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第1章 黄泉の国から来た少女
#22 杏里、献血する
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「ニラさん、それはあんまりだ。杏里ちゃんがかわいそうですよ」
抗議しかけた高山を、韮崎が右手を上げて制した。
「この前の囮捜査の時、笹原、おまえ、肩を刺されてただろう。周りが暗かったから誰も気づかなかったようだが、俺は見たぞ。傷口から流れ出した血が、腕を伝っていた。だから、おまえの言う犯人を追っかけながら一応救急車も呼んでおいたんだが、救急車が着いた時にはおまえはすでに姿をくらました後だった。そしてその翌日、出勤したおまえはけろりとした顔をしているどころか、怪我をした様子すらなかった。それを見て、俺は改めて確信したんだ。こいつは本物だな、と」
杏里は内心、舌を巻く思いだった。
さすが30年、叩き上げの刑事をやっているだけのことはある。
「まあ、そりゃね、ナイフの傷くらいは平気ですよ。私のあだ名、『人魚姫』ですから。でも、できれば子宮は取られたくないんです。だからみなさん、警護のほう、よろしくお願いします」
気を取り直した杏里が一同を見回すと、感心したように三上がつぶやいた。
「なるほどなあ、人魚姫ってのは、杏里ちゃんには、まさに言い得て妙かもなあ。ただしこの場合は、西洋のマーメイドじゃなくて、我が国の古代伝承に出てくる八百比丘尼のほうですけどね」
韮崎が覆面パトカーで送ってくれたおかげで、思いのほか早く家に帰ることができた。
「窓に明かりがついてるが、男でもいるのか?」
開けた運転席の窓から建物を見上げて、韮崎が言った。
「変なこと言わないでください。うちはシェアハウスですから、同居人がいるだけです。もちろん女の子です。女刑事が男と同棲なんて、シャレにもなりませんよ」
ムキになって言い返したのは、後ろめたさの表れだった。
女と同棲ならいいのか。
そう突っ込まれるのではないかと、ひやひやした。
「なんでもいいが、引越しの準備をしたらきょうは早く寝ろ。明日に備えて身体を休めるんだ」
幸い、韮崎はそれ以上追及してはこなかった。
覆面パトカーが角を曲がって消えるのを見送って、チアの格好のまま、短い階段を上がる。
正面玄関の両扉を開けて三和木でパンプスを脱いでいると、奥の洋間から零が姿を現した。
「早かったな。それにしても、今度は何のコスプレだ?」
チアガールに扮した杏里をひと目見るなり、案の定、けげんそうな顔をした。
「明日から囮捜査で、ある女の子の身代わりになるの。これはその子に借りた服」
「捜査に進展があったんだな」
「うん。相変わらずわからないことだらけだけで、むしろ謎がまたひとつ増えたくらいだけどね」
杏里は廊下に上がると、零の肩を押して洋間に入った。
明るい照明の下に立つと、一歩下がって杏里をしげしげと眺めながら零がぽつんとつぶやいた。
「それ、似合うな。ツインテールも悪くない。セクシーな杏里はいい。襲いたくなってきた」
「んもう、零のばか」
頬を紅潮させる杏里。
「真面目に聞いてよね。明日こそは、本気で手伝ってもらうんだから」
「いよいよ外道狩りか」
零がうっすらと微笑んだ。
「それは楽しみだ。いい加減、待ちくたびれてたところだったさ」
気のせいか、瞳の真ん中の赤い点が、いつもより少し大きくなっているようだ。
「でね、きょうわかったことなんだけど」
テーブルを挟んで向かい合って椅子に座ると、杏里は話し始めた。
ふたりの被害者の共通点に気づいて、岐阜に行ったこと。
そこで、3人の少女の神隠しの話を聞いたこと。
残るひとりの生存者、相馬葵をドーム球場で見つけて保護したこと。
葵の代わりに囮になることを、自ら志願したこと…。
「悪くない展開だ」
それが、杏里の話を聞き終わった零の第一声だった。
「私は刑事たちがマンションを張り込む前に部屋に忍び込む。鍵は集合ポストに入れておくから、杏里はその後で来ればいい」
「そうだね。じゃ、これがお部屋の鍵」
「あとひとつだけ頼みがある。戦いに備えて、今夜は久しぶりに、おまえの血を吸わせてほしい」
「い、いいけど…お風呂に入って、身体を綺麗にしてからね。それより零、神隠しと犯人の接点、何だと思う? どうして8年も経った今、彼女たちは命を狙われてるの?」
「わからない」
零の答えは、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
「そんなの、犯人を捕まえて、直接聞けばいい」
「まあ、そりゃそうなんだけどさ」
「先にシャワーを浴びてくる」
零が腰を上げた。
きょうもまた、素肌の上に杏里のお古のTシャツを身に着けているだけである。
「じゃ、その間に私、腹ごなししておくね」
冷凍庫から取り出した冷凍パスタをレンジに入れていると、浴室から顏を出して、零が言った。
「あ、それと、できればその服のまま、血を吸わせてくれないか。だから、風呂から上がったら、またそれを着てほしいんだ」
「何それ」
杏里は柳眉を逆立てた。
「零って、意外にヘンタイだったんだね」
「否定はしない」
零が言い返してきた。
「私はエロいおまえが好きなんだ」
抗議しかけた高山を、韮崎が右手を上げて制した。
「この前の囮捜査の時、笹原、おまえ、肩を刺されてただろう。周りが暗かったから誰も気づかなかったようだが、俺は見たぞ。傷口から流れ出した血が、腕を伝っていた。だから、おまえの言う犯人を追っかけながら一応救急車も呼んでおいたんだが、救急車が着いた時にはおまえはすでに姿をくらました後だった。そしてその翌日、出勤したおまえはけろりとした顔をしているどころか、怪我をした様子すらなかった。それを見て、俺は改めて確信したんだ。こいつは本物だな、と」
杏里は内心、舌を巻く思いだった。
さすが30年、叩き上げの刑事をやっているだけのことはある。
「まあ、そりゃね、ナイフの傷くらいは平気ですよ。私のあだ名、『人魚姫』ですから。でも、できれば子宮は取られたくないんです。だからみなさん、警護のほう、よろしくお願いします」
気を取り直した杏里が一同を見回すと、感心したように三上がつぶやいた。
「なるほどなあ、人魚姫ってのは、杏里ちゃんには、まさに言い得て妙かもなあ。ただしこの場合は、西洋のマーメイドじゃなくて、我が国の古代伝承に出てくる八百比丘尼のほうですけどね」
韮崎が覆面パトカーで送ってくれたおかげで、思いのほか早く家に帰ることができた。
「窓に明かりがついてるが、男でもいるのか?」
開けた運転席の窓から建物を見上げて、韮崎が言った。
「変なこと言わないでください。うちはシェアハウスですから、同居人がいるだけです。もちろん女の子です。女刑事が男と同棲なんて、シャレにもなりませんよ」
ムキになって言い返したのは、後ろめたさの表れだった。
女と同棲ならいいのか。
そう突っ込まれるのではないかと、ひやひやした。
「なんでもいいが、引越しの準備をしたらきょうは早く寝ろ。明日に備えて身体を休めるんだ」
幸い、韮崎はそれ以上追及してはこなかった。
覆面パトカーが角を曲がって消えるのを見送って、チアの格好のまま、短い階段を上がる。
正面玄関の両扉を開けて三和木でパンプスを脱いでいると、奥の洋間から零が姿を現した。
「早かったな。それにしても、今度は何のコスプレだ?」
チアガールに扮した杏里をひと目見るなり、案の定、けげんそうな顔をした。
「明日から囮捜査で、ある女の子の身代わりになるの。これはその子に借りた服」
「捜査に進展があったんだな」
「うん。相変わらずわからないことだらけだけで、むしろ謎がまたひとつ増えたくらいだけどね」
杏里は廊下に上がると、零の肩を押して洋間に入った。
明るい照明の下に立つと、一歩下がって杏里をしげしげと眺めながら零がぽつんとつぶやいた。
「それ、似合うな。ツインテールも悪くない。セクシーな杏里はいい。襲いたくなってきた」
「んもう、零のばか」
頬を紅潮させる杏里。
「真面目に聞いてよね。明日こそは、本気で手伝ってもらうんだから」
「いよいよ外道狩りか」
零がうっすらと微笑んだ。
「それは楽しみだ。いい加減、待ちくたびれてたところだったさ」
気のせいか、瞳の真ん中の赤い点が、いつもより少し大きくなっているようだ。
「でね、きょうわかったことなんだけど」
テーブルを挟んで向かい合って椅子に座ると、杏里は話し始めた。
ふたりの被害者の共通点に気づいて、岐阜に行ったこと。
そこで、3人の少女の神隠しの話を聞いたこと。
残るひとりの生存者、相馬葵をドーム球場で見つけて保護したこと。
葵の代わりに囮になることを、自ら志願したこと…。
「悪くない展開だ」
それが、杏里の話を聞き終わった零の第一声だった。
「私は刑事たちがマンションを張り込む前に部屋に忍び込む。鍵は集合ポストに入れておくから、杏里はその後で来ればいい」
「そうだね。じゃ、これがお部屋の鍵」
「あとひとつだけ頼みがある。戦いに備えて、今夜は久しぶりに、おまえの血を吸わせてほしい」
「い、いいけど…お風呂に入って、身体を綺麗にしてからね。それより零、神隠しと犯人の接点、何だと思う? どうして8年も経った今、彼女たちは命を狙われてるの?」
「わからない」
零の答えは、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
「そんなの、犯人を捕まえて、直接聞けばいい」
「まあ、そりゃそうなんだけどさ」
「先にシャワーを浴びてくる」
零が腰を上げた。
きょうもまた、素肌の上に杏里のお古のTシャツを身に着けているだけである。
「じゃ、その間に私、腹ごなししておくね」
冷凍庫から取り出した冷凍パスタをレンジに入れていると、浴室から顏を出して、零が言った。
「あ、それと、できればその服のまま、血を吸わせてくれないか。だから、風呂から上がったら、またそれを着てほしいんだ」
「何それ」
杏里は柳眉を逆立てた。
「零って、意外にヘンタイだったんだね」
「否定はしない」
零が言い返してきた。
「私はエロいおまえが好きなんだ」
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