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第2章 百合と髑髏の狂騒曲
#7 杏里、ごちそうになる
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不思議な世界だった。
まるで日本が最も美しかったころの風景を、そのまま切り取って再現したかのようだ。
空は茜色に染まり、あるかなきかの風に草花たちが優しくなびいている。
「もうこんな時間なの? さっきまでは、あんなに空が青かったのに」
零の肩に頭を乗せて杏里がたずねると、静かな口調で零が答えた。
「そうじゃない。ここはいつでも夕暮れ時なんだ。時の流れが停まっているんでね」
自然の中というシチュエーションは、室内よりもずっと、性欲を刺激するのかもしれない。
岩陰で零に愛されると、杏里は嬌声を上げ、何度も果てた。
もとより女同士なのだから、本物の性行為は不可能だ。
だが、零は巧みだった。
犬のように高々と尻を上げた杏里を、舌と指で後ろから、時に激しく、時に繊細に、責めて攻めて、攻めまくった。
愛液でぬれそぼった尻の間に零の舌が挿入されるたび、杏里はあまりの快感にすすり泣いた。
そしてまた仰向けにされ、乳房をもぎ取るように弄られると、甘えた声で零の名を呼ぶのだった…。
とろけるようなひと時が去ると、火照った身体と頭を冷やすため、杏里はそっと川に入った。
ダム湖の水面は鏡のように凪いでおり、全身の力を抜いて浮かぶのにちょうどよかった。
真っ青な空を眺めながらそうして水に浮かんでいると、杏里はとても幸せな気分になってきた。
伸ばした手足の先まで幸福感が広がっていき、開けたままの目尻に嬉し涙が滲み出した。
「零、好きだよ」
空に向かってつぶやくと、右手に温かいものが触れてきた。
隣に浮かんだ零の指先だった。
「私もだ」
零が言い、強く杏里の手を握ってきた。
そして、長い時間、そのままふたり、水面をたゆたった。
だから、ふたりが対岸に渡って、ひっそりと草むらに開いた洞穴をくぐったのは、つい先ほどのことである。
短い通路を通り抜けると、そこはもう”里”の一部だった。
ふと気がつくと、杏里はいつの間にか、童謡めいた光景の只中に、零と一緒にぼんやり佇んでいたのだ…。
零が杏里をいざなったのは、鬱蒼たる森を背にした平屋建ての大きな建物だった。
茅葺屋根に覆われたその建物の縁側に上がると、奥から着物姿の女が姿を現した、
「まあ、零さま、お珍しい」
女の顔をひと目見て、杏里は喉の奥で小さな声を立てた。
女は不思議な顔をしていた。
典型的なうりざね顔なのだが、目鼻がない。
面長の顔のずっと下のほうに、口紅を塗ったおちょぼ口がついているだけなのである。
その他は普通で、長い黒髪を肩まで垂らしている。
水仙をあしらった着物は涼しげで、女の身体の丸いラインを強調していた。
「驚くな。乳母はオシラサマだ。お館さまもな」
杏里の手を握って、零が言った。
「オシラサマ?」
「ああ。おまえたち人間とは別の生態系に属する存在だが、外道みたいに邪悪ではない」
「外道とわれらを一緒にしないでくださいな」
零の言葉を耳にして、女が鈴を振るような声でコロコロ笑った。
「それでこの方は? ここに入れるということは、ただの人間じゃありますまい」
「杏里は人魚の血を引く者だ。私はお館さまに報告がある。私が戻るまで、少し杏里をもてなしてやってくれないか」
「人魚の血を引く者ですって?」
女は俄然杏里に興味を抱いたようだった。
「まあまあ、そうとは知らずにご無礼を。ささ、おあがりになってくださいまし」
杏里の手を引くと、左手の大広間のほうに連れていく。
零が奥に消えると、杏里は長方形の座卓の上座に座らされた。
「大したものはございませぬが、しばしお待ちを」
前庭に面した廊下を、足音も立てずに女が歩き去る。
杏里はもの珍しげに周囲を見回した。
年季の入った柱や天井の梁。
香ばしい香りのする青々とした畳表。
座卓は漆塗りで、ずいぶん古いもののようだ。
障子戸を開け放した先に見える庭は、見事なまでの枯山水である。
「おまちどうさま」
女が戻ってきた。
異形の顔も、慣れてきたのか、少しも怖くなかった。
むしろその上品な口調や身のこなしには、好感を覚えるほどだ。
女が杏里の前に置いたのは、香ばしい香りを立てる熱い緑茶が入った湯呑と、山盛りの木の実を盛った皿だった。
「何ですか? これ」
不思議に思って杏里が訊くと、くっくっと笑って女が言った。
「これぞ時じくの実。ここでしか食せぬ、常世の食べ物ですのよ」
まるで日本が最も美しかったころの風景を、そのまま切り取って再現したかのようだ。
空は茜色に染まり、あるかなきかの風に草花たちが優しくなびいている。
「もうこんな時間なの? さっきまでは、あんなに空が青かったのに」
零の肩に頭を乗せて杏里がたずねると、静かな口調で零が答えた。
「そうじゃない。ここはいつでも夕暮れ時なんだ。時の流れが停まっているんでね」
自然の中というシチュエーションは、室内よりもずっと、性欲を刺激するのかもしれない。
岩陰で零に愛されると、杏里は嬌声を上げ、何度も果てた。
もとより女同士なのだから、本物の性行為は不可能だ。
だが、零は巧みだった。
犬のように高々と尻を上げた杏里を、舌と指で後ろから、時に激しく、時に繊細に、責めて攻めて、攻めまくった。
愛液でぬれそぼった尻の間に零の舌が挿入されるたび、杏里はあまりの快感にすすり泣いた。
そしてまた仰向けにされ、乳房をもぎ取るように弄られると、甘えた声で零の名を呼ぶのだった…。
とろけるようなひと時が去ると、火照った身体と頭を冷やすため、杏里はそっと川に入った。
ダム湖の水面は鏡のように凪いでおり、全身の力を抜いて浮かぶのにちょうどよかった。
真っ青な空を眺めながらそうして水に浮かんでいると、杏里はとても幸せな気分になってきた。
伸ばした手足の先まで幸福感が広がっていき、開けたままの目尻に嬉し涙が滲み出した。
「零、好きだよ」
空に向かってつぶやくと、右手に温かいものが触れてきた。
隣に浮かんだ零の指先だった。
「私もだ」
零が言い、強く杏里の手を握ってきた。
そして、長い時間、そのままふたり、水面をたゆたった。
だから、ふたりが対岸に渡って、ひっそりと草むらに開いた洞穴をくぐったのは、つい先ほどのことである。
短い通路を通り抜けると、そこはもう”里”の一部だった。
ふと気がつくと、杏里はいつの間にか、童謡めいた光景の只中に、零と一緒にぼんやり佇んでいたのだ…。
零が杏里をいざなったのは、鬱蒼たる森を背にした平屋建ての大きな建物だった。
茅葺屋根に覆われたその建物の縁側に上がると、奥から着物姿の女が姿を現した、
「まあ、零さま、お珍しい」
女の顔をひと目見て、杏里は喉の奥で小さな声を立てた。
女は不思議な顔をしていた。
典型的なうりざね顔なのだが、目鼻がない。
面長の顔のずっと下のほうに、口紅を塗ったおちょぼ口がついているだけなのである。
その他は普通で、長い黒髪を肩まで垂らしている。
水仙をあしらった着物は涼しげで、女の身体の丸いラインを強調していた。
「驚くな。乳母はオシラサマだ。お館さまもな」
杏里の手を握って、零が言った。
「オシラサマ?」
「ああ。おまえたち人間とは別の生態系に属する存在だが、外道みたいに邪悪ではない」
「外道とわれらを一緒にしないでくださいな」
零の言葉を耳にして、女が鈴を振るような声でコロコロ笑った。
「それでこの方は? ここに入れるということは、ただの人間じゃありますまい」
「杏里は人魚の血を引く者だ。私はお館さまに報告がある。私が戻るまで、少し杏里をもてなしてやってくれないか」
「人魚の血を引く者ですって?」
女は俄然杏里に興味を抱いたようだった。
「まあまあ、そうとは知らずにご無礼を。ささ、おあがりになってくださいまし」
杏里の手を引くと、左手の大広間のほうに連れていく。
零が奥に消えると、杏里は長方形の座卓の上座に座らされた。
「大したものはございませぬが、しばしお待ちを」
前庭に面した廊下を、足音も立てずに女が歩き去る。
杏里はもの珍しげに周囲を見回した。
年季の入った柱や天井の梁。
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座卓は漆塗りで、ずいぶん古いもののようだ。
障子戸を開け放した先に見える庭は、見事なまでの枯山水である。
「おまちどうさま」
女が戻ってきた。
異形の顔も、慣れてきたのか、少しも怖くなかった。
むしろその上品な口調や身のこなしには、好感を覚えるほどだ。
女が杏里の前に置いたのは、香ばしい香りを立てる熱い緑茶が入った湯呑と、山盛りの木の実を盛った皿だった。
「何ですか? これ」
不思議に思って杏里が訊くと、くっくっと笑って女が言った。
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