サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス

#13 杏里、友の身を案じる

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 猛スピードで建築現場に突っ込むと、杏里はエンジンを切るのももどかしく外に転がり出た。

「おい! 何考えてんだ? いきなり急発進したかと思ったらこんなとこに突っ込みやがって!」

 助手席のドアが開いて、韮崎がよろよろとまろび出た。

「犯人、見つけたんです! 零が大変なんです!」

「なんだと? どこにいるっていうんだ? それに、レイって誰のことだ?」

「上ですよ! このビルの上! 早く行かなきゃ」

 杏里は気が気でなかった。

 零のことだから、外道一匹に巻けるとは思えない。

 でも、場所が悪い。

 よりによって、どうしてあんな高い所に。

 もう月も後半に入って、月齢が低いのだ。

 あまり無茶はしないでほしいのに…。


 もめているところに、作業員たちがやってきた。

「なんですか、急に? いったい、あなた方は?」

 リーダー格らしい、恰幅のいい男が訊いてきた。

「刑事だ」

 ギョロ目で相手を睨み、韮崎が慣れた仕草で警察手帳をかざした。

「こっちのボインちゃんもな」

 まだ言うか。

 杏里はいささかゲンナリした。
 
 それ、死語だって言ってるのに。

「そ、それは失礼しました。私は現場監督の大山です」

 男がヘルメットを脱いで一礼する。

「あ、でも、刑事さんならちょうどよかったですよ。実はわたしら、ちょいと困ってまして」

「なんだ? 何があった?」

「いや、それがですね。みんなで休憩取ってる隙に、ほら、いつのまにか、あんな高い所に子どもと若い女が登っちまいましてね。いくら呼んでも降りてこんのですわ」

「子どもと、女?」

 韮崎が頭上を見上げた。

 建築中のビルはまだ鉄骨の骨組みができているだけなので、そのすき間からてっぺんのほうが見て取れるのだ。

「なにい?」

 あの光景が目に入ったのだろう。

 韮崎の口から火のついた煙草が落ちた。

「赤いランドセルぅ?」

「制服も同じです。あの私立小学校の黒いセーラー服、防犯カメラに写ってたのと同じなんですよ」

 鉄骨の隙間に目を凝らし、杏里は言った。

 そうなのだ。

 遠目から杏里が目撃したのは、鉄骨の端と端に立ってにらみ合う、零とランドセルを背負った少女の姿だった。

 匂いでわかる、と零は言ったが、まさか本当に犯人を追いつめてしまうとは…。

「しかし、おかしいじゃねえか。犯人は三上が見つけた米倉加奈の所に行くはずじゃなかったのか? それをなんでこんなとこで油売ってやがるんだよ?」

「米倉加奈の家に向かう途中、きっと零に見つかったんです。だからここまで逃げてきたんだわ」

「レイってあの着物の女のことか? どうして名前を知ってる? 知り合いなのか?」

「零は…私の同居人です。私たち、ルームシェアしてるんです」

 逡巡の末、杏里は正直に答えた。

 下手にごまかすと、韮崎は余計に噛みついてくる。

 その性格を身に染みて知っているからだ。

「零は猟奇犯罪に興味を持ってて、それで今度の事件にも…」

「笹原、おまえ、しゃべったな」

 韮崎がじろりと杏里を睨んだ。

 杏里は思わず首をすくめた。

 自分の行為が機密漏洩にあたることくらい、百も承知である。

 でも、零がいなければ、外道関連の事件は解決できなかったのだ。

 だから、悪いことをしたとは思っていない。

 しかし、それを上司に知られるのは、ある意味致命的だった。

「まあ、いい。後で訊く。それより、大山さんよ、あの子らのいるところまで行くには、どっから登ったらいい?」

 後半は、現場監督に向けての言葉だった。

「あそこの非常階段なら、各階直通です。でも、気をつけてくださいよ。上へ行けば行くほど、風が強くなりますから。くれぐれも吹っ飛ばされて落っこちないように」

「けっ。んなこたあ、わかってるよ。ちなみにあいつらがいるのは何階だ?」

「10階です」

「10階?」

 韮崎の声が裏返った。

 顔色が悪い。

「くそ」

 杏里を見て唸った。

「俺は、高所恐怖症だっつうに」




 
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