サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第1章 黄泉の国から来た少女

#18 杏里、旅をする

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 岐阜県加茂郡白川町というのは、世界文化遺産に指定された白川郷のことではない。

 同じ岐阜でも、飛騨川に面したところに位置する、風光明媚な小さな町である。

 那古野市からはJR中央線の新快速で1時間半。

 十分日帰りで行ってこれる距離だった。

 会議が終わり、猟犬のごとき目をした男たちが一斉にホールを飛び出していくと、杏里は韮崎をつかまえて、臨時の出張をねだってみることにした。

「ですから、三浦文代の両親に、文代の小学校時代のことを聞いてみたいんです。三浦家には、高山先輩たちがすでに聞き込みに行ったのは知ってます。でも、その時は、きっとそこまで訊いてないと思うんです」

「まあ、それはそうだがな。しかし、犯人の目星はもうついてるんだぞ。今更ガイシャの過去を洗ったところで、何かの足しになるとは思えんが」

「そんなの、やってみなけりゃ、わかんないじゃないですか。それに私、あの妖怪男がそんなに簡単に捕まるとは思えないんです。いえ、むしろ、まだこの先も、警察の目を盗んで犯行を繰り返すかもしれない」

「おいおい、ここは本部だ。滅多なこというんじゃないぞ」

「だって、動機もまだわかってないんですよ? 女性の子宮なんて盗んで、いったい何に使うんですか? でんでん太鼓の代わりにでもするっていうんですか?」

「でんでん太鼓? なんだそりゃ」

「あ、いえ、それはこっちのことで。とにかく、私は行きたいんですってば」

「しょうがねえな」

 頭を掻く韮崎。

 ふたりが今いるのは、自販機のある休憩室である。

 当然のことながら、韮崎はぷかぷか煙草をふかしている。

 その韮崎が、何を思ったか、だしぬけに言った。

「じゃ、俺も行く。白川町といやあ、お茶の名産地だ。新茶の白川茶を土産に買うのも悪くねえ」

「え? ニラさんも?」

 杏里は面食らった。

 想定外の展開だった。

 まさか、よりによって韮崎とふたり旅とは。

 せめて同行は三上にしてほしかったのだが、そこまで勝手を言うのは許されないだろう。

「わかりました。お願いします」

 杏里は唇を噛んで、頭を下げた。

 ニラさんも、別に悪い人じゃないんだから。

 心の中でそう自分に言い聞かせ、とびっきりの笑顔をつくる。

「私、がんばります」

 私には零がいる。

 だから何でもできるんだ。

 そう思ったのである。


 久しぶりの電車旅行だった。

 電車に乗るのは、おそらく高校の修学旅行以来だろう。

 そして、久しぶりの駅弁だった。

 韮崎のおごりで、杏里はふた箱平らげた。

「おまえ、よく食べるなあ」

 対面で新聞を読んでいた韮崎が顔を上げ、感心したように言った。

「だからそんなに乳がでかくなったのか」

「んもう、セクハラ発言は禁止ですよ。最近それで懲戒処分になってる警官、多いんですから」

「しょうがねえだろ、おまえのはでかすぎて、嫌でも目に入るんだから」

「そんなにでかいでかいって言わないでくださいよ。ホルスタインの品評会じゃあるまいし」

「似たようなもんだろ。いずれおまえも母乳製造機になる時が来るんだ」

「そんなものにはなりません」

 だって私は、零と結婚するんだから。

 子供が欲しくなったら、鬼頭千佳の家のように、養子をもらえばいいんだし。

「何、にやにやしてるんだ。気持ち悪いやつだな」

 ふいに韮崎に内心を読まれてどきっとする杏里。

「そ、そんなことありませんよ。ニラさんこそ、人の顔、じろじろ見ないでくださいよ」

 などと言い合っているうちに、電車はあっけなく白川口駅に到着した。

 韮崎相手に意外に退屈せずに済んで、杏里は少しほっとした。

 電車に乗る前は、どんなに気づまりな旅になるかと、けっこう憂鬱だったのである。

 白川口駅からは、町営バスに乗った。

 飛騨川沿いを舗装された道が走っており、窓から眺める景色は、いかにも日本の原風景といった感じでとても美しかった。

「笹原、おまえ、どうして刑事なんかになったんだ」

 窓を開け、風に吹かれながらいい気分できらめく川面を眺めていると、だしぬけに韮崎が訊いてきた。

「研修生時代に一度訊いた時、『テレビの刑事物のファンだったから』とか言ってたが、あれ、うそだろ?」

 はああ。

 杏里は小さくため息をついた。

 刑事になってからというもの、必ず訊かれる質問である。

 今まで隠してきたけど、まあ、ニラさんになら話してもいいかな、と思う。

 どうせ今後もつき合い、長そうだし。

 悪い人じゃないのは、わかってるし。

 離婚してたなんて秘密、この前聞いたばかりだし。

「それこそドラマみたいな話なんで、今まで黙ってたんですけど」

 杏里は景色を見つめたまま、話し始めた。

「実は私、孤児なんです。小さい頃、突然家に押し入ってきた暴漢に両親を殺されて、私も危うく死にそうになりました。もっともその時のこと、今ではあんまり覚えていないんですけどね」

 覚えているのは、布団の上の血まみれの父と母の死体。

 いつまでも嗤い続ける大きな口。

 そして、ギザギザのついた恐ろしげなナイフ。

 激痛。

「でも、その犯人を捕まえたいとか、そういうのではないんです。20年以上も前のことだから、どうせもう時効が成立してるでしょうし、今更私が捜査しても何も出てこないでしょうから。そこがまあ、刑事ドラマの主人公と違うところかな」

「じゃあ、何なんだ?」

 韮崎が、掠れ声で先を促した。

 かなり驚いているようで、心なしか沈痛な表情をしている。

「人間が、どうしてあんなひどいことができるのか、それを追及してみたい。そう思ったんです。だけど、今度の事件で、ちょっと考えが変わりました。悪意を持つのは、何も人間とは限らない。世の中には、何か純粋な悪意みたいなものが存在して、それが生き物から生き物に感染するんじゃないかって、そう思ったんです」

「純粋な、悪意?」

「そうです」

 杏里は振り向いて、正面から韮崎を見つめた。

「罪もない女の子を殺して、その体内から子宮を摘出し、持ち去る。こんなこと、悪意の塊みたいな奴じゃなければ、できるわけないじゃないですか」










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