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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#17 杏里、告白する
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「確かにおまえの言う通り、俺は見た。まだ誰にも話していないが、あの娘が、少女に化けた得体の知れない妖怪野郎を倒すのを。その時思ったのは、犯人だけじゃなく、この娘も人間じゃないだろうということだ。あの身体能力、攻撃手段…。あれは、普通の人間にできるワザじゃない。そうじゃねえか?」
ガラス張りの休憩室の中に、韮崎の吐く紫煙が漂っている。
杏里は近づいてきた煙を手で払いのけると、正面から韮崎を見た。
「ここだけの話に、していただけますか?」
語調を強めて、念を押す。
もう隠しようがない。
見られてしまったのだ。
ならば、後はいかに理解してもらうかだ。
「あ、ああ」
気おされたようにうなずく韮崎。
「零は、ハンターなんです」
短く、杏里は切り出した。
「ハンター?」
「この地球、ガイアにはびこる害虫を駆除する、ハンターです」
「害虫?」
韮崎があんぐりと口を開けた。
「地球は生きものです。複雑な生態系を擁する、年老いたひとつの巨大な生物なんです。でも、病んでいます。大昔に被った傷が悪化して、それがだんだん広がって…」
「何の話か、よくわからんが」
韮崎が露骨に顔をしかめてみせた。
「あるいはこう言い換えてもいいかもしれません。零は、元からこの惑星に住む私たち”在来種”を、別の生態系からやってきた”外来種”からの侵略から守ってくれる、いわば”守護者”みたいなものだと…」
これまでの体験、隠れ里のお館様たちとの出会い、零に聞いた話。
それを杏里なりに解釈すると、こんな内容になる。
正しいかどうかはわからない。
でも、人間の想像を絶する残虐行為を平気で働く外道がこの世に実在し、それを零が片っ端から狩っているのは紛れもない事実なのだ。
「要は、あの化け物たちがアブラムシみたいな害虫で、あの娘はそれを駆除する益鳥みたいなものと、そういいたいわけか」
「そうです」
我が意を得たりとばかりに、杏里はうなずいてみせた。
「零の正体は、正直私にもわかりません。でも、彼女が私たちを守ってくれる存在であることは間違いないんです。警察とはかなりやり方が違いますけど、目的は同じなんです。だから、見逃してあげてほしいんです」
「ひょっとして、あれか?」
韮崎の眼がすっと細くなった。
「4月の連続女性切り裂き事件、7月の連続首狩り事件、それから先月の人食い炬燵事件、あれは全部、あの娘が決着をつけたとでも?」
「ええ、その通りです」
ここまで話してしまえば、後は隠すことなどなかった。
杏里は正直に言った。
「みんな、私が零に情報を提供して、手伝ってもらいました。ついでに言えば、春先に連続して起こった、レイプ魔連続廃人事件。あれも彼女の仕業です。もっとも、その時はまだ、私は零と出会っていなかったんですけど…」
「呆れたもんだな」
韮崎がぼりぼりとごま塩頭を掻いた。
「民間人に情報を漏らしただけでなく、捜査にも巻き込むなんて…。笹原、おまえ、明らかに刑事として失格だろう」
「わかってます」
杏里はうなだれた。
「でも、そうするしかなかったんです。どの事件も、常軌を逸していて、とても警察の手には負えそうになかったから…」
「だが、俺たちは民間人を守る立場なんだ。守られてどうするんだよ」
「ですから、今度は私たちが零を守ってあげたいんです。”法の網”という敵から」
「法は敵じゃない。秩序を保つために必要不可欠な、最低限のルールだ」
「でも、秩序に縛られていたら、私たちはいつか負けると思います。あの妖怪たち、外来種に」
「まあな、ここんとこ立て続けに起こった事件は、俺たち人間の想像力をはるかに超えている。あんな残酷な仕打ちは、狂人でも考えつかないだろう。それは俺も認めるさ。しかし、妖怪だの外来種だのというのは、個人的にどうも好かん。内閣調査室のお出まし、アメリカの研究機関からの要請、妙ちきりんなことは他にも色々ある。どれもおまえの説を裏打ちしてるような気がしないでもない。だが、そういうオカルトは、どうしても俺の性に合わねえんだよ」
「ニラさんがどう思おうとかまいません。零を見逃してやってくだされば、それでいいんです。私から、警察の捜査の邪魔にならないよう、よく言って聞かせます。だからお願いです」
「…しょうがねえな」
煙草を灰皿で揉みつぶしながら、韮崎がひとりごちた。
「民間人が捜査に首を突っ込むなんてことを、公的に認めることなんてできん。だから俺は何も聞かなかったことにする」
「あ、ありがとうございます」
杏里はぱっと顔を輝かせた。
わかってくれたのだ!
韮崎は口は悪いし、頭は固いし、外見からしていかにも昭和という時代が身に沁みついた頑固親父そのものだが、嘘はつかない。
いったん口にしたことは、必ず守ってくれるのだ。
「ただし、無茶はするな。おまえの命はおまえだけのものじゃない。ふたりだけで妖怪退治をしようなどと驕ったことを考えるんじゃない。何かあったら絶対に俺に報告しろ。俺たちは俺たちのやり方でその害虫どもを狩る。わかったな?」
韮崎の手が伸び、杏里の髪の毛をくしゃくしゃかき混ぜた。
「忘れるな。おまえは俺たちのかけがえのない仲間なんだ。妖怪に食われちまったら、みんな困るんだよ」
「は、はい」
杏里は小さくうなずいた。
涙で韮崎の顏が曇った。
今度は、嬉し涙だった。
ガラス張りの休憩室の中に、韮崎の吐く紫煙が漂っている。
杏里は近づいてきた煙を手で払いのけると、正面から韮崎を見た。
「ここだけの話に、していただけますか?」
語調を強めて、念を押す。
もう隠しようがない。
見られてしまったのだ。
ならば、後はいかに理解してもらうかだ。
「あ、ああ」
気おされたようにうなずく韮崎。
「零は、ハンターなんです」
短く、杏里は切り出した。
「ハンター?」
「この地球、ガイアにはびこる害虫を駆除する、ハンターです」
「害虫?」
韮崎があんぐりと口を開けた。
「地球は生きものです。複雑な生態系を擁する、年老いたひとつの巨大な生物なんです。でも、病んでいます。大昔に被った傷が悪化して、それがだんだん広がって…」
「何の話か、よくわからんが」
韮崎が露骨に顔をしかめてみせた。
「あるいはこう言い換えてもいいかもしれません。零は、元からこの惑星に住む私たち”在来種”を、別の生態系からやってきた”外来種”からの侵略から守ってくれる、いわば”守護者”みたいなものだと…」
これまでの体験、隠れ里のお館様たちとの出会い、零に聞いた話。
それを杏里なりに解釈すると、こんな内容になる。
正しいかどうかはわからない。
でも、人間の想像を絶する残虐行為を平気で働く外道がこの世に実在し、それを零が片っ端から狩っているのは紛れもない事実なのだ。
「要は、あの化け物たちがアブラムシみたいな害虫で、あの娘はそれを駆除する益鳥みたいなものと、そういいたいわけか」
「そうです」
我が意を得たりとばかりに、杏里はうなずいてみせた。
「零の正体は、正直私にもわかりません。でも、彼女が私たちを守ってくれる存在であることは間違いないんです。警察とはかなりやり方が違いますけど、目的は同じなんです。だから、見逃してあげてほしいんです」
「ひょっとして、あれか?」
韮崎の眼がすっと細くなった。
「4月の連続女性切り裂き事件、7月の連続首狩り事件、それから先月の人食い炬燵事件、あれは全部、あの娘が決着をつけたとでも?」
「ええ、その通りです」
ここまで話してしまえば、後は隠すことなどなかった。
杏里は正直に言った。
「みんな、私が零に情報を提供して、手伝ってもらいました。ついでに言えば、春先に連続して起こった、レイプ魔連続廃人事件。あれも彼女の仕業です。もっとも、その時はまだ、私は零と出会っていなかったんですけど…」
「呆れたもんだな」
韮崎がぼりぼりとごま塩頭を掻いた。
「民間人に情報を漏らしただけでなく、捜査にも巻き込むなんて…。笹原、おまえ、明らかに刑事として失格だろう」
「わかってます」
杏里はうなだれた。
「でも、そうするしかなかったんです。どの事件も、常軌を逸していて、とても警察の手には負えそうになかったから…」
「だが、俺たちは民間人を守る立場なんだ。守られてどうするんだよ」
「ですから、今度は私たちが零を守ってあげたいんです。”法の網”という敵から」
「法は敵じゃない。秩序を保つために必要不可欠な、最低限のルールだ」
「でも、秩序に縛られていたら、私たちはいつか負けると思います。あの妖怪たち、外来種に」
「まあな、ここんとこ立て続けに起こった事件は、俺たち人間の想像力をはるかに超えている。あんな残酷な仕打ちは、狂人でも考えつかないだろう。それは俺も認めるさ。しかし、妖怪だの外来種だのというのは、個人的にどうも好かん。内閣調査室のお出まし、アメリカの研究機関からの要請、妙ちきりんなことは他にも色々ある。どれもおまえの説を裏打ちしてるような気がしないでもない。だが、そういうオカルトは、どうしても俺の性に合わねえんだよ」
「ニラさんがどう思おうとかまいません。零を見逃してやってくだされば、それでいいんです。私から、警察の捜査の邪魔にならないよう、よく言って聞かせます。だからお願いです」
「…しょうがねえな」
煙草を灰皿で揉みつぶしながら、韮崎がひとりごちた。
「民間人が捜査に首を突っ込むなんてことを、公的に認めることなんてできん。だから俺は何も聞かなかったことにする」
「あ、ありがとうございます」
杏里はぱっと顔を輝かせた。
わかってくれたのだ!
韮崎は口は悪いし、頭は固いし、外見からしていかにも昭和という時代が身に沁みついた頑固親父そのものだが、嘘はつかない。
いったん口にしたことは、必ず守ってくれるのだ。
「ただし、無茶はするな。おまえの命はおまえだけのものじゃない。ふたりだけで妖怪退治をしようなどと驕ったことを考えるんじゃない。何かあったら絶対に俺に報告しろ。俺たちは俺たちのやり方でその害虫どもを狩る。わかったな?」
韮崎の手が伸び、杏里の髪の毛をくしゃくしゃかき混ぜた。
「忘れるな。おまえは俺たちのかけがえのない仲間なんだ。妖怪に食われちまったら、みんな困るんだよ」
「は、はい」
杏里は小さくうなずいた。
涙で韮崎の顏が曇った。
今度は、嬉し涙だった。
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