サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第1章 黄泉の国から来た少女

#26 杏里、緊張する

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 午後3時を過ぎると、さすがの杏里も落ち着かなくなってきた。

 三浦文代の死亡推定時刻は、午後4時過ぎ。

 顏のない男が防犯カメラに写っていたのが、ちょうどその頃だったからである。

 2番目の被害者、鬼頭千佳の死亡推定時刻も、確か午後4時頃。

 友人が訪ねてきたまさにその時、千佳は部屋の中で犯人に殺されている最中だったのだ。

 とすれば、杏里に残された時間はあと1時間。

 不安を解消すべく、檻の中のクマのように、杏里は部屋中をぐるぐる歩き回った。

 気になるのはやはり密室の謎だ。

 前の2件の場合、外の通路に人がいたため、犯人は玄関から逃走できなかった。

 だから別の方法を取ったはずなのだが、それがいまだにわからない。

 窓から逃げたのでないことは確かだった。

 合同捜査会議でもらった資料によれば、どちらの事件の際も、窓には内側から半月錠がかかっていたし、物理的なトリックを仕掛けたような痕跡も見当たらなかったという。

 そういえば、ヤチカさん、あの時何をしてたんだろう?

 杏里はふと、鬼頭千佳の部屋でのヤチカの奇妙な行動を思い返していた。

 ヤチカさん、流し台の上に登って、何か調べてるみたいだったけど…。

 気になるとじっとしていられず、キッチンの前に立ち、天井を見上げてみた。

 特別なものはなかった。

  流し台の真上の天井にはまっているのは、正方形のステンレスの枠。

 換気扇だ。 

 換気扇の四角い枠の向こうに、ひと昔前の扇風機についていたような丸っこいプロペラが見えているだけである。

「まさかね」

 杏里は肩をすくめた。

 あのプロペラの狭い隙間をくぐるなんて、人間どころか犬や猫でも無理に決まっている。

 それとも、文代と千佳の部屋の天井には、はずれる天井板でもあったということなのだろうか。

 謎解きミステリは大好きだが、いかんせん、データが少なすぎる。

 零の言い草ではないが、ここは犯人に直接聞いてみるほうが早いかもしれない。

 あきらめて、ダイニングの椅子に座ってスマートフォンを取り出した。

 暇つぶしに、「外道」を検索してみる。


『外道とは、仏教用語で、悟りを得る内道に対する言葉である。

 転じて、一般に道に外れた人全般も意味する』


 ウィキペディアの記述は、こんな感じで始まっていた。

 別に目新しい説明ではなかった。

 あの殺人鬼はどっちだろう、と思う。

 かなりスピリチュアルが入っている零が追いかけているのだから、前者という可能性もある。

 でも、その残虐な所業の数々は、明らかに後者のものだろう。

 そういえば、釣りの世界にも外道っていたよなあ。

 どうでもいい方向に、思考がそれ始めた。

 退屈している証拠だった。

 ブルーギルとかブラックバスみたいな、在来種の生存を脅かす外来の魚のことだっけ。

 ブラックバス専門の釣り人を、確か外道ハンターと呼んでたような気がする。

 でも、あの零が、まさか釣りなんてしないよね。

 そこまで考えて、杏里はふとあることに思い至り、思わずあっと声を上げそうになった。


 ふつうの人間、つまりホモ・サピエンスがこの地球に元から住んでいる在来種なのだとしたら、彼らはどこかほかの世界からやってきた、外来種なのではないか。


 外来種は一般に、在来種よりあらゆる面で強いとされている。

 だから二ホンタンポポはセイヨウタンポポに、イシガメやクサガメはミシシッピアカミミガメにあっという間に生活圏を奪われてしまった。

 魚の世界でもそうだろう。

 だったら人間界に同じ現象が起こっても、別に不思議はない。

「これは生存競争なんだ…」

 テーブルに頬杖をついて、杏里は呆然とつぶやいた。

「人類が生き残るためにも、私、ここで負けちゃいけないんだ」

 右の拳をぎゅっと固めた、その時である。

 ピンポン! ピポピポン!

 すさまじい大音量で、部屋中にインターホンの音が響き渡った。

「わっ!」

 度肝を抜かれて、文字通り杏里は椅子から数センチ飛び上がった。

 反射的に冷蔵庫の上の置き時計に目をやった。

 午後4時ジャスト。

 杏里はわななく唇を、きゅっと噛み締めた。 

 ついにやって来たのだ。

 人類の天敵。

 あの、外道が。
 

 







 









 
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