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第1章 黄泉の国から来た少女
#27 杏里、対峙する
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身体が、金縛りにあったように動かない。
うは。
いざとなると、やっぱり怖いや。
アジトで見つけた、あの抜け殻を思い出す。
それから一瞬だけ見た、あののっぺらぼうの顔。
今更ながらに思う。
あれは、断じて人間などではない。
だいたい、脱皮して成長する人間なんて、どこにいるっていうの?
助けを求めるように、玄関わきの小部屋の扉を見た。
インターホンの音は聞こえているはずなのに、何を考えているのか、零は顔を出そうともしない。
杏里はそんな零が少し恨めしくなった。
零ったら、私を試しているのだろうか。
もう、顔を見せて励ましてくれるだけでいいのに、ほんと、意地悪なんだから!
おそるおそる、ドアの覗き穴から外を覗いてみる。
よくは見えないが、確かに誰か立っているようだ。
少なくとも、ピンポンダッシュのいたずらではないということか。
むしろ、いたずらであってほしかったのに!
仕方なく、内鍵とチェーンロックを外した。
すぐにパンチを繰り出せるように右手を構え、左手で5センチほどドアを押した。
「ちわー、宅配便でーす」
陽気な声に、杏里はきょとんとなった。
「は?」
「ちょっと荷物大きいので、もう少しドア、開けていただけると助かりまーす」
「ご、ごめんなさい」
ドアノブを握った左手を伸ばし、急いでドアを90度開くと、本当に宅配便のユニフォーム姿の若者が立っていた。
両腕に麻袋のようなものを抱えている。
どうやらお米のようだ。
振り上げた杏里の拳を見て、怯んだように後じさる。
「あ、これ、ごめ」
あわてて右手を下ろす杏里。
「サインお願いしまーす」
ずっしりと重い物体を杏里に手渡すと、若者が伝票とボールペンを差し出してきた。
ちゃんと顔のある、ごくふつうの人間の青年だ。
笹原、と書こうとして、危うく、相馬と書き換える。
「まいどー」
陽気な挨拶とともに若者が去っていくと、杏里は足元の麻袋に目を落とした。
差出人は、相馬加代。
住所は岐阜県加茂郡白川町。
祖母がまだ、あの田舎に住んでいるということか。
「よっこらせっと」
お米を抱えてダイニングキッチンに戻った時である。
信じられないものを目の当たりにして、杏里は文字通り化石のように固まった。
いつの間にか、こちらに背を向けて、椅子に男が座っている。
黒いスーツを着た、やせた男である。
「い、いつ、入ってきたの?」
男の背中に、杏里は震える声で話しかけた。
「おや、気づきませんでしたか? たった今ですよ」
かさかさと、紙がこすれるような耳障りな声で、男が答えた。
「そんなことより、座りませんか。葵さんに、大事なお話があるんですよ」
男が向かいの席を指さした。
テーブルの上に、紺色のビロードで包まれた正方形の箱が置いてある。
こんなもの、さっきまでなかったから、きっとこの男の持ち物なのだろう。
「な、何ですか? あなたは、誰なんです?」
杏里はそろそろとテーブルの角を回り、男の対面に腰を下ろした。
私は相馬葵なのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
まずは会話を長引かせ、韮崎や零に聞かせるのだ。
顔を上げ、思い切って相手を見た。
そして、思わずそっと安堵のため息をついた。
男には、ちゃんと顔があったからだった。
うは。
いざとなると、やっぱり怖いや。
アジトで見つけた、あの抜け殻を思い出す。
それから一瞬だけ見た、あののっぺらぼうの顔。
今更ながらに思う。
あれは、断じて人間などではない。
だいたい、脱皮して成長する人間なんて、どこにいるっていうの?
助けを求めるように、玄関わきの小部屋の扉を見た。
インターホンの音は聞こえているはずなのに、何を考えているのか、零は顔を出そうともしない。
杏里はそんな零が少し恨めしくなった。
零ったら、私を試しているのだろうか。
もう、顔を見せて励ましてくれるだけでいいのに、ほんと、意地悪なんだから!
おそるおそる、ドアの覗き穴から外を覗いてみる。
よくは見えないが、確かに誰か立っているようだ。
少なくとも、ピンポンダッシュのいたずらではないということか。
むしろ、いたずらであってほしかったのに!
仕方なく、内鍵とチェーンロックを外した。
すぐにパンチを繰り出せるように右手を構え、左手で5センチほどドアを押した。
「ちわー、宅配便でーす」
陽気な声に、杏里はきょとんとなった。
「は?」
「ちょっと荷物大きいので、もう少しドア、開けていただけると助かりまーす」
「ご、ごめんなさい」
ドアノブを握った左手を伸ばし、急いでドアを90度開くと、本当に宅配便のユニフォーム姿の若者が立っていた。
両腕に麻袋のようなものを抱えている。
どうやらお米のようだ。
振り上げた杏里の拳を見て、怯んだように後じさる。
「あ、これ、ごめ」
あわてて右手を下ろす杏里。
「サインお願いしまーす」
ずっしりと重い物体を杏里に手渡すと、若者が伝票とボールペンを差し出してきた。
ちゃんと顔のある、ごくふつうの人間の青年だ。
笹原、と書こうとして、危うく、相馬と書き換える。
「まいどー」
陽気な挨拶とともに若者が去っていくと、杏里は足元の麻袋に目を落とした。
差出人は、相馬加代。
住所は岐阜県加茂郡白川町。
祖母がまだ、あの田舎に住んでいるということか。
「よっこらせっと」
お米を抱えてダイニングキッチンに戻った時である。
信じられないものを目の当たりにして、杏里は文字通り化石のように固まった。
いつの間にか、こちらに背を向けて、椅子に男が座っている。
黒いスーツを着た、やせた男である。
「い、いつ、入ってきたの?」
男の背中に、杏里は震える声で話しかけた。
「おや、気づきませんでしたか? たった今ですよ」
かさかさと、紙がこすれるような耳障りな声で、男が答えた。
「そんなことより、座りませんか。葵さんに、大事なお話があるんですよ」
男が向かいの席を指さした。
テーブルの上に、紺色のビロードで包まれた正方形の箱が置いてある。
こんなもの、さっきまでなかったから、きっとこの男の持ち物なのだろう。
「な、何ですか? あなたは、誰なんです?」
杏里はそろそろとテーブルの角を回り、男の対面に腰を下ろした。
私は相馬葵なのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
まずは会話を長引かせ、韮崎や零に聞かせるのだ。
顔を上げ、思い切って相手を見た。
そして、思わずそっと安堵のため息をついた。
男には、ちゃんと顔があったからだった。
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