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第2章 百合と髑髏の狂騒曲
#12 杏里、冴えわたる
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第1の現場、瑞穂グラウンド内にある交通公園の女子トイレ。
第3の現場、那古野駅構内にそびえる、JR高島屋7階の女子トイレ。
覆面パトカーでかけつけると、案の定、どちらの現場にも、にもそれはあった。
3つの現場を回り終えた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
韮崎がおごってやるというので入った、駅裏の屋台。
そのカウンターでラーメンをすすりながら、杏里は集めた3枚の紙を韮崎につきつけた。
「犯人は、この中にいます」
「何言ってんだ? おまえは」
バカにしたように鼻を鳴らして、韮崎が紙を受け取った。
「鑑識と科捜研がしらみつぶしに探してわからなかったものが、ひよっこのおまえにわかるわけがないだろう?」
「ポーの『盗まれた手紙』ですよ」
ブラウスを押し上げているたわわな胸を張って、得意げに杏里は言った。
「いちばん見つかりにくいものは、いちばん目立つ場所にさりげなくあるものなんです」
「だいたい、何なんだこれは? きたねえな。トイレ掃除の点検表じゃねえか」
「事件の日付の所を見てください。これが交通公園、こっちが川奈公園、最後のこれが高島屋のトイレに貼ってあったものです。何か気がつきませんか?」
「なんだと? 事件の日といやあ、交通公園が6月30日、川奈公園が7月8日、高島屋が7月16日だろ? ん? なんだ? 印鑑が同じ? こりゃ、どういうことだ?」
「この3つの現場は、同じ清掃会社が掃除を受け持ってるんですよ。しかも、同じメンバーが組になって、清掃を担当してるんです」
杏里が見つけたのは、それぞれの現場の壁に張ってあった、掃除のチェック表だった。
左側に日付があり、掃除を済ませるとその証拠に右側に担当がハンコを押すようになっている。
杏里が注目したのは、それぞれの表の、事件のあった日付の欄だった。
時間帯によって分けてあるのだろう。
ひとつの日付につき、ハンコを押す欄は更に3段に分かれている。
つまり、1日に3人の担当が交代で掃除を受け持つというわけだ。
そこに押してあるハンコが、事件のあった3日間に関しては、皆同じ3人のものなのである。
「『(株)那古野清掃』か。そのまんまの名前だな。本社は…中川区。うーん、これは、ひょっとするとひょっとするかもだぞ」
韮崎がいきなり杏里の髪の毛を、5本の指でぐしゃぐしゃかきまぜた。
「笹原、でかした。2週間の無断欠勤は帳消しにしてやる。よし、今からならまだ間に合うかもしれん。急げ。この『那古野清掃』に押しかけて、この3人の住所を聞き出すんだ」
事件の日の欄に捺印されていた名前は、安岡、岩田、田中の3つ。
犯人は、まず間違いなく、この中にいる。
「私、思ったんです。首を入れる大きなバッグみたいなものを持ってても、怪しまれない人は、いったいどんな人だろうって。事件はみんな、トイレで起きている。とすれば、掃除道具を入れたカートを押している清掃員の人なら、誰も怪しまないんじゃないかって」
ラーメンの汁をどんぶりの底が見えるまですすり終えると、興奮気味に杏里は言った。
「モップや箒を入れたカートの中になら、凶器も切断した首も、どっちも隠せるじゃないですか」
「おまえ、いつからそんなに賢くなった?」
韮崎が疑わしそうに目を細めて杏里を見つめた。
「休み中に天国にでも行って、知恵の実でも食べたのか?」
あ。
と杏里は思った。
そういえば、時じくの実。
おなかいっぱい、食べたんだった。
もしかしたら、あれのせいかも?
「食ったか。なら、行くぞ」
韮崎が腰を上げた。
「はい!」
杏里は敬礼した。
「班長、ごちそうさまでした!」
「声がでかい」
顔をしかめる韮崎。
「今度は私が運転します」
杏里は元気よく手を差し出した。
「ニラさんは、後ろでゆっくり休んでてくださいな」
第3の現場、那古野駅構内にそびえる、JR高島屋7階の女子トイレ。
覆面パトカーでかけつけると、案の定、どちらの現場にも、にもそれはあった。
3つの現場を回り終えた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
韮崎がおごってやるというので入った、駅裏の屋台。
そのカウンターでラーメンをすすりながら、杏里は集めた3枚の紙を韮崎につきつけた。
「犯人は、この中にいます」
「何言ってんだ? おまえは」
バカにしたように鼻を鳴らして、韮崎が紙を受け取った。
「鑑識と科捜研がしらみつぶしに探してわからなかったものが、ひよっこのおまえにわかるわけがないだろう?」
「ポーの『盗まれた手紙』ですよ」
ブラウスを押し上げているたわわな胸を張って、得意げに杏里は言った。
「いちばん見つかりにくいものは、いちばん目立つ場所にさりげなくあるものなんです」
「だいたい、何なんだこれは? きたねえな。トイレ掃除の点検表じゃねえか」
「事件の日付の所を見てください。これが交通公園、こっちが川奈公園、最後のこれが高島屋のトイレに貼ってあったものです。何か気がつきませんか?」
「なんだと? 事件の日といやあ、交通公園が6月30日、川奈公園が7月8日、高島屋が7月16日だろ? ん? なんだ? 印鑑が同じ? こりゃ、どういうことだ?」
「この3つの現場は、同じ清掃会社が掃除を受け持ってるんですよ。しかも、同じメンバーが組になって、清掃を担当してるんです」
杏里が見つけたのは、それぞれの現場の壁に張ってあった、掃除のチェック表だった。
左側に日付があり、掃除を済ませるとその証拠に右側に担当がハンコを押すようになっている。
杏里が注目したのは、それぞれの表の、事件のあった日付の欄だった。
時間帯によって分けてあるのだろう。
ひとつの日付につき、ハンコを押す欄は更に3段に分かれている。
つまり、1日に3人の担当が交代で掃除を受け持つというわけだ。
そこに押してあるハンコが、事件のあった3日間に関しては、皆同じ3人のものなのである。
「『(株)那古野清掃』か。そのまんまの名前だな。本社は…中川区。うーん、これは、ひょっとするとひょっとするかもだぞ」
韮崎がいきなり杏里の髪の毛を、5本の指でぐしゃぐしゃかきまぜた。
「笹原、でかした。2週間の無断欠勤は帳消しにしてやる。よし、今からならまだ間に合うかもしれん。急げ。この『那古野清掃』に押しかけて、この3人の住所を聞き出すんだ」
事件の日の欄に捺印されていた名前は、安岡、岩田、田中の3つ。
犯人は、まず間違いなく、この中にいる。
「私、思ったんです。首を入れる大きなバッグみたいなものを持ってても、怪しまれない人は、いったいどんな人だろうって。事件はみんな、トイレで起きている。とすれば、掃除道具を入れたカートを押している清掃員の人なら、誰も怪しまないんじゃないかって」
ラーメンの汁をどんぶりの底が見えるまですすり終えると、興奮気味に杏里は言った。
「モップや箒を入れたカートの中になら、凶器も切断した首も、どっちも隠せるじゃないですか」
「おまえ、いつからそんなに賢くなった?」
韮崎が疑わしそうに目を細めて杏里を見つめた。
「休み中に天国にでも行って、知恵の実でも食べたのか?」
あ。
と杏里は思った。
そういえば、時じくの実。
おなかいっぱい、食べたんだった。
もしかしたら、あれのせいかも?
「食ったか。なら、行くぞ」
韮崎が腰を上げた。
「はい!」
杏里は敬礼した。
「班長、ごちそうさまでした!」
「声がでかい」
顔をしかめる韮崎。
「今度は私が運転します」
杏里は元気よく手を差し出した。
「ニラさんは、後ろでゆっくり休んでてくださいな」
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