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第3章 百合たちの戦いは終わらない
#8 杏里、くたびれる
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「信じねえぞ、絶対俺は信じねえ」
部屋の中を行ったり来たりしながら、韮崎がぶつぶつつぶやいている。
「体のサイズに合わせて頭蓋骨を乗り換えるヤドカリが居たかと思ったら、今度はよりによって、女子大生を喰う炬燵だと? そんな馬鹿げたもんが、この世に存在するわけがないだろうが」
明け方のことである。
肝をつぶした野崎の通報で、韮崎班と鑑識が駆けつけて来たのだ。
「ニラさんって、ほんと、頭固いよねえ。目の前にいるのに、信じるも信じないもないでしょうに」
担架に乗せて運び出される炬燵の死骸を目で追いながら、七尾ヤチカが呆れたように言う。
「また国立科学研究所行きですか」
そのヤチカに三上が声をかけた。
「ううん。国立じゃなくて国際。もう、この怪生物のオンパレードは、わが国の研究機関の手には負えないから。のっぺらぼう、巨大ヤドカリ、人食い炬燵…次は何かと考えると、ほんと、頭痛くなるわよね」
「まだ次があると?」
高山が青い顔をして訊いた。
「たぶんね。あ、そうそう、杏里ちゃん」
ヤチカが杏里を部屋から外の通路に連れ出した。
「この前頼まれてたウロボロスの羊皮紙、画像に取ってあんたのPCに送っておいたから、落ちついたら見てね。遅くなっちゃったけど、国際科学研究所から、この前やっと、返してもらえたところなの」
「あ、ありがとうございます」
杏里は頭を下げた。
赤い真珠事件のクライマックス。
外道の残した台詞が気になって、杏里は今月の初め、ヤチカに頼んだのだった。
ウロボロスの画像を送ってほしいと。
なぜってあの時、外道は言ったのだ。
この機会を逃すと、次に地龍が目覚めるのは半年後…と。
その半年を、もう過ぎてしまっているのである。
だからと言って、あの炬燵が地龍とやらとはとても思えない。
同じ怪物でも、あれは竜というより、むしろ貝だ。
炬燵状の殻をかぶった軟体動物だったのだ。
だから、「次がある」というヤチカの予言は、おそらく正しいのだろう。
「それにしてもあなた、また変な事件に巻き込まれちゃったわね」
杏里のよれよれのセーターとスカートを見て、ヤチカが気の毒そうに言った。
「この前、気をつけなさいって言ったばかりなのに」
「すみません」
杏里はうなだれた。
でも、と心の片隅で思う。
これが私の宿命なのだ。
私と、それから、零の…。
「次は、かすり傷では済まないかもよ」
杏里の顔を下から覗き込むようにして、ヤチカが続けた。
「できれば、刑事なんかやめて、いい人見つけて結婚でもしちゃいなさいな」
ははは、と杏里は力なく笑った。
いい人、か。
私のいい人は、ハンターなのだ。
たとえ私が刑事をやめとしても、彼女が災いを連れてくるに決まっている。
「ご忠告、ありがとうございます」
もう一度、無理に笑った時、全身の力が抜けた。
「杏里ちゃん、ちょっと、大丈夫?」
ヤチカのあわてふためく声が、遠くから聞こえてくる。
見る見るうちに地面が迫ってきて、ごつんと額が乾いた音を立てた。
痛みを感じるより、気が遠くなるほうが先だった。
これでゆっくり眠れるね…。
薄れゆく意識の中で、そんなことを思って杏里は微笑んだ。
部屋の中を行ったり来たりしながら、韮崎がぶつぶつつぶやいている。
「体のサイズに合わせて頭蓋骨を乗り換えるヤドカリが居たかと思ったら、今度はよりによって、女子大生を喰う炬燵だと? そんな馬鹿げたもんが、この世に存在するわけがないだろうが」
明け方のことである。
肝をつぶした野崎の通報で、韮崎班と鑑識が駆けつけて来たのだ。
「ニラさんって、ほんと、頭固いよねえ。目の前にいるのに、信じるも信じないもないでしょうに」
担架に乗せて運び出される炬燵の死骸を目で追いながら、七尾ヤチカが呆れたように言う。
「また国立科学研究所行きですか」
そのヤチカに三上が声をかけた。
「ううん。国立じゃなくて国際。もう、この怪生物のオンパレードは、わが国の研究機関の手には負えないから。のっぺらぼう、巨大ヤドカリ、人食い炬燵…次は何かと考えると、ほんと、頭痛くなるわよね」
「まだ次があると?」
高山が青い顔をして訊いた。
「たぶんね。あ、そうそう、杏里ちゃん」
ヤチカが杏里を部屋から外の通路に連れ出した。
「この前頼まれてたウロボロスの羊皮紙、画像に取ってあんたのPCに送っておいたから、落ちついたら見てね。遅くなっちゃったけど、国際科学研究所から、この前やっと、返してもらえたところなの」
「あ、ありがとうございます」
杏里は頭を下げた。
赤い真珠事件のクライマックス。
外道の残した台詞が気になって、杏里は今月の初め、ヤチカに頼んだのだった。
ウロボロスの画像を送ってほしいと。
なぜってあの時、外道は言ったのだ。
この機会を逃すと、次に地龍が目覚めるのは半年後…と。
その半年を、もう過ぎてしまっているのである。
だからと言って、あの炬燵が地龍とやらとはとても思えない。
同じ怪物でも、あれは竜というより、むしろ貝だ。
炬燵状の殻をかぶった軟体動物だったのだ。
だから、「次がある」というヤチカの予言は、おそらく正しいのだろう。
「それにしてもあなた、また変な事件に巻き込まれちゃったわね」
杏里のよれよれのセーターとスカートを見て、ヤチカが気の毒そうに言った。
「この前、気をつけなさいって言ったばかりなのに」
「すみません」
杏里はうなだれた。
でも、と心の片隅で思う。
これが私の宿命なのだ。
私と、それから、零の…。
「次は、かすり傷では済まないかもよ」
杏里の顔を下から覗き込むようにして、ヤチカが続けた。
「できれば、刑事なんかやめて、いい人見つけて結婚でもしちゃいなさいな」
ははは、と杏里は力なく笑った。
いい人、か。
私のいい人は、ハンターなのだ。
たとえ私が刑事をやめとしても、彼女が災いを連れてくるに決まっている。
「ご忠告、ありがとうございます」
もう一度、無理に笑った時、全身の力が抜けた。
「杏里ちゃん、ちょっと、大丈夫?」
ヤチカのあわてふためく声が、遠くから聞こえてくる。
見る見るうちに地面が迫ってきて、ごつんと額が乾いた音を立てた。
痛みを感じるより、気が遠くなるほうが先だった。
これでゆっくり眠れるね…。
薄れゆく意識の中で、そんなことを思って杏里は微笑んだ。
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