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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#8 杏里、焦燥に駆られる
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「魔法陣」
話を聞き終えるなり、零が言った。
「地下鉄のつくるその巨大な円環は、魔法陣だ」
さらりと肩に流れたストレートヘアが揺れ、その間から零の左目が覗いた。
昼間だから、今は瞳孔が猫のそれのように縦長になっている。
その中心に、真紅の輝きが生れていた。
「え? どういうこと?」
スプーンを咥えたまま、杏里はたずねた。
地下鉄が魔法陣だなんて、零はいったい何を言い出したのだろう?
「魔法陣の東西南北に、強力な呪物を供える。そしてその間に霊的な流れをつくり、魔法陣を完成させる。4人の妊婦と胎児はその呪物。乳房のリレーは4つの点を線でつなぐための肉の移動。わかったよ、半年前の赤い真珠の意味が。あれは本来、この儀式に使うべく用意されたものだったんだ」
珍しく零は興奮しているようだった。
新月が近いというのに、語気が強い。
「妊婦さんたちは、赤い真珠の代わりだというの…?」
杏里は呆然とつぶやいた。
そういえば、零に倒される直前、あの外道は言ったのだ。
真珠が5つそろわなければ、即席の強力な呪物をつくるしかない、と…。
「でも、このままでは、この魔法陣は作動しない」
零が立ち上がった。
ハンガーから”戦闘服”を一枚取り、下着の上から無造作に羽織る。
黒地に木の葉模様がちりばめられた、浴衣に似たデザインの、いつもの丈の短い着物である。
下に同じ生地のショートパンツを穿くと、顔のかかる長い髪をうるさそうに打ち振って背中に流した。
「杏里、思い出せ。真珠は5つあったんだ。だが、現在のところ、殺された妊婦は4人。妊婦が真珠の代わりなら、ひとり足りないってことになるだろう?」
「そ、そんな…」
杏里は震えた。
のんびりケーキなど食べている場合ではなかった。
「じゃ、零は、もうひとり、妊婦さんが殺されるっていうの?」
「間違いなく」
零がうなずいた。
「いつ、どこで?」
「魔法陣を回すには、陣の中心にもうひとつ呪物を供え、それと円周上の4つを霊的な流れでつなぐ必要がある。円周が完成したらそれで終わりじゃないんだ。画竜点睛の、最後の目玉が必要なのさ」
「てことは、次の犠牲者は、この円の中心で…?」
杏里はスマートフォンを手に取った。
那古野市の地下鉄路線図を検索する。
環状線の中心にあたる駅を探す。
那古野市の地下鉄の路線は、東京や大阪に比べ、単純だ。
横長の楕円の環状線に、南北に1本、東西に1本、十字状に別の2本の線が交わっているだけだからである。
中心と言えば、ちょうどその南北と東西の線が交差する地点だろう。
その駅の名前を確認するなり、杏里は目を剥いた。
「地下鉄御所駅? ここ、うちの管轄じゃない」
「もう円周が出来上がっているということは、5番目の殺人が起こるとしたら今日中だな」
零が更にぶっそうなことを言った。
「やばっ」
杏里は飛び上がった。
脱力感も倦怠感もどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
「魔法陣が完成したら、どうなるの?」
「何かが召喚される。魔法陣とはそのための道具だから」
「何かって、なに?」
「さあな。どうせろくでもないものに決まってる」
地龍。
杏里は思い出した。
外道はこうも言ってなかっただろうか。
次に地龍が目覚めるのは、半年後だと。
だから今頃になって…。
「私は先に行く。杏里、おまえは職場に戻り、仲間に応援を頼むんだ」
零が、研いだばかりの苦無を着物の袂に入れる。
「先に行くったって、犯人をどうやって見つけるつもりなの?」
「匂いを辿る」
当然のように零が言った。
「匂いって?」
首をかしげる杏里。
「私には、外道の匂いがわかるのさ」
そう言い残すと、零は音もなく部屋を出て行った。
話を聞き終えるなり、零が言った。
「地下鉄のつくるその巨大な円環は、魔法陣だ」
さらりと肩に流れたストレートヘアが揺れ、その間から零の左目が覗いた。
昼間だから、今は瞳孔が猫のそれのように縦長になっている。
その中心に、真紅の輝きが生れていた。
「え? どういうこと?」
スプーンを咥えたまま、杏里はたずねた。
地下鉄が魔法陣だなんて、零はいったい何を言い出したのだろう?
「魔法陣の東西南北に、強力な呪物を供える。そしてその間に霊的な流れをつくり、魔法陣を完成させる。4人の妊婦と胎児はその呪物。乳房のリレーは4つの点を線でつなぐための肉の移動。わかったよ、半年前の赤い真珠の意味が。あれは本来、この儀式に使うべく用意されたものだったんだ」
珍しく零は興奮しているようだった。
新月が近いというのに、語気が強い。
「妊婦さんたちは、赤い真珠の代わりだというの…?」
杏里は呆然とつぶやいた。
そういえば、零に倒される直前、あの外道は言ったのだ。
真珠が5つそろわなければ、即席の強力な呪物をつくるしかない、と…。
「でも、このままでは、この魔法陣は作動しない」
零が立ち上がった。
ハンガーから”戦闘服”を一枚取り、下着の上から無造作に羽織る。
黒地に木の葉模様がちりばめられた、浴衣に似たデザインの、いつもの丈の短い着物である。
下に同じ生地のショートパンツを穿くと、顔のかかる長い髪をうるさそうに打ち振って背中に流した。
「杏里、思い出せ。真珠は5つあったんだ。だが、現在のところ、殺された妊婦は4人。妊婦が真珠の代わりなら、ひとり足りないってことになるだろう?」
「そ、そんな…」
杏里は震えた。
のんびりケーキなど食べている場合ではなかった。
「じゃ、零は、もうひとり、妊婦さんが殺されるっていうの?」
「間違いなく」
零がうなずいた。
「いつ、どこで?」
「魔法陣を回すには、陣の中心にもうひとつ呪物を供え、それと円周上の4つを霊的な流れでつなぐ必要がある。円周が完成したらそれで終わりじゃないんだ。画竜点睛の、最後の目玉が必要なのさ」
「てことは、次の犠牲者は、この円の中心で…?」
杏里はスマートフォンを手に取った。
那古野市の地下鉄路線図を検索する。
環状線の中心にあたる駅を探す。
那古野市の地下鉄の路線は、東京や大阪に比べ、単純だ。
横長の楕円の環状線に、南北に1本、東西に1本、十字状に別の2本の線が交わっているだけだからである。
中心と言えば、ちょうどその南北と東西の線が交差する地点だろう。
その駅の名前を確認するなり、杏里は目を剥いた。
「地下鉄御所駅? ここ、うちの管轄じゃない」
「もう円周が出来上がっているということは、5番目の殺人が起こるとしたら今日中だな」
零が更にぶっそうなことを言った。
「やばっ」
杏里は飛び上がった。
脱力感も倦怠感もどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
「魔法陣が完成したら、どうなるの?」
「何かが召喚される。魔法陣とはそのための道具だから」
「何かって、なに?」
「さあな。どうせろくでもないものに決まってる」
地龍。
杏里は思い出した。
外道はこうも言ってなかっただろうか。
次に地龍が目覚めるのは、半年後だと。
だから今頃になって…。
「私は先に行く。杏里、おまえは職場に戻り、仲間に応援を頼むんだ」
零が、研いだばかりの苦無を着物の袂に入れる。
「先に行くったって、犯人をどうやって見つけるつもりなの?」
「匂いを辿る」
当然のように零が言った。
「匂いって?」
首をかしげる杏里。
「私には、外道の匂いがわかるのさ」
そう言い残すと、零は音もなく部屋を出て行った。
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