33 / 157
第2章 百合と髑髏の狂騒曲
#2 杏里、へばる
しおりを挟む
7月1日。
うだるような暑さのなか、杏里はしたたる汗を拭うこともできず、懸命に叫んでいた。
「あーだめだめ、走っちゃ! 横断歩道はちゃんと手を上げて渡るって、さっき婦警さんに言われたばかりでしょ!」
幼稚園の交通教室。
瑞穂グラウンドに隣接する小さな交通公園である。
ここ瑞穂区は本来は瑞穂署の管轄で、照和署の杏里は関係ない。
だが、女手の少ない瑞穂署から、韮崎を通して杏里の許に特別要請が舞い込んだのだった。
1日でいいから、署のマスコット、『ぴよちゃん』をやってくれ、と。
ぴよちゃんというのは、等身大のひよこの着ぐるみである。
真っ黄色で、重い。
しかも通気性は最悪で、暑いときている。
間違っても、真夏にかぶるものではなかった。
それに加えて、このクソガキどもときたら…。
そもそも、同じ照和署の斎藤曜子の甘言に乗ったのが間違いだったのだ。
「行ってきなよ。杏里、最近太ってきたでしょ? いいダイエットになるよ!」
太ってきたと面と向かって言われてしまったら、もう引き受けるしかない。
そう覚悟してやってきた杏里だったが、実技の時間が始まると、ものの10分でばててしまったのである。
「こら、走るなって言ってるでしょ!」
横断歩道も何もあったものではない。
勝手放題に駆けまわる幼児たちに思わず声を荒げた時だった。
「うるせいやい! おい、みんな、こいつ、やっちまおうぜ!」
大柄なリーダー格の男児のかけ声とともに、わっとばかりにチビたちが群がってきた。
「ちょ、ちょっと、何すんのよ!」
たちまちのうちに地面に引きずり倒され、かぶりものをもぎ取られた。
「わあ、エロ! こいつ、裸でやんの!」
背中のジッパーを下ろしながら、クソガキのひとりが歓声を上げる。
「うそ? 俺にも見せろ!」
「俺も俺も!」
「あたしも見たーい」
ブラとパンティだけの姿で、杏里が地面に突き転がされるのに、5分とかからなかった。
「でかい乳してんなあ」
「うは、プリプリの尻してるじゃん。婦警なんてうそだろ? こいつ、AV女優じゃないの?」
横向きに転がった杏里を取り囲んで、子どもたちは言いたい放題である。
「おまえらあ! 人がおとなしくしてりゃ、いい気になりやがって!」
がばと跳ね起き、大声で怒鳴ると、
「わー、怒った!」
悪ガキどもはギャハギャハ笑いながら、困り果てた表情の園長の許に逃げていってしまった。
「ふう」
とりあえず涼しくなったんだから、まあ、よしとするか。
すっかりやる気を失って、ガードレールに腰をかけ、ひと息ついた、その時である。
「あのう、あんた、おまわりさんかえ?」
ふいに声をかけられ、杏里は飛び上がった。
見ると、すぐ後ろに犬を連れた老人が佇んで、裸同然の杏里のほうをしげしげと見つめている。
「は、はい、そうですけど」
片腕で胸を隠して、杏里はうなずいた。
きまり悪いなどと言うものではなかった。
これでは自分がワイセツ物陳列罪で捕まってしまう。
が、すっかり枯れているのか、老人は杏里の恵まれた肢体にはあまり関心がないようだった。
「ちょっと、来ておくれでないかえ。大変なものを、見つけてしまったんじゃ」
眼をしょぼしょぼさせて、そう言った。
「大変なものって?」
一瞬、刑事の自分に戻って訊き返すと、
「死体じゃ」
老人が短く答えた。
「トイレで赤ん坊が死んでおる」
「え?」
あんぐりと口を開ける杏里。
が、それはまだ序の口だった。
老人の次のひと言に、杏里は総毛立った。
「それが、変なんじゃ。死体には、首がないんじゃよ」
うだるような暑さのなか、杏里はしたたる汗を拭うこともできず、懸命に叫んでいた。
「あーだめだめ、走っちゃ! 横断歩道はちゃんと手を上げて渡るって、さっき婦警さんに言われたばかりでしょ!」
幼稚園の交通教室。
瑞穂グラウンドに隣接する小さな交通公園である。
ここ瑞穂区は本来は瑞穂署の管轄で、照和署の杏里は関係ない。
だが、女手の少ない瑞穂署から、韮崎を通して杏里の許に特別要請が舞い込んだのだった。
1日でいいから、署のマスコット、『ぴよちゃん』をやってくれ、と。
ぴよちゃんというのは、等身大のひよこの着ぐるみである。
真っ黄色で、重い。
しかも通気性は最悪で、暑いときている。
間違っても、真夏にかぶるものではなかった。
それに加えて、このクソガキどもときたら…。
そもそも、同じ照和署の斎藤曜子の甘言に乗ったのが間違いだったのだ。
「行ってきなよ。杏里、最近太ってきたでしょ? いいダイエットになるよ!」
太ってきたと面と向かって言われてしまったら、もう引き受けるしかない。
そう覚悟してやってきた杏里だったが、実技の時間が始まると、ものの10分でばててしまったのである。
「こら、走るなって言ってるでしょ!」
横断歩道も何もあったものではない。
勝手放題に駆けまわる幼児たちに思わず声を荒げた時だった。
「うるせいやい! おい、みんな、こいつ、やっちまおうぜ!」
大柄なリーダー格の男児のかけ声とともに、わっとばかりにチビたちが群がってきた。
「ちょ、ちょっと、何すんのよ!」
たちまちのうちに地面に引きずり倒され、かぶりものをもぎ取られた。
「わあ、エロ! こいつ、裸でやんの!」
背中のジッパーを下ろしながら、クソガキのひとりが歓声を上げる。
「うそ? 俺にも見せろ!」
「俺も俺も!」
「あたしも見たーい」
ブラとパンティだけの姿で、杏里が地面に突き転がされるのに、5分とかからなかった。
「でかい乳してんなあ」
「うは、プリプリの尻してるじゃん。婦警なんてうそだろ? こいつ、AV女優じゃないの?」
横向きに転がった杏里を取り囲んで、子どもたちは言いたい放題である。
「おまえらあ! 人がおとなしくしてりゃ、いい気になりやがって!」
がばと跳ね起き、大声で怒鳴ると、
「わー、怒った!」
悪ガキどもはギャハギャハ笑いながら、困り果てた表情の園長の許に逃げていってしまった。
「ふう」
とりあえず涼しくなったんだから、まあ、よしとするか。
すっかりやる気を失って、ガードレールに腰をかけ、ひと息ついた、その時である。
「あのう、あんた、おまわりさんかえ?」
ふいに声をかけられ、杏里は飛び上がった。
見ると、すぐ後ろに犬を連れた老人が佇んで、裸同然の杏里のほうをしげしげと見つめている。
「は、はい、そうですけど」
片腕で胸を隠して、杏里はうなずいた。
きまり悪いなどと言うものではなかった。
これでは自分がワイセツ物陳列罪で捕まってしまう。
が、すっかり枯れているのか、老人は杏里の恵まれた肢体にはあまり関心がないようだった。
「ちょっと、来ておくれでないかえ。大変なものを、見つけてしまったんじゃ」
眼をしょぼしょぼさせて、そう言った。
「大変なものって?」
一瞬、刑事の自分に戻って訊き返すと、
「死体じゃ」
老人が短く答えた。
「トイレで赤ん坊が死んでおる」
「え?」
あんぐりと口を開ける杏里。
が、それはまだ序の口だった。
老人の次のひと言に、杏里は総毛立った。
「それが、変なんじゃ。死体には、首がないんじゃよ」
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる