75 / 157
第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#19 杏里、嵐を予感する
しおりを挟む
-容疑者は、刑事に追われ、建築中のマンションから落下して死亡。死亡したのは比較的小柄な中年男性で、5人の被害者とのつながりはなく、衝動的な殺人と考えられる。現在身元を確認中であるが、なにぶん死体の頭部の損傷が著しく、特定は困難を極めると予想されるー
これが翌々日の12月27日、県警本部で行われた記者会見の内容だった。
照和署の2階、刑事部の片隅のテレビで会見の模様を眺めていた杏里は、
うそばっかり。
そう、心の中で毒づいた。
ちゃんとありのままを、報告書には書いたのに。
説明だって、ちゃんとしたじゃない。
小柄な中年男性って、誰?
どうして外道の仕業だとはっきり言わないの?
人間社会には、外来種という天敵が潜んでいて、じわじわと自分たちのテリトリーを広げ、在来種である人間を駆逐しようと企んでるんだって…。
「よくわからない事件だったけど、とりあえず容疑者死亡で一件落着かあ。年内に片が付いてよかったよ」
くわしい事情を知らない高山は、あからさまにほっとしているようだ。
「ですよねー、これで無事、俺らも初詣行けますよねー」
能天気さでは、野崎は更にその上を行く。
「結局、犯人を直接目撃したのは、ニラさんと杏里ちゃん、それからあの黒野零って娘だけなんですよね」
三上が意味ありげに杏里を見た。
「本部発表と、事前のヤチカ女史の見立てとは、ずいぶん違いがあるような気がするんですが、本当のところはどうだったんですかね?」
三上はヤチカの唱えた『犯人=女子小学生説』を覚えているのだ。
疑うことを知らない高山と、何事にも論理性を求める三上との差はそこだった。
「どうもこうもないさ。あの発表内容は上からの指示なんだよ。おまえたちには、いつか時が来たら話してやる。だから、笹原も、その時まで余分な事いうんじゃねえぞ。きのう本部長に呼ばれてじきじきに釘刺されただろ」
それはその通りで、きのうの午後、本部に呼び出された韮崎と杏里は、幹部連中を前に事件の概要を説明させられた挙句、「他言は無用に頼む」と、そうはっきり言われたのだった。
その時杏里が感心したのは、韮崎が零についてひと言も触れなかった点である。
後で理由をたずねると、
「外道ハンターなんて怪しいもんがいるなんて、報告しても誰も信じやしねえよ」
韮崎はそう無愛想に答えたものだったが、杏里はそこに信念のようなものを感じ取って、少し嬉しくなった。
少なくともニラさんは、私たちの敵ではない。
そう思ったからである。
「え? それってひょっとして、また犯人が”あれ”だったってことですか?」
やっと気づいたらしく高山がそう口にしたが、韮崎は応えなかった。
三上も難しい顏をして押し黙ったままで、それでその日は終わってしまったのだが…。
わずか2日間で妊婦が5人殺害されるという前代未聞の大事件にあれほど過熱していたテレビや新聞の報道も、県警本部の発表後は火が消えたように沈静化した。
トップアイドルの麻薬所持、人気タレント同士のW不倫など、大衆が飛びつきそうなゴシップが立て続けに明るみに出たせいもある。
しかし杏里は、そこに巨大な国家権力の作為を感じないではいられなかった。
ニュースなんて、みんなでっち上げなのではないか。
アイドルもタレントも、国民の目を真実から逸らすためのスケープゴードにすぎないのではないだろうか。
そんな気がしてならなかったのだ。
だが、杏里にとって、いちばんの心労の種は別にあった。
大晦日が近づくにつれて、零の体調がどんどん悪くなっていく。
毎日血を飲ませてあげているのに、起きている時間より寝ている時間のほうが長くなっている。
このまま冬眠に入るのではないかと疑いたくなるほどに、いつ見ても真っ暗な部屋で黒いシーツにくるまって眠っているのである。
そして運命の12月29日がやってきた。
それが、世にも陰惨な事件の、第2幕の始まりだった。
これが翌々日の12月27日、県警本部で行われた記者会見の内容だった。
照和署の2階、刑事部の片隅のテレビで会見の模様を眺めていた杏里は、
うそばっかり。
そう、心の中で毒づいた。
ちゃんとありのままを、報告書には書いたのに。
説明だって、ちゃんとしたじゃない。
小柄な中年男性って、誰?
どうして外道の仕業だとはっきり言わないの?
人間社会には、外来種という天敵が潜んでいて、じわじわと自分たちのテリトリーを広げ、在来種である人間を駆逐しようと企んでるんだって…。
「よくわからない事件だったけど、とりあえず容疑者死亡で一件落着かあ。年内に片が付いてよかったよ」
くわしい事情を知らない高山は、あからさまにほっとしているようだ。
「ですよねー、これで無事、俺らも初詣行けますよねー」
能天気さでは、野崎は更にその上を行く。
「結局、犯人を直接目撃したのは、ニラさんと杏里ちゃん、それからあの黒野零って娘だけなんですよね」
三上が意味ありげに杏里を見た。
「本部発表と、事前のヤチカ女史の見立てとは、ずいぶん違いがあるような気がするんですが、本当のところはどうだったんですかね?」
三上はヤチカの唱えた『犯人=女子小学生説』を覚えているのだ。
疑うことを知らない高山と、何事にも論理性を求める三上との差はそこだった。
「どうもこうもないさ。あの発表内容は上からの指示なんだよ。おまえたちには、いつか時が来たら話してやる。だから、笹原も、その時まで余分な事いうんじゃねえぞ。きのう本部長に呼ばれてじきじきに釘刺されただろ」
それはその通りで、きのうの午後、本部に呼び出された韮崎と杏里は、幹部連中を前に事件の概要を説明させられた挙句、「他言は無用に頼む」と、そうはっきり言われたのだった。
その時杏里が感心したのは、韮崎が零についてひと言も触れなかった点である。
後で理由をたずねると、
「外道ハンターなんて怪しいもんがいるなんて、報告しても誰も信じやしねえよ」
韮崎はそう無愛想に答えたものだったが、杏里はそこに信念のようなものを感じ取って、少し嬉しくなった。
少なくともニラさんは、私たちの敵ではない。
そう思ったからである。
「え? それってひょっとして、また犯人が”あれ”だったってことですか?」
やっと気づいたらしく高山がそう口にしたが、韮崎は応えなかった。
三上も難しい顏をして押し黙ったままで、それでその日は終わってしまったのだが…。
わずか2日間で妊婦が5人殺害されるという前代未聞の大事件にあれほど過熱していたテレビや新聞の報道も、県警本部の発表後は火が消えたように沈静化した。
トップアイドルの麻薬所持、人気タレント同士のW不倫など、大衆が飛びつきそうなゴシップが立て続けに明るみに出たせいもある。
しかし杏里は、そこに巨大な国家権力の作為を感じないではいられなかった。
ニュースなんて、みんなでっち上げなのではないか。
アイドルもタレントも、国民の目を真実から逸らすためのスケープゴードにすぎないのではないだろうか。
そんな気がしてならなかったのだ。
だが、杏里にとって、いちばんの心労の種は別にあった。
大晦日が近づくにつれて、零の体調がどんどん悪くなっていく。
毎日血を飲ませてあげているのに、起きている時間より寝ている時間のほうが長くなっている。
このまま冬眠に入るのではないかと疑いたくなるほどに、いつ見ても真っ暗な部屋で黒いシーツにくるまって眠っているのである。
そして運命の12月29日がやってきた。
それが、世にも陰惨な事件の、第2幕の始まりだった。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる