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第2章 百合と髑髏の狂騒曲
#15 杏里、夜襲をかける
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「くさいな」
零が言った。
「おそらく外道が絡んでいる。ちょっと待て。今準備するから」
杏里の説明を聞くなり、下着姿でベッドに寝そべっていた零が、むっくりと起き上がった。
あの丈の短い着物と和風ショートパンツに着替えると、
「拳銃はあるか?」
と訊いてきた。
「ないよ、そんなもの。きょうはただの聞き込みだから、携帯許可取ってないもの」
「そうか。じゃ、これを持っていく」
零がサイドテーブルから拾い上げたのは、鋼鉄の矢じりのような武器である。
「苦無?」
「そう。月齢が下り坂だから」
「無理しないで」
「大丈夫。杏里、おまえは私が守る」
抱き寄せられ、キスされた。
零の愛情表現は、いつも刹那的なのだ。
それがまた、杏里にはたまらない。
数分後、ふたりは車の中だった。
深夜で道が空いているとはいえ、目的地の半田市まではけっこう距離がある。
都市高速から湾岸道路に乗り換えると、コンビナートの連なる海岸の風景が両サイドに広がった。
「頭を持ち去る理由、何だと思う?」
ハンドルを握りながら、杏里は訊いた。
「今度は人間の脳を養分にして、真珠を育ててるとか?」
「それはどうかな。ひとり目は産み落とされたばかりの赤ん坊だったんだろう? 真珠が育つ時間がない」
「そうかあ、そうだよね」
2か月前の『赤い真珠事件』。
あの犯人は、8年間、真珠が育つのを待っていたのだった。
「でも、犯人が車を持ってる清掃業者、というのは正しいだろうな。掃除道具入れに首を隠して移動し、自分の車に移す。これなら誰にも見つからない」
「岩田守で間違いないかな? 空振りだったらごめんね。なんだか自信がなくなってきちゃった」
「その女の勘、たぶん時じくの実の効果もあると思う。だから当たってるさ」
「そうなんだ」
「あれはもともと、常世に生えてた神々の食べ物だからな。人間の脳を一時的に活性化させる効果があるのさ。モーツァルトを聴くと、一時的にIQが高くなるのと同じだよ」
「ふうん」
外の風景は、工場群から砂浜に変わっている。
海の家があちこちに見えてきた。
そのまま、単調な道を、無言で走り続けた。
「このへんだよ」
かなり来たところで、カーナビで位置を確認して、杏里は言った。
すでに知多半島に入りかけている。
半田市の真ん中あたりだろうか。
内陸部に少し入ったところに、海の家の駐車場があった。
そこにしばらく車を止めさせてもらうことにする。
外に出ると、波の音が近く、潮の匂いが鼻についた。
「さびしいとこだね」
杏里は周りを見回した。
砂防林と砂浜以外、何もない。
後はスマホのマップ機能が頼りだ。
たどり着いたのは、平屋建ての古い農家だった。
低い生垣の向こうに、平たい母屋とガレージが見えている。
ガレージの中に収まっているのは、白いライトバン。
間違いない。
ここが、岩田守の家なのだ。
「侵入する」
低く抑えた声で零が言った。
「これは警察の仕事じゃない。だから不法侵入もやむを得ない」
「だよね」
杏里は溜息をついた。
ニラさんにバレたら叱られるよなあ。
今更のように、ふとそう思ったのだった。
零が言った。
「おそらく外道が絡んでいる。ちょっと待て。今準備するから」
杏里の説明を聞くなり、下着姿でベッドに寝そべっていた零が、むっくりと起き上がった。
あの丈の短い着物と和風ショートパンツに着替えると、
「拳銃はあるか?」
と訊いてきた。
「ないよ、そんなもの。きょうはただの聞き込みだから、携帯許可取ってないもの」
「そうか。じゃ、これを持っていく」
零がサイドテーブルから拾い上げたのは、鋼鉄の矢じりのような武器である。
「苦無?」
「そう。月齢が下り坂だから」
「無理しないで」
「大丈夫。杏里、おまえは私が守る」
抱き寄せられ、キスされた。
零の愛情表現は、いつも刹那的なのだ。
それがまた、杏里にはたまらない。
数分後、ふたりは車の中だった。
深夜で道が空いているとはいえ、目的地の半田市まではけっこう距離がある。
都市高速から湾岸道路に乗り換えると、コンビナートの連なる海岸の風景が両サイドに広がった。
「頭を持ち去る理由、何だと思う?」
ハンドルを握りながら、杏里は訊いた。
「今度は人間の脳を養分にして、真珠を育ててるとか?」
「それはどうかな。ひとり目は産み落とされたばかりの赤ん坊だったんだろう? 真珠が育つ時間がない」
「そうかあ、そうだよね」
2か月前の『赤い真珠事件』。
あの犯人は、8年間、真珠が育つのを待っていたのだった。
「でも、犯人が車を持ってる清掃業者、というのは正しいだろうな。掃除道具入れに首を隠して移動し、自分の車に移す。これなら誰にも見つからない」
「岩田守で間違いないかな? 空振りだったらごめんね。なんだか自信がなくなってきちゃった」
「その女の勘、たぶん時じくの実の効果もあると思う。だから当たってるさ」
「そうなんだ」
「あれはもともと、常世に生えてた神々の食べ物だからな。人間の脳を一時的に活性化させる効果があるのさ。モーツァルトを聴くと、一時的にIQが高くなるのと同じだよ」
「ふうん」
外の風景は、工場群から砂浜に変わっている。
海の家があちこちに見えてきた。
そのまま、単調な道を、無言で走り続けた。
「このへんだよ」
かなり来たところで、カーナビで位置を確認して、杏里は言った。
すでに知多半島に入りかけている。
半田市の真ん中あたりだろうか。
内陸部に少し入ったところに、海の家の駐車場があった。
そこにしばらく車を止めさせてもらうことにする。
外に出ると、波の音が近く、潮の匂いが鼻についた。
「さびしいとこだね」
杏里は周りを見回した。
砂防林と砂浜以外、何もない。
後はスマホのマップ機能が頼りだ。
たどり着いたのは、平屋建ての古い農家だった。
低い生垣の向こうに、平たい母屋とガレージが見えている。
ガレージの中に収まっているのは、白いライトバン。
間違いない。
ここが、岩田守の家なのだ。
「侵入する」
低く抑えた声で零が言った。
「これは警察の仕事じゃない。だから不法侵入もやむを得ない」
「だよね」
杏里は溜息をついた。
ニラさんにバレたら叱られるよなあ。
今更のように、ふとそう思ったのだった。
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