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第2章 百合と髑髏の狂騒曲
#14 杏里、犯人をつきとめる
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目当ての会社は、古い雑居ビルの2階にあった。
蛍光灯の光に照らされた、殺風景なオフィスだった。
夜の10時を過ぎているため、社員はその若い男ひとりしかいなかった。
杏里と韮崎は、中身のはみ出たソファに座り、その30歳くらいの若者と向かい合っていた。
テーブルの上には、履歴書が3枚。
「おたずねは、この3人ですね」
杏里は身を乗り出した。
ブラウスの胸元のボタンをはずしているので、前かがみになると途端に乳房がぽろりとこぼれ出そうになった。
それにいち早く気づいたのだろう。
男が顔を赤くして、あわてて杏里の胸の谷間から目を逸らす。
「この人です」
杏里が指さしたのは、左端の履歴書だった。
写真に写っているのは、前髪の長い、陰気そうな眼つきをした若者である。
「岩田ですか。またどうして?」
「時間帯です。どの現場でも、事件が起きているのは、この人の勤務時間中なんです」
「確かにそうだが、先入観はミスのもとだ。一応、3人とも、住所と電話番号を控えておくんだ」
韮崎が釘を刺してきた。
が、杏里は写真の若者をじっと睨みつけている。
こいつだ。
これは、刑事の勘というより、女の勘というやつだ。
ほかのふたりに比べて、この瞳の昏さはどうだ。
何も見ていないような、魂の抜けたうつろな目。
絶対こいつ。
もう決めた。
「岩田なら、明日は非番ですから、家にいるはずですよ。いや、勤務態度は悪くないんですけどね、写真の通り陰気な奴で。無口だし、愛想もないし。何考えてるのかさっぱりですから、彼女なんているはずもなし。きっと一日中、家でごろごろしてるんじゃないですか?」
「家は半田市か。けっこう遠いな。こいつ、車は持ってるのか」
「ええ。通勤はふつう、公共交通機関なんですけどね。前に緊急の出勤を頼んだ時に、家の車だと
か言って、ライトバンに乗ってきたことがあります」
「実家は何をやってるんだ?」
「さあ…母ひとり、子ひとりの家庭だと聞いたことがありますが、それ以上のことは…」
「わかった。ありがとう。帰り際に、済まなかったな」
杏里が手帳に必要事項をメモし終えると、礼を言って韮崎が立ち上がった。
「ニラさん、早速行ってみましょうよ」
覆面パトカーに戻ると、興奮の冷めやらぬ口調で、杏里は韮崎に詰め寄った。
「はあ? 行くってどこへだ?」
大儀そうに、韮崎がふり向いた。
歳のせいか、相当疲れているようである。
「決まってるじゃないですか! この岩田守って男のとこですよ。早く逮捕しないと、逃げちゃいますって!」
「おまえなあ」
うんざりしたように、韮崎が言う。
「何の証拠もないのに、いきなりそんなことできるわけないだろ? その勤務表だって、たかが状況証拠に過ぎないんだ。死体や現場から、磐田の指紋や体液が出たなら話は別だが。もう少し周りを固めてからじゃないと、捜査令状も下りねえんだよ。だいたいな、今何時だと思ってる? 今から半田に行ったんじゃ、着いた頃には、もう真夜中だ。常識外れにもほどがある」
「でも…」
半田市というのは、ここ那古野市から南に行った、知多半島のつけ根あたりに位置する都市である。
車を飛ばしても、確かに1時間以上かかるだろう。
「明日非番だっていうんだから、明日行けば十分だよ。ほかのふたりにもあたる必要があるし、メンバー総動員で聞き込みから始めるんだ」
また聞き込みかあ。
杏里は唇を噛んだ。
そんなふうにのんびりしてたら、また被害者が出ちゃうかもしれないのに…。
「安心しろ。理由はわからんが、犯行は今のところ1週間ごとに起きている。だから、次の犯行までは、あと5日はあるはずだろ?」
1週間ごと…。
そうだった。
杏里は唇を噛んだ。
でも、なぜだろう?
それから、被害者の年齢。
赤ちゃん、小学生、中学生と、だんだん大きくなっている。
これはどういうことなのか。
このままだと、さしずめ次の被害者は、女子高生か女子大生ということになるのだろうか。
家の前で降ろされ、韮崎の車が国道のほうに消えた時、杏里は決心した。
行ってみよう。
容疑者の家へ。
もちろん、ひとりではない。
零。
そう、零に同行を頼むのだ。
蛍光灯の光に照らされた、殺風景なオフィスだった。
夜の10時を過ぎているため、社員はその若い男ひとりしかいなかった。
杏里と韮崎は、中身のはみ出たソファに座り、その30歳くらいの若者と向かい合っていた。
テーブルの上には、履歴書が3枚。
「おたずねは、この3人ですね」
杏里は身を乗り出した。
ブラウスの胸元のボタンをはずしているので、前かがみになると途端に乳房がぽろりとこぼれ出そうになった。
それにいち早く気づいたのだろう。
男が顔を赤くして、あわてて杏里の胸の谷間から目を逸らす。
「この人です」
杏里が指さしたのは、左端の履歴書だった。
写真に写っているのは、前髪の長い、陰気そうな眼つきをした若者である。
「岩田ですか。またどうして?」
「時間帯です。どの現場でも、事件が起きているのは、この人の勤務時間中なんです」
「確かにそうだが、先入観はミスのもとだ。一応、3人とも、住所と電話番号を控えておくんだ」
韮崎が釘を刺してきた。
が、杏里は写真の若者をじっと睨みつけている。
こいつだ。
これは、刑事の勘というより、女の勘というやつだ。
ほかのふたりに比べて、この瞳の昏さはどうだ。
何も見ていないような、魂の抜けたうつろな目。
絶対こいつ。
もう決めた。
「岩田なら、明日は非番ですから、家にいるはずですよ。いや、勤務態度は悪くないんですけどね、写真の通り陰気な奴で。無口だし、愛想もないし。何考えてるのかさっぱりですから、彼女なんているはずもなし。きっと一日中、家でごろごろしてるんじゃないですか?」
「家は半田市か。けっこう遠いな。こいつ、車は持ってるのか」
「ええ。通勤はふつう、公共交通機関なんですけどね。前に緊急の出勤を頼んだ時に、家の車だと
か言って、ライトバンに乗ってきたことがあります」
「実家は何をやってるんだ?」
「さあ…母ひとり、子ひとりの家庭だと聞いたことがありますが、それ以上のことは…」
「わかった。ありがとう。帰り際に、済まなかったな」
杏里が手帳に必要事項をメモし終えると、礼を言って韮崎が立ち上がった。
「ニラさん、早速行ってみましょうよ」
覆面パトカーに戻ると、興奮の冷めやらぬ口調で、杏里は韮崎に詰め寄った。
「はあ? 行くってどこへだ?」
大儀そうに、韮崎がふり向いた。
歳のせいか、相当疲れているようである。
「決まってるじゃないですか! この岩田守って男のとこですよ。早く逮捕しないと、逃げちゃいますって!」
「おまえなあ」
うんざりしたように、韮崎が言う。
「何の証拠もないのに、いきなりそんなことできるわけないだろ? その勤務表だって、たかが状況証拠に過ぎないんだ。死体や現場から、磐田の指紋や体液が出たなら話は別だが。もう少し周りを固めてからじゃないと、捜査令状も下りねえんだよ。だいたいな、今何時だと思ってる? 今から半田に行ったんじゃ、着いた頃には、もう真夜中だ。常識外れにもほどがある」
「でも…」
半田市というのは、ここ那古野市から南に行った、知多半島のつけ根あたりに位置する都市である。
車を飛ばしても、確かに1時間以上かかるだろう。
「明日非番だっていうんだから、明日行けば十分だよ。ほかのふたりにもあたる必要があるし、メンバー総動員で聞き込みから始めるんだ」
また聞き込みかあ。
杏里は唇を噛んだ。
そんなふうにのんびりしてたら、また被害者が出ちゃうかもしれないのに…。
「安心しろ。理由はわからんが、犯行は今のところ1週間ごとに起きている。だから、次の犯行までは、あと5日はあるはずだろ?」
1週間ごと…。
そうだった。
杏里は唇を噛んだ。
でも、なぜだろう?
それから、被害者の年齢。
赤ちゃん、小学生、中学生と、だんだん大きくなっている。
これはどういうことなのか。
このままだと、さしずめ次の被害者は、女子高生か女子大生ということになるのだろうか。
家の前で降ろされ、韮崎の車が国道のほうに消えた時、杏里は決心した。
行ってみよう。
容疑者の家へ。
もちろん、ひとりではない。
零。
そう、零に同行を頼むのだ。
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