56 / 157
第3章 百合たちの戦いは終わらない
#8 杏里、くたびれる
しおりを挟む
「信じねえぞ、絶対俺は信じねえ」
部屋の中を行ったり来たりしながら、韮崎がぶつぶつつぶやいている。
「体のサイズに合わせて頭蓋骨を乗り換えるヤドカリが居たかと思ったら、今度はよりによって、女子大生を喰う炬燵だと? そんな馬鹿げたもんが、この世に存在するわけがないだろうが」
明け方のことである。
肝をつぶした野崎の通報で、韮崎班と鑑識が駆けつけて来たのだ。
「ニラさんって、ほんと、頭固いよねえ。目の前にいるのに、信じるも信じないもないでしょうに」
担架に乗せて運び出される炬燵の死骸を目で追いながら、七尾ヤチカが呆れたように言う。
「また国立科学研究所行きですか」
そのヤチカに三上が声をかけた。
「ううん。国立じゃなくて国際。もう、この怪生物のオンパレードは、わが国の研究機関の手には負えないから。のっぺらぼう、巨大ヤドカリ、人食い炬燵…次は何かと考えると、ほんと、頭痛くなるわよね」
「まだ次があると?」
高山が青い顔をして訊いた。
「たぶんね。あ、そうそう、杏里ちゃん」
ヤチカが杏里を部屋から外の通路に連れ出した。
「この前頼まれてたウロボロスの羊皮紙、画像に取ってあんたのPCに送っておいたから、落ちついたら見てね。遅くなっちゃったけど、国際科学研究所から、この前やっと、返してもらえたところなの」
「あ、ありがとうございます」
杏里は頭を下げた。
赤い真珠事件のクライマックス。
外道の残した台詞が気になって、杏里は今月の初め、ヤチカに頼んだのだった。
ウロボロスの画像を送ってほしいと。
なぜってあの時、外道は言ったのだ。
この機会を逃すと、次に地龍が目覚めるのは半年後…と。
その半年を、もう過ぎてしまっているのである。
だからと言って、あの炬燵が地龍とやらとはとても思えない。
同じ怪物でも、あれは竜というより、むしろ貝だ。
炬燵状の殻をかぶった軟体動物だったのだ。
だから、「次がある」というヤチカの予言は、おそらく正しいのだろう。
「それにしてもあなた、また変な事件に巻き込まれちゃったわね」
杏里のよれよれのセーターとスカートを見て、ヤチカが気の毒そうに言った。
「この前、気をつけなさいって言ったばかりなのに」
「すみません」
杏里はうなだれた。
でも、と心の片隅で思う。
これが私の宿命なのだ。
私と、それから、零の…。
「次は、かすり傷では済まないかもよ」
杏里の顔を下から覗き込むようにして、ヤチカが続けた。
「できれば、刑事なんかやめて、いい人見つけて結婚でもしちゃいなさいな」
ははは、と杏里は力なく笑った。
いい人、か。
私のいい人は、ハンターなのだ。
たとえ私が刑事をやめとしても、彼女が災いを連れてくるに決まっている。
「ご忠告、ありがとうございます」
もう一度、無理に笑った時、全身の力が抜けた。
「杏里ちゃん、ちょっと、大丈夫?」
ヤチカのあわてふためく声が、遠くから聞こえてくる。
見る見るうちに地面が迫ってきて、ごつんと額が乾いた音を立てた。
痛みを感じるより、気が遠くなるほうが先だった。
これでゆっくり眠れるね…。
薄れゆく意識の中で、そんなことを思って杏里は微笑んだ。
部屋の中を行ったり来たりしながら、韮崎がぶつぶつつぶやいている。
「体のサイズに合わせて頭蓋骨を乗り換えるヤドカリが居たかと思ったら、今度はよりによって、女子大生を喰う炬燵だと? そんな馬鹿げたもんが、この世に存在するわけがないだろうが」
明け方のことである。
肝をつぶした野崎の通報で、韮崎班と鑑識が駆けつけて来たのだ。
「ニラさんって、ほんと、頭固いよねえ。目の前にいるのに、信じるも信じないもないでしょうに」
担架に乗せて運び出される炬燵の死骸を目で追いながら、七尾ヤチカが呆れたように言う。
「また国立科学研究所行きですか」
そのヤチカに三上が声をかけた。
「ううん。国立じゃなくて国際。もう、この怪生物のオンパレードは、わが国の研究機関の手には負えないから。のっぺらぼう、巨大ヤドカリ、人食い炬燵…次は何かと考えると、ほんと、頭痛くなるわよね」
「まだ次があると?」
高山が青い顔をして訊いた。
「たぶんね。あ、そうそう、杏里ちゃん」
ヤチカが杏里を部屋から外の通路に連れ出した。
「この前頼まれてたウロボロスの羊皮紙、画像に取ってあんたのPCに送っておいたから、落ちついたら見てね。遅くなっちゃったけど、国際科学研究所から、この前やっと、返してもらえたところなの」
「あ、ありがとうございます」
杏里は頭を下げた。
赤い真珠事件のクライマックス。
外道の残した台詞が気になって、杏里は今月の初め、ヤチカに頼んだのだった。
ウロボロスの画像を送ってほしいと。
なぜってあの時、外道は言ったのだ。
この機会を逃すと、次に地龍が目覚めるのは半年後…と。
その半年を、もう過ぎてしまっているのである。
だからと言って、あの炬燵が地龍とやらとはとても思えない。
同じ怪物でも、あれは竜というより、むしろ貝だ。
炬燵状の殻をかぶった軟体動物だったのだ。
だから、「次がある」というヤチカの予言は、おそらく正しいのだろう。
「それにしてもあなた、また変な事件に巻き込まれちゃったわね」
杏里のよれよれのセーターとスカートを見て、ヤチカが気の毒そうに言った。
「この前、気をつけなさいって言ったばかりなのに」
「すみません」
杏里はうなだれた。
でも、と心の片隅で思う。
これが私の宿命なのだ。
私と、それから、零の…。
「次は、かすり傷では済まないかもよ」
杏里の顔を下から覗き込むようにして、ヤチカが続けた。
「できれば、刑事なんかやめて、いい人見つけて結婚でもしちゃいなさいな」
ははは、と杏里は力なく笑った。
いい人、か。
私のいい人は、ハンターなのだ。
たとえ私が刑事をやめとしても、彼女が災いを連れてくるに決まっている。
「ご忠告、ありがとうございます」
もう一度、無理に笑った時、全身の力が抜けた。
「杏里ちゃん、ちょっと、大丈夫?」
ヤチカのあわてふためく声が、遠くから聞こえてくる。
見る見るうちに地面が迫ってきて、ごつんと額が乾いた音を立てた。
痛みを感じるより、気が遠くなるほうが先だった。
これでゆっくり眠れるね…。
薄れゆく意識の中で、そんなことを思って杏里は微笑んだ。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
彼女が愛した彼は
朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。
朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
存在証明X
ノア
ミステリー
存在証明Xは
1991年8月24日生まれ
血液型はA型
性別は 男であり女
身長は 198cmと161cm
体重は98kgと68kg
性格は穏やかで
他人を傷つけることを嫌い
自分で出来ることは
全て自分で完結させる。
寂しがりで夜
部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに
真っ暗にしないと眠れない。
no longer exists…
眼異探偵
知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が
眼に備わっている特殊な能力を使って
親友を救うために難事件を
解決していく物語。
だが、1番の難事件である助手の謎を
解決しようとするが、助手の運命は...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる