやつだよね?
怒りに燃える杏里の視線の先に、笑みを浮かべて談笑する幹部連中の姿があった。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる