サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス

#6 杏里、早退する

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「あの、ヤチカ君だったかな。君に、もうひとつ訊きたいんだが」

 会場を埋め尽くす刑事たちのどよめきに終止符を打ったのは、先ほど質問した幹部のひと言だった。

「胎児はどうなったのかね? この報告書には、そこまでは書いてないようなのだが…。4人の妊婦は、全員子宮から胎児を摘出されていたのだろう? その子たちは、無事だったのかね?」

 ヤチカの整った顔に、悪魔めいた微笑が浮かんだ。

「聞きたいですか、その先を?」

「あ、ああ。情報は、捜査員全員が、共有しておかないといかんからな」

「後悔しても知りませんよ」

 県警本部の幹部と言えば、下は警部から上は警視正までのお偉方たちである。

 その重鎮たちを前に、ヤチカは妙に挑発的だった。

「胎児たちは4人とも、キッチンでジューサーにかけられ、肉汁にされた挙句、トイレに流されていました。ジューサーの残留物の分析に時間がかかって、報告書には書けなかったのですが、先ほど科捜研に連絡を取って、確認済みです。つまり、犯人は、妊婦4人の腹を生きたまま裂き、胎児を取り出した上にジューサーで人肉スムージーを製造してトイレに流した。そして更に、別の犠牲者から切除して持ってきた乳房を、その空いた子宮に詰め込んだ、とまあこういうわけです。どうしてそんなことをしたかって、私に訊かないでくださいね。そんなの、わかるわけありませんから。残念ながら、私は犯人じゃないんで」

 まさに爆弾発言だった。

「無茶苦茶だ…」

 誰かがつぶやいた。

「胎児をジューサーに…? いくらなんでも、ひどすぎる…」

 別の声が、賛同する。

 次第に喧騒が大きくなる。

 誰もが怒っているのだ。

 この常軌を逸した鬼畜の所業に。

「う」

 高山が口を押えて立ち上がった。

 今にも吐きそうな顔をしている。

 訝しげな周囲の視線にも構わず、椅子を鳴らして廊下に飛び出していく。

 つられて杏里も腰を上げた。

「どうした? 笹原」

 韮崎が振り返ってたずねてきた。

「早退させてください」

 震え声で、杏里は言った。

「こんな報告、私、もう聞いていられません」



 どうやって家まで帰ってきたのか、まるで覚えていない。

 気がつくと、零の部屋の前に立って、じっと『0』のプレートとにらめっこしていた。

「入りな」

 ドアの向こうから、零の声がした。

「杏里だろ? ドアなら開いてるよ」

 黒一色で統一された部屋。

 その真ん中で、砥石片手に零が苦無を研いでいた。

 エアコンを『急』にして、熱帯のように暑い空気の中、黒のブラとビキニパンティという至極刺激的な格好で、作業にいそしんでいる。

 ギーコ、ギーコ。

 零が苦無を研ぐ音だけが響き渡る部屋の真ん中に、杏里はへなへなと座り込んだ。

 そして、力のない声でつぶやいた。

「零、私、もうだめみたい。刑事なんて、もう、嫌だよ。とても、やってられないよ…」



 



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