サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第2章 百合と髑髏の狂騒曲

#8 杏里、礼を言われる

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 どこかクルミに似た食材だった。

 表面が皺だらけで真ん中に割れ目があるため、なんだか人間の脳の形にも似ている。

「このまま、食べるんですか?」

 疑いの目を向けると、

「そうですよ、どうぞ遠慮なく、めしあがれ」

 かすかに微笑んで、女がうなずいた。

 一番小さいのを指でつまみ、おっかなびっくり、口に入れてみた。

 一口齧ると、馥郁たる香りが口の中いっぱいに広がった。

 「わ、何これ、おいしい!」

 気がつくと、杏里は夢中で食べていた。

 上質のミディアムのステーキを、更に濃縮したような味だった。

 その濃厚な味には中毒性があるのか、一つ食べるともうやめられなくなってしまったのだ。

 何もかも忘れて夢中で食べていると、いつのまにか席を外していた女が戻ってきて、声を立てて笑いながら言った。

「まあ、すごい食欲だこと」

「あ、すみません」

 杏里は真っ赤になって手を休めた。

 これではダイエットどころではないだろう。

 このまま食べ続けたら、ますます太ってしまうではないか。

 いや、というか、皿はすでに空になってしまっている。
 
「あの、質問、いいですか?」

 照れ隠しに、訊いた。

「なあに?」

 女が上品に首を傾げてみせる。

「さっき、零はあなたのこと、乳母って呼んでましたけど、あなたが彼女を育てたんですか?」

「そうですよ」

 女がうなずいた。

「ここにいた子どもたちは、みな私がお世話しました」

 が、そこでふいに悲しそうな口調になると、長い顔を伏せて言った。

「でも、その子どもたちも、零様しか、今はもう残っていないのですけれど」

「それ、どういうことです?」

 女は答えなかった。

 その代わりに、急に明るい声に戻ると、空になった皿を片付けながら、例のおっとりした口調で言った。

「そんなことより、お館様がお呼びです。急いで奥の間においでくださいませ」





 これが、お館様…。

 杏里はただ茫然と頭上を見上げ、心の中でつぶやいた。

 四方を屏風で囲まれた奥の間。

 その正面に、白装束に身を固めた女性が正座している。

 驚くべきは、その首から上だった。

 お館様の顔は、あの乳母にそっくりだ。

 異様に縦に長いうりざね顔。

 目と鼻はなく、おちょぼ口が顎のあたりについている。

 違いはそのサイズである。

 お館様の頭部は、度肝を抜かれるほど巨大だったのだ。

 顎の先から頭のてっぺんまで、余裕で1メートルはありそうだ。

 まさにキングサイズのオシラサマ。

 そんな感じなのである。

 が、あの乳母同様、やはり、怖いとは思わなかった。

 目鼻のないところなど、外観は確かにあの外道に似ていないこともない。

 しかし、醸し出す雰囲気がまるで違っていた。

 親密感。

 温かみ。
 
 お館様の周囲には、光とぬくもりが満ちているようなのだ。


「零から聞いた。おぬしが杏里か。人魚の血を引く者よ」

 絹を思わせる柔らかな声で、お館様がたずねた。

「は、はい」

 杏里は畳に頭を擦りつけた。

 人魚云々については、自分自身でも半信半疑である。

 それより今は、自分が場違いなビキニ姿であることが、まず恥ずかしくてならなかった。

「こうべをあげよ」

「は、はあ」

 言われた通り顔を上げると、眼のないお館様が、じっと杏里のほうを見下ろしていた。

「おぬしのおかげで、零の身体に染みついていた瘴気が薄れた。礼を言うぞ」

「は、はい」

「これからも末永く、その子を頼む。零はわれらの最後の希望。幸い、その子もおぬしのことを好いておるようじゃ。強いように見えても、零はまだひよっこに過ぎぬ。おぬしの力で、最後の最後まで、守ってやってほしい」

 零が、ひよっこ?

 私が、零を守る?

 そんなことが、ありえるだろうか?

「今晩は、ふたりとも思う存分睦み合うがいい。愛情を確かめ合い、辛い明日に備えるのじゃ。すべてのものが拡大し、増殖することしか考えぬこの狂った世界では、おまえたち若い衆の、心の持ちようだけが、頼りなのだからな」

 睦み合うって…まさか。

 杏里がその意味に気づいて耳たぶまで朱に染めた時、隣に座っていた零がぎゅっと手を握ってきた。

 その零の手も、いつもと違って、熱病に罹ったみたいに熱を持っていた。

 
 
 







 
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