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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#20 幕間5
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市営地下鉄職員の朝は早い。
始発が5時台に出るためだ。
だから、4時には詰所に入り、4時30分までにホームの点検を済ませねばならない。
若い時はこの朝番が苦痛で仕方なかったが、歳を取るにつれ、早起きが辛くなくなった。
まあ、これもあと半年の辛抱だしな。
身になじんだ制服に着替え、制帽をかぶると、𠮷岡孝純は扉を開けて、詰所の外に出た。
定年間際の身は、気楽なものである。
生涯独身を通してきたので、尚更だった。
半年後の退職を記念に、田舎に家でも買って自給自足の暮らしを、というのが目下の夢なのだ。
改札を抜けた時だった。
階段を作業服に掃除道具、といった出で立ちの老人が登ってきた。
ほぼ同じ時間に出勤して、先にホームに降りていた清掃会社の契約社員である。
「どうしたんだね?」
𠮷岡がつい声をかけたのは、老人の顔があまりにも蒼ざめているからだった。
老人は階段の登り口で立ち止まり、ぜいぜいと肩で息をすると、𠮷岡を見上げてしわがれた声で、途切れ途切れに言った。
「ひ、人が、し、死んでます。ホームが血だらけで、ありゃあ、わしひとりでは、ちょっと…」
「なんだって?」
馬鹿な。
ここに勤めて40年になるが、ホームに死体など、あったためしがない。
だいたい、深夜1時にはどこの昇降口もシャッターを閉めてしまうのだ。
人が入り込む余地なんて、ないはずだ。
だが、老人の言う通りだった。
ホームに駆け降りた𠮷岡は、あまりのことに顔色を失った。
血の海の中に、何か不格好なものが沈んでいる。
人間の身体にしては、少し寸足らずのようだ。
近づいた𠮷岡は、突然こみ上げてきた吐気に口を押えた。
目の前に転がったもの。
それは、腹のあたりから切断された、人間の下半身だったからである。
始発が5時台に出るためだ。
だから、4時には詰所に入り、4時30分までにホームの点検を済ませねばならない。
若い時はこの朝番が苦痛で仕方なかったが、歳を取るにつれ、早起きが辛くなくなった。
まあ、これもあと半年の辛抱だしな。
身になじんだ制服に着替え、制帽をかぶると、𠮷岡孝純は扉を開けて、詰所の外に出た。
定年間際の身は、気楽なものである。
生涯独身を通してきたので、尚更だった。
半年後の退職を記念に、田舎に家でも買って自給自足の暮らしを、というのが目下の夢なのだ。
改札を抜けた時だった。
階段を作業服に掃除道具、といった出で立ちの老人が登ってきた。
ほぼ同じ時間に出勤して、先にホームに降りていた清掃会社の契約社員である。
「どうしたんだね?」
𠮷岡がつい声をかけたのは、老人の顔があまりにも蒼ざめているからだった。
老人は階段の登り口で立ち止まり、ぜいぜいと肩で息をすると、𠮷岡を見上げてしわがれた声で、途切れ途切れに言った。
「ひ、人が、し、死んでます。ホームが血だらけで、ありゃあ、わしひとりでは、ちょっと…」
「なんだって?」
馬鹿な。
ここに勤めて40年になるが、ホームに死体など、あったためしがない。
だいたい、深夜1時にはどこの昇降口もシャッターを閉めてしまうのだ。
人が入り込む余地なんて、ないはずだ。
だが、老人の言う通りだった。
ホームに駆け降りた𠮷岡は、あまりのことに顔色を失った。
血の海の中に、何か不格好なものが沈んでいる。
人間の身体にしては、少し寸足らずのようだ。
近づいた𠮷岡は、突然こみ上げてきた吐気に口を押えた。
目の前に転がったもの。
それは、腹のあたりから切断された、人間の下半身だったからである。
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