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第2章 百合と髑髏の狂騒曲
#9 杏里、驚愕する
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お館様の屋敷で一晩過ごした。
零と未明まで睦み合う、濃厚な一夜だった。
翌日は昼近くに起き、お館様に呼ばれた零を屋敷に残して、杏里はひとり里を散策した。
再び零と合流して、あの通路を抜けると、川岸には舟が待っていた。
船頭はねずみそっくりの顔をした老人で、零は爺と呼んだ。
「心配するな。爺は鉄鼠だ。怖がる必要はない」
ねずみの苦手な杏里がほんの少し硬直したのに気づいて、零が言った。
テッソ?
テッソって何?
よくわからなかったが、オシラサマが存在するのなら、そのようなものも現実に居るのだろうと思い、老人に軽く会釈して舟の後部に腰を落ち着けた。
元の岸に戻ると、幸いなことに服や小物は無事だった。
岩陰でタンクトップとショートパンツに着替えると、杏里はほっと溜息をついた。
いくらスタイル自慢でも、丸2日ビキニで過ごすのはさすがに疲れたからである。
「よかったね。時じくの実、いっぱいお土産にもらったし。これで当分私の血をあげなくてもいいね」
「まあ、理屈はそうだが、少しは分けてほしいところだな。おまえの生き血の味を知った今の私にとっては、時じくの実なんて非常食に過ぎない」
「んもう、零ったら、ほんとエッチなんだから」
くちびるを尖らせて、何気なくいつものくせでスマホに目をやった杏里は、
「あれ?」
と声を上げていた。
画面が暗くなっている。
バッテリーが上がっているのだ。
「どうした?」
岩の間をすいすいと泳ぐように歩きながら、零が訊く。
「スマホが…。おかしいなあ、いったん充電したら、3,4日はもつはずなのに」
その翌日。
普段より30分早く出勤した杏里は、捜査一課のフロアにメンバーが全員そろっているのを見て、目を丸くした。
「あれえ? どうしちゃったんですかあ、皆さん? こんな朝早くから?」
「あ、杏里ちゃんだ…」
杏里の声に振り向いた高山が、幽霊でも見たように絶句した。
「杏里ちゃん、生きてたのか…?」
三上まで顔に驚愕の表情を浮かべている。
「あ、杏里先輩、よくまあ、ご無事で…」
見ると、山田も野崎も同様だった。
「ささはらああ!」
いきなり怒鳴ったのは、韮崎である。
「貴様、今までどこに行ってやがった? 俺は確かに振休を勧めたが、誰が2週間も休めと言った? 世界一周旅行にでも出かけてやがったか? 刑事が行方不明になってどうする? 捜査願を出すわけにもいかねえから、三課の手も借りて、みんなで捜してたとこだったんだぞ!」
「ちょ、ちょっとニラさん、何言ってるんですか? 2週間って何です? 私ってば、たった1日お休みいただいただけですよ?」
「じゃあ、きょうは何日だ?」
「えーっと、ですから、確か7月4日かと…」
幼稚園の交通教室のヘルプに行き、胎児の首なし死体に遭遇したのが、1日。
瑞穂署の報告を聞いたのが、2日。
零と一緒に里に行ったのが、3日。
なあんだ。やっぱり7月4日じゃない。
「杏里ちゃん、これを見ろ」
三上が朝刊を差し出した。
「何日付の新聞か、わかるか」
「何ですかぁ、三上さんまで。何日付って…え? あれ? 17日? そ、そんな」
杏里は青ざめた。
「おかしいですよ! そんなの!」
ばたばたと走り回った。
壁の日めくりカレンダー。
パソコンの日付。
そして何より、充電したばかりの自分のスマートホン。
みんな、7月17日を示していた。
「ああ…そういうことかあ」
杏里は脱力して、へなへなと椅子に座り込んだ。
里に着いた時、零は言ったのだ。
-ここは、時間が停まっているー
と。
「私、浦島太郎になっちゃった…」
呆然とつぶやいた時である。
「まあいい。それより出かけるぞ。ぼやぼやしてると間に合わん」
韮崎がイラついた口調で言った。
「どこへですか?」
「本部だよ。合同捜査会議だ」
三上が耳打ちした。
「何か、あったんですか? 私のいない間に?」
「昨日の夜、見つかったんだ。3件目の首なし死体が」
「…3件目?」
「おまえが旅行行ってる間にな、もうひとり出たんだよ。首なし死体が。だから最初の赤ん坊と合わせて、きのうので3件目というわけだ」
「ま、まさか…」
青を通り越して、杏里は白くなった。
連続首切り事件?
子宮の次は、首…?
「いつまで時差ボケしてやがる! さ、立て。笹原、おまえも来るんだよ!」
「は、はい!」
杏里は飛び上がって、敬礼した。
5人の後に続いて階段を駆け下りながら、ふと思った。
今度もまた、やつらの仕業だろうか。
だとしたら、また零に、助っ人を頼むことになるかもしれない…。
零と未明まで睦み合う、濃厚な一夜だった。
翌日は昼近くに起き、お館様に呼ばれた零を屋敷に残して、杏里はひとり里を散策した。
再び零と合流して、あの通路を抜けると、川岸には舟が待っていた。
船頭はねずみそっくりの顔をした老人で、零は爺と呼んだ。
「心配するな。爺は鉄鼠だ。怖がる必要はない」
ねずみの苦手な杏里がほんの少し硬直したのに気づいて、零が言った。
テッソ?
テッソって何?
よくわからなかったが、オシラサマが存在するのなら、そのようなものも現実に居るのだろうと思い、老人に軽く会釈して舟の後部に腰を落ち着けた。
元の岸に戻ると、幸いなことに服や小物は無事だった。
岩陰でタンクトップとショートパンツに着替えると、杏里はほっと溜息をついた。
いくらスタイル自慢でも、丸2日ビキニで過ごすのはさすがに疲れたからである。
「よかったね。時じくの実、いっぱいお土産にもらったし。これで当分私の血をあげなくてもいいね」
「まあ、理屈はそうだが、少しは分けてほしいところだな。おまえの生き血の味を知った今の私にとっては、時じくの実なんて非常食に過ぎない」
「んもう、零ったら、ほんとエッチなんだから」
くちびるを尖らせて、何気なくいつものくせでスマホに目をやった杏里は、
「あれ?」
と声を上げていた。
画面が暗くなっている。
バッテリーが上がっているのだ。
「どうした?」
岩の間をすいすいと泳ぐように歩きながら、零が訊く。
「スマホが…。おかしいなあ、いったん充電したら、3,4日はもつはずなのに」
その翌日。
普段より30分早く出勤した杏里は、捜査一課のフロアにメンバーが全員そろっているのを見て、目を丸くした。
「あれえ? どうしちゃったんですかあ、皆さん? こんな朝早くから?」
「あ、杏里ちゃんだ…」
杏里の声に振り向いた高山が、幽霊でも見たように絶句した。
「杏里ちゃん、生きてたのか…?」
三上まで顔に驚愕の表情を浮かべている。
「あ、杏里先輩、よくまあ、ご無事で…」
見ると、山田も野崎も同様だった。
「ささはらああ!」
いきなり怒鳴ったのは、韮崎である。
「貴様、今までどこに行ってやがった? 俺は確かに振休を勧めたが、誰が2週間も休めと言った? 世界一周旅行にでも出かけてやがったか? 刑事が行方不明になってどうする? 捜査願を出すわけにもいかねえから、三課の手も借りて、みんなで捜してたとこだったんだぞ!」
「ちょ、ちょっとニラさん、何言ってるんですか? 2週間って何です? 私ってば、たった1日お休みいただいただけですよ?」
「じゃあ、きょうは何日だ?」
「えーっと、ですから、確か7月4日かと…」
幼稚園の交通教室のヘルプに行き、胎児の首なし死体に遭遇したのが、1日。
瑞穂署の報告を聞いたのが、2日。
零と一緒に里に行ったのが、3日。
なあんだ。やっぱり7月4日じゃない。
「杏里ちゃん、これを見ろ」
三上が朝刊を差し出した。
「何日付の新聞か、わかるか」
「何ですかぁ、三上さんまで。何日付って…え? あれ? 17日? そ、そんな」
杏里は青ざめた。
「おかしいですよ! そんなの!」
ばたばたと走り回った。
壁の日めくりカレンダー。
パソコンの日付。
そして何より、充電したばかりの自分のスマートホン。
みんな、7月17日を示していた。
「ああ…そういうことかあ」
杏里は脱力して、へなへなと椅子に座り込んだ。
里に着いた時、零は言ったのだ。
-ここは、時間が停まっているー
と。
「私、浦島太郎になっちゃった…」
呆然とつぶやいた時である。
「まあいい。それより出かけるぞ。ぼやぼやしてると間に合わん」
韮崎がイラついた口調で言った。
「どこへですか?」
「本部だよ。合同捜査会議だ」
三上が耳打ちした。
「何か、あったんですか? 私のいない間に?」
「昨日の夜、見つかったんだ。3件目の首なし死体が」
「…3件目?」
「おまえが旅行行ってる間にな、もうひとり出たんだよ。首なし死体が。だから最初の赤ん坊と合わせて、きのうので3件目というわけだ」
「ま、まさか…」
青を通り越して、杏里は白くなった。
連続首切り事件?
子宮の次は、首…?
「いつまで時差ボケしてやがる! さ、立て。笹原、おまえも来るんだよ!」
「は、はい!」
杏里は飛び上がって、敬礼した。
5人の後に続いて階段を駆け下りながら、ふと思った。
今度もまた、やつらの仕業だろうか。
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