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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#12 杏里、目を見張る
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照和署から地下鉄御所駅までは、車で10分もかからない。
照和区自体、面積が狭いので、ほんの目と鼻の距離である。
南北に伸びる4車線道路と東西に伸びる2車線の通りが交わるところが大きめの交差点になっており、その四隅に地下鉄の昇降口が開いている。
交差点の周囲には飲食店や塾の入った雑居ビルがひしめいていた。
夕方ということもあり、通行人の姿もけっこう多い。
風が強くなってきたのか、道行く人たちは皆そろってコートの襟を立てている。
クリスマスの飾りつけをしたレストランから、ジングルベルのメロディがかすかに流れてきていた。
「着いたのはいいが、こりゃ、雲をつかむような話だな」
杏里に運転を任せ、シートにふんぞり返って煙草を吸いながら、うんざりしたように韮崎が言った。
「でも、学校は冬休みに入っているはずですから、ランドセルを背負った子がいたら、逆に目立つはずです。住宅街のほうに入ってみましょうか」
交差点を左折し、裏道に車を入れる。
一歩裏通りに入ると、そこは教会、短期大学、マンションなどが立ち並ぶ閑静な住宅地だった。
10分ほど低速でぐるぐる走り回ってみたが、ランドセル姿の女子小学生はおろか、通行人の姿もほとんどなかった。
「やっぱり魔法陣なんて、おまえの妄想じゃなかったのか? 殺人は4件で終了だったんだよ」
投げやりな口調で韮崎が言った。
「考えてもみろ。小学生にそんなむごたらしい連続殺人が犯せるわけがない。妊婦とはいえ、相手は大人の女なんだ。抵抗されて、逆に警察に突き出されるのが関の山ってもんだろう?」
「でも、それは、犯人が普通の小学生だったら、の話ですよね」
そろそろと車を走らせ、周囲に目を配りながら、杏里は答えた。
「どういうことだ?」
韮崎の声が尖った。
「私、今度の事件も、外道の仕業じゃないかと思うんです」
「外道?」
「ニラさんも知ってるじゃないですか。春先の連続切り裂き事件。それから、先月の人食い炬燵事件。どっちも真犯人は、人間じゃありませんでした」
女性の子宮に核を埋め込み、育った赤い真珠を回収するためにやってきたあの化け物。
赤い真珠の存在は、現場で外道と直接対峙した杏里と零しか知らないが、零に脳を破壊されて廃人になった外道の姿は韮崎も見ているのだ。
ついこの間の炬燵事件の際もそうである。
炬燵に擬態したあの生き物をを501号室に仕掛けて女子大生たちを食わせていたのは、隣の部屋に住んでいた外道だった。
隣室の未亡人の子供に化けていた外道は、やはり零によって正体を見破られ、あの必殺の舌で松果体を吸い取られ、廃人と化してしまった。
そのなれの果てを捕らえて科捜研に引き渡したのは、ほかならぬ韮崎班のメンバーなのである。
「外道って、あの正体不明の骨なしのことか。正直な、あの生き物が本当に犯人だったかどうか、今でも本部じゃ意見が割れてるんだよ。だいたい、途中から内閣調査室なんて面倒なやつらがしゃしゃり出てきやがって、肝心の化けもんをアメリカに引き渡しちまったしな。そうなるともう、俺たちでは捜査のしようがねえのさ」
内閣調査室?
アメリカ?
そういえば、ヤチカもあれはすでに国際機関の手に渡ったと言っていた。
人類にとって危険な何かが起ころうとしているのを知っている者たちが、アメリカには存在するということなのだろうか。
「おまえの言うように今度もその手の事件だとすると、こりゃあ、ますますお手上げだな」
苦虫を噛み潰したような顔で韮崎がぼやいた時である。
ふいに警察無線から、三上の声が聞こえてきた。
『ニラさん、見つけましたよ。地下鉄御所駅近くに住む妊娠8か月の妊婦。管内の産婦人科医院は全部で33軒。交通安全課の女の子たちに手伝ってもらって、一斉に電話がけしてみたら、20件目でビンゴです』
さすが照和署ナンバー1のモテ男、三上巡査部長である。
杏里の同期、斎藤曜子などは、さぞ張り切って手伝ったに違いない。
『名前は米倉加奈、32歳。住所は…」
三上の読み上げる住所をカーナビにセットする。
「まだ生きてるんだろうな?」
『ええ、今のところセーフです。本人とも電話で話しましたから間違いありません。僕もすぐに向かいますから、とりあえず先に米倉加奈の保護をお願いします。交通安全課の斎藤君たちには、引き続き市内の産科医院に片っ端から電話してもらっていますが、その後該当者が見つからないところをみると、犯人の狙いはまず米倉加奈子で間違いないと思われます』
通信を切ると、韮崎が言った。
「紅梅町といやあ、このすぐ近くじゃねえか。ラッキーだったな」
「ええ。おそらく、あそこに見える建設中のマンションあたりが…」
そこまで口にして、杏里はハっと息を呑んだ。
住宅街の屋根の向こうにそびえる、ひと際高いマンションの鉄骨群。
そのてっぺんに、人影が見える。
片方は、浴衣みたいな黒い着物姿の零。
そしてもう片方は…。
「たいへん!」
杏里は叫び、次の瞬間、思い切りアクセルを踏み込んでいた。
照和区自体、面積が狭いので、ほんの目と鼻の距離である。
南北に伸びる4車線道路と東西に伸びる2車線の通りが交わるところが大きめの交差点になっており、その四隅に地下鉄の昇降口が開いている。
交差点の周囲には飲食店や塾の入った雑居ビルがひしめいていた。
夕方ということもあり、通行人の姿もけっこう多い。
風が強くなってきたのか、道行く人たちは皆そろってコートの襟を立てている。
クリスマスの飾りつけをしたレストランから、ジングルベルのメロディがかすかに流れてきていた。
「着いたのはいいが、こりゃ、雲をつかむような話だな」
杏里に運転を任せ、シートにふんぞり返って煙草を吸いながら、うんざりしたように韮崎が言った。
「でも、学校は冬休みに入っているはずですから、ランドセルを背負った子がいたら、逆に目立つはずです。住宅街のほうに入ってみましょうか」
交差点を左折し、裏道に車を入れる。
一歩裏通りに入ると、そこは教会、短期大学、マンションなどが立ち並ぶ閑静な住宅地だった。
10分ほど低速でぐるぐる走り回ってみたが、ランドセル姿の女子小学生はおろか、通行人の姿もほとんどなかった。
「やっぱり魔法陣なんて、おまえの妄想じゃなかったのか? 殺人は4件で終了だったんだよ」
投げやりな口調で韮崎が言った。
「考えてもみろ。小学生にそんなむごたらしい連続殺人が犯せるわけがない。妊婦とはいえ、相手は大人の女なんだ。抵抗されて、逆に警察に突き出されるのが関の山ってもんだろう?」
「でも、それは、犯人が普通の小学生だったら、の話ですよね」
そろそろと車を走らせ、周囲に目を配りながら、杏里は答えた。
「どういうことだ?」
韮崎の声が尖った。
「私、今度の事件も、外道の仕業じゃないかと思うんです」
「外道?」
「ニラさんも知ってるじゃないですか。春先の連続切り裂き事件。それから、先月の人食い炬燵事件。どっちも真犯人は、人間じゃありませんでした」
女性の子宮に核を埋め込み、育った赤い真珠を回収するためにやってきたあの化け物。
赤い真珠の存在は、現場で外道と直接対峙した杏里と零しか知らないが、零に脳を破壊されて廃人になった外道の姿は韮崎も見ているのだ。
ついこの間の炬燵事件の際もそうである。
炬燵に擬態したあの生き物をを501号室に仕掛けて女子大生たちを食わせていたのは、隣の部屋に住んでいた外道だった。
隣室の未亡人の子供に化けていた外道は、やはり零によって正体を見破られ、あの必殺の舌で松果体を吸い取られ、廃人と化してしまった。
そのなれの果てを捕らえて科捜研に引き渡したのは、ほかならぬ韮崎班のメンバーなのである。
「外道って、あの正体不明の骨なしのことか。正直な、あの生き物が本当に犯人だったかどうか、今でも本部じゃ意見が割れてるんだよ。だいたい、途中から内閣調査室なんて面倒なやつらがしゃしゃり出てきやがって、肝心の化けもんをアメリカに引き渡しちまったしな。そうなるともう、俺たちでは捜査のしようがねえのさ」
内閣調査室?
アメリカ?
そういえば、ヤチカもあれはすでに国際機関の手に渡ったと言っていた。
人類にとって危険な何かが起ころうとしているのを知っている者たちが、アメリカには存在するということなのだろうか。
「おまえの言うように今度もその手の事件だとすると、こりゃあ、ますますお手上げだな」
苦虫を噛み潰したような顔で韮崎がぼやいた時である。
ふいに警察無線から、三上の声が聞こえてきた。
『ニラさん、見つけましたよ。地下鉄御所駅近くに住む妊娠8か月の妊婦。管内の産婦人科医院は全部で33軒。交通安全課の女の子たちに手伝ってもらって、一斉に電話がけしてみたら、20件目でビンゴです』
さすが照和署ナンバー1のモテ男、三上巡査部長である。
杏里の同期、斎藤曜子などは、さぞ張り切って手伝ったに違いない。
『名前は米倉加奈、32歳。住所は…」
三上の読み上げる住所をカーナビにセットする。
「まだ生きてるんだろうな?」
『ええ、今のところセーフです。本人とも電話で話しましたから間違いありません。僕もすぐに向かいますから、とりあえず先に米倉加奈の保護をお願いします。交通安全課の斎藤君たちには、引き続き市内の産科医院に片っ端から電話してもらっていますが、その後該当者が見つからないところをみると、犯人の狙いはまず米倉加奈子で間違いないと思われます』
通信を切ると、韮崎が言った。
「紅梅町といやあ、このすぐ近くじゃねえか。ラッキーだったな」
「ええ。おそらく、あそこに見える建設中のマンションあたりが…」
そこまで口にして、杏里はハっと息を呑んだ。
住宅街の屋根の向こうにそびえる、ひと際高いマンションの鉄骨群。
そのてっぺんに、人影が見える。
片方は、浴衣みたいな黒い着物姿の零。
そしてもう片方は…。
「たいへん!」
杏里は叫び、次の瞬間、思い切りアクセルを踏み込んでいた。
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