サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス

#22 杏里、提案する

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 照和署に戻ると、署内は異様に張り詰めた雰囲気に包まれていた。

 二課も三課も、はては交通安全課のメンバーまでもが、息をひそめて杏里たち韮崎班の動向を窺っている。

 まさにそんな感じなのだ。

 地下鉄連続殺人事件の報が、各部署にも入っている証拠だった。

「明日午前9時から本部で、名東署、千種署、それからうちとの合同捜査本部が立つことに決まったそうだ。だからまず、今後の方針を決めておく。聞き込みはそれからだ」
 
 韮崎が言い、会議が始まった。

 ホワイトボードに書かれた情報によると、死亡した3人の状況はざっとこんなふうだった。

・照和区 八事日赤駅 被害者 40~50代の男性 死亡推定時刻 29日2時前後

・千種区 本山駅 被害者 ホームレスの男性 死亡推定時刻 29日 1時~2時

・名東区 一社駅 被害者 駅員 田辺守 46歳 死亡推定時刻 29日 1時過ぎ

 一目見てわかるのは、死亡推定時刻が驚くほど接近していることである。

 真冬だから誤差は考えにくく、発見が早いことからしても、被害者たちが殺されたのは、ほぼこの時刻で間違いないだろう。

 とすれば、これはどういうことなのか。

 同時多発殺人なのだろうか。

 いや、違う。

 そうか。

 これは…。

 杏里が考え込んでいると、

「問題は、犯人の動きですね」

 まず、三上が口火を切った。

 メンバーは6人とも自分の席に着き、野崎の淹れたバリスタのコーヒーを飲んでいた。

「地下鉄の昇降口は、深夜1時にはシャッターが下りて出入りできなくなります。じゃあ、犯人はいったい、いつ、どこからホームに侵入したのか。ヤチカ女史の指摘するように、犯人がワニのような大型生物だとすると、1時前、つまりまだ地下鉄の運行中の時間帯というのは、まず考えられません。そんな怪物がのこのこホームに降りてきたら、当然、大騒ぎになりますからね」

「まだ大型生物の犯行と決まったわけじゃない。それに、ひょっとしたら、排水溝や下水溝から地下鉄構内に入ることが可能かもしれないだろう。人間の犯行という線も十分にあるさ」

 離縁した元妻の部下だったヤチカに対抗心を燃やしてか、韮崎が異論を唱えた。

「でも、そうすると、わからないのは死体の残りの部分がどこへ行ったかということです。人間の犯行だとすると、犯人は切断したガイシャの上半身を担いだまま、地下鉄のトンネルの中をさまよって、下水溝だか排水溝だかから地上に出たことになります。どうしてそんな苦労をする必要があったのでしょう。まだ大型生物に食べられたと考えた方が、筋が通る気がしますが」

「犯人はサイコパスなんだ。だから動機や理由なんてねえんだよ。きっとな」

「あのう」

 たまらなくなって、杏里は手を挙げた。

 挙手をするのは、発言に際しての杏里の癖である。

「死亡推定時刻の微妙なずれから考えて、犯人は、一社駅からスタートして、本山駅、八事日赤駅と、時計回りに地下鉄構内を移動したんだと思います。ついでに言えば、この3つの駅も、前回の妊婦殺害事件の時と同様、地下鉄環状線の路線上にありますから」

「ああん? 死亡推定時刻? まあ、言われてみればその通りだが、で、何が言いたいんだ?」

 韮崎が煙草を吹かしながら、いらついた口調で訊いてくる。

「これが同一犯の犯行だとすると、最終的に犯人は、3人分の上半身を担いで外に出たんでしょうか? それっていくらなんでも不可能な気がします。だから、やっぱり犯人は謎の生き物だと思うんです。そして、その生き物は、外から入ってきたのではなく、元から地底に住んでいたんです。ですから、シャッターが何時に閉まろうが、関係なかったんです。おそらく、地下鉄のトンネル内が、その生き物の住処でしょうから」

 息も継がずに言い切ると、杏里はごくりと熱いコーヒーを喉に流し込んだ。

 いくら荒唐無稽に見えようと、真相はこれしかない。
 
 その自信があった。

「なんだとお? 地下鉄のトンネルに住む謎の生き物だあ? そいつは何か? ひょっとして地底人か? 放射能や産業廃棄物を食って巨大化したモグラか? まさか地震を起こす大ナマズだなんて言わねえだろうな?」

 心底呆れたというふうに、韮崎が椅子の背もたれにもたれかかる。

「ナマズならまだいいんですけど…それはたぶん、龍だと思います」

 杏里は思い切って答えた。

「外道に召喚された地龍です。だから私は提案します。きょうからでも地下鉄全線を運航停止にして、トンネル内を一斉捜索すべきです。自衛隊にも協力を要請して、地龍狩りを行うんです」

「チリュウ? なんだそれは」

 韮崎が呻くように言う。

「そいつは難しいね」

 そこに口を挟んだのは、山田巡査部長だった。

「きょうは12月29日だろ。もうすぐ大晦日だ。一年中でもっとも地下鉄利用者が増える時期なんだよ。特に明後日の大晦日は、初もうで客のために地下鉄は24時間営業だ。そんなかきいれ時に、地下鉄全線運行停止だなんて、市側がうんというはずがないよ」

「そうだな。県警の上層部は市議会だの市長だの商工会議所だのと密接に繋がってるから、市の意向に逆らう決定はまず下さないとみていいだろうしな」

「そんな…」

 杏里は絶句した。

 お金儲けより、市民の命のほうが当然優先されるべきだろう。

 でも、それが大人の事情というものなのか。

 そんなこと言ってると、取返しがつかないことになるかもしれないのに…。

「まあ、提案してみるのはいいかもな」

 2本目の煙草に火をつけながら、いきり立つ杏里を懐柔するように、韮崎が言った。

「明日の合同捜査会議で、おまえから上層部に提案してみたらどうだ? ダメで元々、うまく行ったらもうけもんだろ?」

「はい」

 唇を嚙みしめて、杏里はうなずいた。

「そうします。見ててください。絶対に、地下鉄の運行を止めてみせますから」











 
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