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第1章 黄泉の国から来た少女
#19 杏里、見つける
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「わあ、素敵!」
バスから降りると、そこは一面の田園地帯だった。
よく育った稲が、川風にさざ波のように波打ち、晩春の陽射しにキラキラと輝いている。
修学旅行以外、ほとんど旅行というものをしたことのない杏里にとって、ここはまさに別天地といってよかった。
バスターミナルを出て、車の行き来の少ない目抜き通りを、ぶらぶらと歩く。
黄色い帽子をかぶった可愛らしい小学生の一団。
自転車に乗った老人。
犬を連れて散歩する、素朴ななりをした老女。
木造平屋建ての古びた家々が両側に立ち並ぶ往来は、まるで昭和初期の日本にタイムスリップでもしたかのようだ。
「日本にも、まだこんないいところがあるんですね」
スキップしながら歩く杏里に、韮崎が半ばあきれ顔で注意した。
「あのな、これは仕事だぞ。おまえ、何さっきからウキウキしてんだよ」
「だってとっても空気が綺麗なんですもん」
零にも見せてやりたい。
そう、切に思う。
まだ謎の多い零だが、これまでに、杏里には想像もできない凄絶な人生を歩んできたのは間違いない。
その零に、こんな心和む風景を、ひと目見せてあげられたら…。
「ここだな」
メモ帳に目を落としながら歩いていた韮崎だ立ち止まったのは、一軒の茶屋の前だった。
時代劇に出てくるような、本格的和風の店である。
『白川茶』と書かれた薄緑色ののぼりが風にはためく横に、ござを敷いた長い縁台がひとつ。
名物の新茶を自宅で製造し、それを和菓子と一緒に客に提供する、そんな仕組みの店らしい。
縁台に腰を下ろすと、韮崎が煙草に火をつけた。
「いらっしゃいませ」
待つほどもなく、白いかっぽう着姿の中年女性が入り口から姿を現した。
丸い顔に笑みを浮かべているが、目は泣きはらしたように赤い。
「いつ来てもいいね。この白川は」
うまそうに目を細めて煙を吐き出しながら、韮崎が言う。
杏里が初めて目にする好々爺ぶりである。
「あとひと月もすれば、鮎の解禁だな。飛騨川の鮎の友釣りか。楽しみだね」
ニラさん、こんな演技もできるんだ。
傍に棒立ちになって眺めていると、柔和なおかみさんの顔つきが急に変化した。
「お客さん、そんな呑気なこといってるけど、ほんとは刑事さんなんだろ? 眼が笑ってないもの」
「あんた、鋭いね」
韮崎が、悪戯を見つかった小学生のような顔をして、ぽりぽりとごま塩頭を掻く。
「大方、うちの文代のこと、探りに来たんだろ? もう、話すことはみんな話したのに、警察はしつこいね。こんなとこで油を売ってる暇があったら、とっとと犯人捕まえておくれよ」
おかみさんの小さな目に涙が光っているのを見て、たまらず杏里は声をかけていた。
「あの、その前に、文代さんのご仏前に、お線香をあげさせていただけませんか? 犯人なら、必ず捕まえてみせますから」
「あ、あんたは?」
おかみさんが驚いたように杏里を見た。
「このボインちゃんも刑事だ。とてもそうは見えないがな」
韮崎の言葉にムッとする杏里。
ボインって何? 死語を通り越して、もう化石だし。
「あらまあ、なんでまた」
おかみさんの涙の粒が大きくなる。
「悪いことは言わない。そんな危険な仕事、すぐに辞めちまいな。うちの文代みたいになる前に」
と、がらりと入り口の引き戸が開き、奥からステテコ姿の主人らしき男性が現れた。
「昼間っから、何騒いでるんだ? お客さんなら中に入ってもらえばいいだろう」
年のころは韮崎と同じくらいか。
背格好までよく似ている。
「刑事さんなんだって。それがあんた、この若い娘さんも」
「刑事だと?」
旦那が杏里をしげしげと眺めた。
「それにしてはまた、ずいぶんとボインちゃんだな」
ここまで言われると、もはや苦笑するしかない。
「だが、残念だな。いくらボインちゃん相手でも、もう警察に話すことなんてないんだよ」
迷惑そうに太い眉をひそめる主人に、すかさず杏里は言った。
「私たち、文代さんの小学校時代のお話を聞きたくて来たんです。例えば、鬼頭千佳さんのこととか」
「チカちゃん? チカちゃんがどうかしたの?」
身を乗り出してきたのは、おかみさんのほうだった。
「ニュース見てませんか? 殺されたんです。文代さんと同じ手口で。つい、きのうのことです」
「ば、ばか、そんなこと、いきなりべらべらしゃべるやつがあるか!」
慌てる韮崎を、おかみさんが遮った。
「ま、まさか…それ、本当なの? あのチカちゃんが…? おとうさん、これ、どういうこと?」
「わ、わからん。と、とにかく、中で話そう。さ、入ってくれ。恵子、お茶だ、お茶」
まぶしそうに微笑む少女の遺影に手を合わせ、目をつぶると、いいようのない悲しみとともに、犯人に対する怒りがふつふつとこみ上げてきた。
ごめんね、助けてあげられなくって。
痛かったでしょうね。
怖かったよね。
でも、この仇は、きっと取ってあげるから…。
座布団ごとくるりと振り向くと、韮崎もちょうど顏を上げたところだった。
「こちらへ」
主人にうながされるまま、卓袱台の前に座る。
卓袱台の上には、香ばしい香りを放つ熱いお茶と羊羹が出ていた。
「いい匂いですね」
湯呑を両手で慈しむように挟み、鼻先で臭いを味わいながら、杏里は言った。
「摘みたての葉を使ってるから」
少し表情を和ませて、おかみさんが杏里を見た。
「ふだん、ペットボトルのお茶しか飲んでないから、気づきませんでした。本物のお茶って、こんないい香りのするものだったなんて」
「あんた、いい子だね。うちで採れたお茶っ葉あげるから、帰ったら思う存分味わうといいよ」
お土産ゲット。
横目で韮崎の様子を窺うと、おまえに任せた、といわんばかりに顎をしゃくってみせた。
「それで、チカさんのことですけど、おふたりとも、ご存じなかったんですね」
「テレビはね、見ないようにしてるの。うちの文代のこと、興味本位で色々言うから」
おかみさんが手の甲で目尻を拭う。
文代が子宮を摘出されていたことは、もちろんマスコミにはオフレコだ。
だが、県警本部発表の『体の一部を持ち去られていた』という曖昧な表現は、かえってさまざまな憶測を呼んだらしく、テレビのワイドショーも週刊誌も、事件を猟奇殺人として興味本位に取り上げているものが多かった。
「鬼頭千佳さんと、文代さんは、仲が良かったんですよね?」
「小学校時代は、3人でいつも一緒にいたよ。文代と、チカちゃんと、葵ちゃん。ただ、中学に入るとすぐ、チカちゃんのご両親が交通事故で亡くなって、チカちゃんは那古野の親戚のおうちに引き取られていったの。中2の時には葵ちゃんのお家が、お父さんのお仕事の関係で那古野に引っ越すことになってね、残ったのは結局文代ひとりだった。その文代も、高校を出ると、那古野に出たいと言い出して…。あの時、もっと強く止めておけば、こんなことにはならなかったのに…」
「済んだことは仕方ないさ。文代は少しの間でも、好きな花に囲まれて暮らすことができたんだ。何度も言ってるだろうが。おまえさんが自分を責める必要はないんだって」
「でもね…お父さん。私、もしもあの時って、つい思っちゃうんだよ。そうすると、もう眠れなくってね…。8年前、文代が神隠しに遭った時も、ちょうどこんな気分だったなあって、急に思い出したりしてさあ…」
え?
杏里は自分の耳を疑った。
おかみさんの台詞の中に、奇妙な単語が混じっていることに気づいたからだった。
「あの、8年前の神隠しって、それ、何のことですか?」
勢い込む杏里に、どうしたものかといった表情で、夫婦が眼を見合わせた。
旦那がうなずくと、やがて、意を決したように、おかみさんが話し出した。
「裏の河原でね、小6の夏休み、文代たち3人が神隠しに遭ったの。町中総出で捜し回ったけど、見つからなかった。川に流されたんだろうってことになって、次の日捜索隊を出そうってことになったんだけどね。…ところが、一夜明けてみると、3人とも元のように河原に戻ってきてるじゃないの。なんだかぼんやりして、何があったのか、なんにも覚えてないって顔で…」
「待ってください。神隠しに遭ったのは、3人なんですね? 文代さんと、チカちゃんと、もうひとり」
「そうだよ。相馬葵ちゃん。派手な顔立ちの、おませな子だったね」
帰りの電車の中。
杏里は膝の上に置いた駅弁にも手をつけず、珍しくじっと考え込んでいた。
三浦文代と鬼頭千佳の共通点は、案外簡単に見つかった。
8年前の、神隠しである。
それが何を意味するのかまでは、わからない。
だが、わかったことが、もうひとつある。
次の犠牲者だ。
杏里は手の中の年賀状を裏返してみた。
文代の遺品として、実家に送られてきたもののひとつだった。
差出人は相馬葵。
今年の元旦の日付である。
住所は、那古野市緑区だ。
裏には、振り袖姿の少女の写真。
成人式のリハーサルに、着物を着て自撮りしたスナップ写真のようである。
相馬葵は、弾けるような笑顔が印象的な、かねり目立つ顔立ちの少女だった。
「間に合うといいですね」
顔を上げると、杏里は韮崎に声をかけた。
「ああ」
窓から暮れなずむ外の風景を眺めながら、韮崎がうなずいた。
店を出るなり、韮崎はすでに三上に電話をかけていた。
相馬葵を探し出し、大至急、保護するようにと。
「私、思いついちゃったんですけど」
しばしためらった末、迷いを吹っ切るように杏里は口を切った。
「何をだ」
うわの空で韮崎が応える。
「囮になるんです」
「はあ?」
韮崎が窓から杏里に視線を移す。
「私、その相馬葵って子とすり替わって、囮になろうと思うんです」
「なんだと?」
あんぐりと口を開ける韮崎。
「おまえ…本気で言ってるのか?」
「はい」
杏里はきっぱりとうなずいてみせた。
「そうして私、今度こそ、犯人、捕まえようと思います」
バスから降りると、そこは一面の田園地帯だった。
よく育った稲が、川風にさざ波のように波打ち、晩春の陽射しにキラキラと輝いている。
修学旅行以外、ほとんど旅行というものをしたことのない杏里にとって、ここはまさに別天地といってよかった。
バスターミナルを出て、車の行き来の少ない目抜き通りを、ぶらぶらと歩く。
黄色い帽子をかぶった可愛らしい小学生の一団。
自転車に乗った老人。
犬を連れて散歩する、素朴ななりをした老女。
木造平屋建ての古びた家々が両側に立ち並ぶ往来は、まるで昭和初期の日本にタイムスリップでもしたかのようだ。
「日本にも、まだこんないいところがあるんですね」
スキップしながら歩く杏里に、韮崎が半ばあきれ顔で注意した。
「あのな、これは仕事だぞ。おまえ、何さっきからウキウキしてんだよ」
「だってとっても空気が綺麗なんですもん」
零にも見せてやりたい。
そう、切に思う。
まだ謎の多い零だが、これまでに、杏里には想像もできない凄絶な人生を歩んできたのは間違いない。
その零に、こんな心和む風景を、ひと目見せてあげられたら…。
「ここだな」
メモ帳に目を落としながら歩いていた韮崎だ立ち止まったのは、一軒の茶屋の前だった。
時代劇に出てくるような、本格的和風の店である。
『白川茶』と書かれた薄緑色ののぼりが風にはためく横に、ござを敷いた長い縁台がひとつ。
名物の新茶を自宅で製造し、それを和菓子と一緒に客に提供する、そんな仕組みの店らしい。
縁台に腰を下ろすと、韮崎が煙草に火をつけた。
「いらっしゃいませ」
待つほどもなく、白いかっぽう着姿の中年女性が入り口から姿を現した。
丸い顔に笑みを浮かべているが、目は泣きはらしたように赤い。
「いつ来てもいいね。この白川は」
うまそうに目を細めて煙を吐き出しながら、韮崎が言う。
杏里が初めて目にする好々爺ぶりである。
「あとひと月もすれば、鮎の解禁だな。飛騨川の鮎の友釣りか。楽しみだね」
ニラさん、こんな演技もできるんだ。
傍に棒立ちになって眺めていると、柔和なおかみさんの顔つきが急に変化した。
「お客さん、そんな呑気なこといってるけど、ほんとは刑事さんなんだろ? 眼が笑ってないもの」
「あんた、鋭いね」
韮崎が、悪戯を見つかった小学生のような顔をして、ぽりぽりとごま塩頭を掻く。
「大方、うちの文代のこと、探りに来たんだろ? もう、話すことはみんな話したのに、警察はしつこいね。こんなとこで油を売ってる暇があったら、とっとと犯人捕まえておくれよ」
おかみさんの小さな目に涙が光っているのを見て、たまらず杏里は声をかけていた。
「あの、その前に、文代さんのご仏前に、お線香をあげさせていただけませんか? 犯人なら、必ず捕まえてみせますから」
「あ、あんたは?」
おかみさんが驚いたように杏里を見た。
「このボインちゃんも刑事だ。とてもそうは見えないがな」
韮崎の言葉にムッとする杏里。
ボインって何? 死語を通り越して、もう化石だし。
「あらまあ、なんでまた」
おかみさんの涙の粒が大きくなる。
「悪いことは言わない。そんな危険な仕事、すぐに辞めちまいな。うちの文代みたいになる前に」
と、がらりと入り口の引き戸が開き、奥からステテコ姿の主人らしき男性が現れた。
「昼間っから、何騒いでるんだ? お客さんなら中に入ってもらえばいいだろう」
年のころは韮崎と同じくらいか。
背格好までよく似ている。
「刑事さんなんだって。それがあんた、この若い娘さんも」
「刑事だと?」
旦那が杏里をしげしげと眺めた。
「それにしてはまた、ずいぶんとボインちゃんだな」
ここまで言われると、もはや苦笑するしかない。
「だが、残念だな。いくらボインちゃん相手でも、もう警察に話すことなんてないんだよ」
迷惑そうに太い眉をひそめる主人に、すかさず杏里は言った。
「私たち、文代さんの小学校時代のお話を聞きたくて来たんです。例えば、鬼頭千佳さんのこととか」
「チカちゃん? チカちゃんがどうかしたの?」
身を乗り出してきたのは、おかみさんのほうだった。
「ニュース見てませんか? 殺されたんです。文代さんと同じ手口で。つい、きのうのことです」
「ば、ばか、そんなこと、いきなりべらべらしゃべるやつがあるか!」
慌てる韮崎を、おかみさんが遮った。
「ま、まさか…それ、本当なの? あのチカちゃんが…? おとうさん、これ、どういうこと?」
「わ、わからん。と、とにかく、中で話そう。さ、入ってくれ。恵子、お茶だ、お茶」
まぶしそうに微笑む少女の遺影に手を合わせ、目をつぶると、いいようのない悲しみとともに、犯人に対する怒りがふつふつとこみ上げてきた。
ごめんね、助けてあげられなくって。
痛かったでしょうね。
怖かったよね。
でも、この仇は、きっと取ってあげるから…。
座布団ごとくるりと振り向くと、韮崎もちょうど顏を上げたところだった。
「こちらへ」
主人にうながされるまま、卓袱台の前に座る。
卓袱台の上には、香ばしい香りを放つ熱いお茶と羊羹が出ていた。
「いい匂いですね」
湯呑を両手で慈しむように挟み、鼻先で臭いを味わいながら、杏里は言った。
「摘みたての葉を使ってるから」
少し表情を和ませて、おかみさんが杏里を見た。
「ふだん、ペットボトルのお茶しか飲んでないから、気づきませんでした。本物のお茶って、こんないい香りのするものだったなんて」
「あんた、いい子だね。うちで採れたお茶っ葉あげるから、帰ったら思う存分味わうといいよ」
お土産ゲット。
横目で韮崎の様子を窺うと、おまえに任せた、といわんばかりに顎をしゃくってみせた。
「それで、チカさんのことですけど、おふたりとも、ご存じなかったんですね」
「テレビはね、見ないようにしてるの。うちの文代のこと、興味本位で色々言うから」
おかみさんが手の甲で目尻を拭う。
文代が子宮を摘出されていたことは、もちろんマスコミにはオフレコだ。
だが、県警本部発表の『体の一部を持ち去られていた』という曖昧な表現は、かえってさまざまな憶測を呼んだらしく、テレビのワイドショーも週刊誌も、事件を猟奇殺人として興味本位に取り上げているものが多かった。
「鬼頭千佳さんと、文代さんは、仲が良かったんですよね?」
「小学校時代は、3人でいつも一緒にいたよ。文代と、チカちゃんと、葵ちゃん。ただ、中学に入るとすぐ、チカちゃんのご両親が交通事故で亡くなって、チカちゃんは那古野の親戚のおうちに引き取られていったの。中2の時には葵ちゃんのお家が、お父さんのお仕事の関係で那古野に引っ越すことになってね、残ったのは結局文代ひとりだった。その文代も、高校を出ると、那古野に出たいと言い出して…。あの時、もっと強く止めておけば、こんなことにはならなかったのに…」
「済んだことは仕方ないさ。文代は少しの間でも、好きな花に囲まれて暮らすことができたんだ。何度も言ってるだろうが。おまえさんが自分を責める必要はないんだって」
「でもね…お父さん。私、もしもあの時って、つい思っちゃうんだよ。そうすると、もう眠れなくってね…。8年前、文代が神隠しに遭った時も、ちょうどこんな気分だったなあって、急に思い出したりしてさあ…」
え?
杏里は自分の耳を疑った。
おかみさんの台詞の中に、奇妙な単語が混じっていることに気づいたからだった。
「あの、8年前の神隠しって、それ、何のことですか?」
勢い込む杏里に、どうしたものかといった表情で、夫婦が眼を見合わせた。
旦那がうなずくと、やがて、意を決したように、おかみさんが話し出した。
「裏の河原でね、小6の夏休み、文代たち3人が神隠しに遭ったの。町中総出で捜し回ったけど、見つからなかった。川に流されたんだろうってことになって、次の日捜索隊を出そうってことになったんだけどね。…ところが、一夜明けてみると、3人とも元のように河原に戻ってきてるじゃないの。なんだかぼんやりして、何があったのか、なんにも覚えてないって顔で…」
「待ってください。神隠しに遭ったのは、3人なんですね? 文代さんと、チカちゃんと、もうひとり」
「そうだよ。相馬葵ちゃん。派手な顔立ちの、おませな子だったね」
帰りの電車の中。
杏里は膝の上に置いた駅弁にも手をつけず、珍しくじっと考え込んでいた。
三浦文代と鬼頭千佳の共通点は、案外簡単に見つかった。
8年前の、神隠しである。
それが何を意味するのかまでは、わからない。
だが、わかったことが、もうひとつある。
次の犠牲者だ。
杏里は手の中の年賀状を裏返してみた。
文代の遺品として、実家に送られてきたもののひとつだった。
差出人は相馬葵。
今年の元旦の日付である。
住所は、那古野市緑区だ。
裏には、振り袖姿の少女の写真。
成人式のリハーサルに、着物を着て自撮りしたスナップ写真のようである。
相馬葵は、弾けるような笑顔が印象的な、かねり目立つ顔立ちの少女だった。
「間に合うといいですね」
顔を上げると、杏里は韮崎に声をかけた。
「ああ」
窓から暮れなずむ外の風景を眺めながら、韮崎がうなずいた。
店を出るなり、韮崎はすでに三上に電話をかけていた。
相馬葵を探し出し、大至急、保護するようにと。
「私、思いついちゃったんですけど」
しばしためらった末、迷いを吹っ切るように杏里は口を切った。
「何をだ」
うわの空で韮崎が応える。
「囮になるんです」
「はあ?」
韮崎が窓から杏里に視線を移す。
「私、その相馬葵って子とすり替わって、囮になろうと思うんです」
「なんだと?」
あんぐりと口を開ける韮崎。
「おまえ…本気で言ってるのか?」
「はい」
杏里はきっぱりとうなずいてみせた。
「そうして私、今度こそ、犯人、捕まえようと思います」
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