サイコパスハンター零

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
73 / 157
第4章 百合と外道と疾走するウロボロス

#17 杏里、告白する

しおりを挟む
「確かにおまえの言う通り、俺は見た。まだ誰にも話していないが、あの娘が、少女に化けた得体の知れない妖怪野郎を倒すのを。その時思ったのは、犯人だけじゃなく、この娘も人間じゃないだろうということだ。あの身体能力、攻撃手段…。あれは、普通の人間にできるワザじゃない。そうじゃねえか?」 
 ガラス張りの休憩室の中に、韮崎の吐く紫煙が漂っている。

 杏里は近づいてきた煙を手で払いのけると、正面から韮崎を見た。

「ここだけの話に、していただけますか?」

 語調を強めて、念を押す。

 もう隠しようがない。

 見られてしまったのだ。

 ならば、後はいかに理解してもらうかだ。

「あ、ああ」

 気おされたようにうなずく韮崎。

「零は、ハンターなんです」

 短く、杏里は切り出した。

「ハンター?」

「この地球、ガイアにはびこる害虫を駆除する、ハンターです」

「害虫?」

 韮崎があんぐりと口を開けた。

「地球は生きものです。複雑な生態系を擁する、年老いたひとつの巨大な生物なんです。でも、病んでいます。大昔に被った傷が悪化して、それがだんだん広がって…」

「何の話か、よくわからんが」

 韮崎が露骨に顔をしかめてみせた。

「あるいはこう言い換えてもいいかもしれません。零は、元からこの惑星に住む私たち”在来種”を、別の生態系からやってきた”外来種”からの侵略から守ってくれる、いわば”守護者”みたいなものだと…」

 これまでの体験、隠れ里のお館様たちとの出会い、零に聞いた話。

 それを杏里なりに解釈すると、こんな内容になる。

 正しいかどうかはわからない。

 でも、人間の想像を絶する残虐行為を平気で働く外道がこの世に実在し、それを零が片っ端から狩っているのは紛れもない事実なのだ。

「要は、あの化け物たちがアブラムシみたいな害虫で、あの娘はそれを駆除する益鳥みたいなものと、そういいたいわけか」

「そうです」

 我が意を得たりとばかりに、杏里はうなずいてみせた。

「零の正体は、正直私にもわかりません。でも、彼女が私たちを守ってくれる存在であることは間違いないんです。警察とはかなりやり方が違いますけど、目的は同じなんです。だから、見逃してあげてほしいんです」

「ひょっとして、あれか?」

 韮崎の眼がすっと細くなった。

「4月の連続女性切り裂き事件、7月の連続首狩り事件、それから先月の人食い炬燵事件、あれは全部、あの娘が決着をつけたとでも?」

「ええ、その通りです」

 ここまで話してしまえば、後は隠すことなどなかった。

 杏里は正直に言った。

「みんな、私が零に情報を提供して、手伝ってもらいました。ついでに言えば、春先に連続して起こった、レイプ魔連続廃人事件。あれも彼女の仕業です。もっとも、その時はまだ、私は零と出会っていなかったんですけど…」


「呆れたもんだな」

 韮崎がぼりぼりとごま塩頭を掻いた。

「民間人に情報を漏らしただけでなく、捜査にも巻き込むなんて…。笹原、おまえ、明らかに刑事として失格だろう」

「わかってます」

 杏里はうなだれた。

「でも、そうするしかなかったんです。どの事件も、常軌を逸していて、とても警察の手には負えそうになかったから…」

「だが、俺たちは民間人を守る立場なんだ。守られてどうするんだよ」

「ですから、今度は私たちが零を守ってあげたいんです。”法の網”という敵から」

「法は敵じゃない。秩序を保つために必要不可欠な、最低限のルールだ」

「でも、秩序に縛られていたら、私たちはいつか負けると思います。あの妖怪たち、外来種に」

「まあな、ここんとこ立て続けに起こった事件は、俺たち人間の想像力をはるかに超えている。あんな残酷な仕打ちは、狂人でも考えつかないだろう。それは俺も認めるさ。しかし、妖怪だの外来種だのというのは、個人的にどうも好かん。内閣調査室のお出まし、アメリカの研究機関からの要請、妙ちきりんなことは他にも色々ある。どれもおまえの説を裏打ちしてるような気がしないでもない。だが、そういうオカルトは、どうしても俺の性に合わねえんだよ」

「ニラさんがどう思おうとかまいません。零を見逃してやってくだされば、それでいいんです。私から、警察の捜査の邪魔にならないよう、よく言って聞かせます。だからお願いです」

「…しょうがねえな」

 煙草を灰皿で揉みつぶしながら、韮崎がひとりごちた。

「民間人が捜査に首を突っ込むなんてことを、公的に認めることなんてできん。だから俺は何も聞かなかったことにする」

「あ、ありがとうございます」

 杏里はぱっと顔を輝かせた。

 わかってくれたのだ!

 韮崎は口は悪いし、頭は固いし、外見からしていかにも昭和という時代が身に沁みついた頑固親父そのものだが、嘘はつかない。

 いったん口にしたことは、必ず守ってくれるのだ。

「ただし、無茶はするな。おまえの命はおまえだけのものじゃない。ふたりだけで妖怪退治をしようなどと驕ったことを考えるんじゃない。何かあったら絶対に俺に報告しろ。俺たちは俺たちのやり方でその害虫どもを狩る。わかったな?」

 韮崎の手が伸び、杏里の髪の毛をくしゃくしゃかき混ぜた。

「忘れるな。おまえは俺たちのかけがえのない仲間なんだ。妖怪に食われちまったら、みんな困るんだよ」

「は、はい」

 杏里は小さくうなずいた。

 涙で韮崎の顏が曇った。

 今度は、嬉し涙だった。

 






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...